第二百九話 ……息のかかった者が、すでに!
ミーア二号小麦の実食コーナーは、専用に別区画が用意されていた。
並べられたテーブル席につくと、すぐに料理が出されてくる。
毒見が終わるのを今か今かと待ちわびていたミーアは、やってきたキノコ・山菜のモチモチ鍋を見て、思わず、おおっ! と声を上げる。
手のひらサイズの椀の中、ミーア二号小麦で作った団子が二つ。まるで満月のように浮いていた。その周りに、色とりどりの野菜が彩を加えていた。
葉物野菜の緑、ホロホロに煮た帝国キャロットのオレンジ、細かく切って浮かべた小月ネギの香りが、食欲を大いに刺激する。
「お野菜がふんだんに入っておりますわね。これはなかなか……」
ミーアは早速、満月団子にフォークを伸ばす。時間が経つと固くなってしまうため、とりあえず、団子を一つ食べておこうという算段だ。
口に入れた瞬間、トロリ、と熱い団子が口の中に広がる。
はふほふ! っと熱々の湯気を吐きつつ、もっちりとした食感を味わっていると、シャクリ……。突如、違った歯応え。それは、紛れもない……キノコの弾力。
――これは、旨芽慈茸ですわね。ふふふ、お団子と一緒に口に入ってしまったみたいですけど……。ああ、このキノコのしゃきしゃき、としたお味とお団子のもっちもちの食感のギャップが、なんとも言えず楽しいですわ。
そこでふと顔を上げる。っと、周囲のみなの顔には、等しく幸せそうな笑みがあった。
父である皇帝マティアスが、はふほふ! っとお団子を食べていた。その隣に座るパティが、かつて嫌いだったキノコをパクリと口に入れ、はふほふ! っと湯気を吐いていた。さらにベルが、ホロホロに煮込まれた帝国キャロットを、はふほふ! っと食べている。
お椀一杯で、みなが笑顔になっていた。
――たった一杯のはずですのに、こんなにも満足感が得られるだなんて。素晴らしいお料理ですわ。従来のパンとは違いますけど、これならば、きっと各国の代表の方たちにも満足していただけるのではないかしら……?
「実際にお料理しているところも見学できるようになっていますが、ご覧になりますか?」
「おお! それはぜひとも見学させていただかなければなりませんわね」
パンッと手を叩き、ミーアは嬉しそうに笑みを浮かべた。
……そして、その後方を、音もなくつけていく……一人の少年の姿があった。
調理場は、大きな木の台が並べられたスペースだった。そこで、ミーア二号小麦をこねて、団子の形にしているのだ。
「お湯と混ぜて丸く、食べやすいようにちぎっていきます。それを茹でて、椀に盛ったキノコ汁の上にのせます」
「なるほど。提供する直前にのせるのですわね」
「はい。あまり早く入れ過ぎると、溶けてしまうので」
――ふむ……、これならば、割と形が残りやすいのではないかしら……となると、ウマ団子……ありですわね!
帝国料理の革命家と名高き、ミーア・ルーナ・ティアムーンは、料理に接すると、アイデアが無限に溢れてしまうタチなのだ……アブナイ人なのだ。
さて、お団子作り見学はほどほどに、ミーアは火にかけられたキノコ鍋のほうに目を向けた。
――ふむ、このお鍋……ずいぶんと大きいですわね。
思わず、つぶやく。
ぐつぐつと煮立った鍋は、一般的な鍋の三倍ほどの大きさがあった。
展示会場に来た希望者に振る舞っているのだ。毒見の分も合わせると、当然、多くの分量が必要となる。鍋が大きくなるのは仕方のないことだった。のだが……。
――しかし……これだけ大きい鍋ですと、少し……具材が寂しいような気がしますわね。ふんだんに使われたお野菜はまだしも、キノコは旨芽慈茸一種類のみ……。キノコももう少し種類があったらよいのではないかしら……? それに、なにか刺激的なサプライズがあっても良いのかも……。ふむ、ここは、わたくしが……。
ミーアは、キリリッと表情を引き締める。
その顔を見て、いつもであれば、泡を食って止めるはずの苦労人は……残念ながら、ここにはいなかった。
キースウッドは現在、シオンと共にサンクランドの展示会場の様子を見に行っているのだ。
「……キノコを採ってきてサプライズで入れたら……ちょっとした驚きを演出できて、より素晴らしいお鍋になるかもしれませんわ……。であれば、少しの間、祭りの会場を抜け出して……」
ぶつぶつつぶやくミーア。その背後に近づく者の姿があった!
「ミーア姫殿下、その……大変、僭越ながら……。あまり、勝手にキノコを入れるようなことは、控えたほうがよろしいか存じます」
「あら……あなたは?」
振り返ると、そこに立っていたのは、小太りの少年だった。
どこか見覚えがあるような……ないような……そんな顔に、ミーアは小首を傾げる。っと、
「ランジェス男爵が次男、エラッセ・ランジェスと申します」
「ランジェス男爵……というと、ああ、ウロスさんの弟さんですわね。どうりで、お兄さまと顔が似てますわね」
朗らかに笑みを浮かべるミーア。であったが、エラッセは一度深々と頭を下げた後、
「今一度、申し上げます。ミーア姫殿下、くれぐれも勝手にキノコを入れるようなことはなさいませぬよう……」
ミーアに、しっかりと諫言を呈した。
なんと、調理場には、事前にサフィアスの息のかかった者が配置されていたのだ!
そうなのだ、苦労人キースウッドがオリエンス領でひーひー、言っている間、サフィアスは何もしていなかったわけではないのだ。
妹であるカルラから、パライナ祭の情報を仕入れていたサフィアスは、聖ミーア学園調理学科の出し物に、きちんと目を付けていたのだ!
「このミーア二号小麦の実食コーナー……キノコ鍋に入れるのは、確かに、ミーア姫殿下を満足させ得る良いメニューだと思うが……。逆に刺激して、危険を呼び込む可能性もある!」
あのミーアが、キノコを食べるだけで満足するだろうか?
調理過程を見せるような、この展示コーナーで……自分で料理をしてみたいと思わないだろうか?
まして、キノコ鍋である。言ってしまうと、切って煮込むだけだ。となれば、そこらへんで目に付いたキノコをむしってきて、投入しないとは、到底思えないわけで!
「これは……なにか手を打たなければ……」
幸い、サフィアスにはその手段がある。
なにしろ、彼は帝国最大の門閥、ブルームーン家の次期当主である。人脈は無数にある。
グロワールリュンヌ学園に通う、ブルームーン派の貴族の子弟の中で、料理に造詣が深い者をパライナ祭の調理担当に送り込むことなど容易い。
ということで、白羽の矢が立ったのが、ウロスの弟、エラッセであった。ウロス同様、食べ物に並々ならぬ関心を抱くエラッセは、ミーアを諫める役としては適任であるように思えたのだ。
ということで、エラッセはサフィアスから聞かされる。
帝国の叡智の料理の腕前が、アレレなこと……。そして、うっかり油断してると、その辺で自主的に狩ってきたヤベェキノコを勝手に投入しちまうことも……。
パライナ祭で食中毒など出してしまっては、帝国の威信を傷つけるばかりか、さらにはヴェールガ公国にまで迷惑をかけることになる。
サフィアスの命を受けたエラッセは、死地に赴くような、決死の形相で、ミーアを諫めにかかる。が……ミーアはふっと力の抜けた笑みを浮かべた。
「ふふふ……そのような真似、わたくしがするわけがありませんでしょう?」
ほんとにぃ!? という顔で見つめてくるエラッセに、ミーアは続けて言った。
「ええ、ええ。そのように、礼を失することを、わたくしがするわけがありませんわ」
ミーアは穏やかな、極めて常識人のような顔で言った。
「調理学科の方たちが頑張って考えてくださったメニューですもの。わたくしが余計なキノコを足して、その味を損なうなど…………とてもあり得ない話ですわ!」
微妙に気になる間なんだよなぁ! という顔をするエラッセに、ミーアは、おほほっと誤魔化すような笑みを浮かべるのだった。




