第二百四話 みんなで一緒に……
厳かな顔で両腕を天高く掲げる木像。妙にキラキラ、てかてかしてるのが、逆にお馬鹿っぽく見えて、ミーアの顔が思わず引きつる。
「そっ、それは、なにを頭につけておりますの、お父さま……」
声が震える。プルプルと震える指で父の頭を指すと……父は嬉しげに笑みを浮かべた。
「おお、これかこれか! 帝国の展示会場で売られていた木像が、非常に良い出来だったのでな。頭上に戴くことはできぬかと思ったのだ。いやぁ、金銀宝石で造られたものこそが至上かと思っていたが、木も良いものだな。独特の趣がある」
すちゃっと王冠を外し、しみじみと眺める。
「それに、これを作った者の心を思うとまたな。しっかりと削り、磨き、作り込んでいる。この丁寧な仕事から、ミーアへの忠義の思いが感じられるのだ」
うう! っと、皇帝は目頭を押さえた。
「しかし、それにしても、聖ミーア学園の学生たちは非常に優秀だな。この木像を取り付けられる王冠が欲しいという我が願いを、すぐさま形にしてくれてな」
その王冠は、お前の思い付きかぁ! っとツッコミを入れそうになるも、グッと我慢。
どうやら、平民出身の生徒の優秀さをアピールすることには成功しているようなのだが、それとこれとは話が別だ。
父が、自分を模した金の木像を頭に付けている。そこから得られる名状しがたき感情に、うっぷ、と胸やけしつつも、ミーアはとりあえず父に言う。
「その、お父さま……百万歩ぐらい譲って、帝国の展示会場内でそういったものを身に付けてるのは良いとして、あまり外で……それも、他国の王さまとかの前では、そういった格好は控えたほうがよろしいかと……」
ミーアの脳内には一抹の不安があった。
サンクランドのエイブラム王などは、まぁ、呆れて苦笑するにとどまるかもしれない。厳格な国王たちは、眉をひそめるかもしれない。
されど、問題は、ヴェールガ公、すなわちラフィーナの父などに見られた場合、どうなるか、である。
馬鹿にされるのは良い。最悪なのは、ヘンテコな着想を植え付けてしまった場合だ。ラフィーナに顔向けできない惨状が、下手すると展開されてしまうかもしれないわけで……。
――いえ、ヴェールガ公ならば大丈夫……たぶん、大丈夫……大丈夫なはずですわ。ええ、きっと……。
っと、何度も言い聞かせても、そこはかとない不安感が付きまとうわけで……。ラフィーナからの恨みを買わぬよう、ミーアはしっかりと注意しておく。
「良いですわね、お父さま。断じて、お父さまの母上、お祖母さまに顔向けできないようなことはしてはいけませんわよ!」
そう言ってから、チラリ、とパティのほうに目を向けると……パティが無言で皇帝を見つめていた……。息子の惨状を見て、なにか思うところがあったのだろう。非常に、複雑そうな顔をしていて、ミーアと目が合うと、すすすっと目を逸らされてしまった。
――ふむ、パティも我が子のこんな浮かれた姿を見てショックだったのでしょうね……。これは、もしかすると、少しだけ教育を厳しくして過去が変わるかも……?
っと思い、ジッと父の姿を見つめていたが……不思議なことに、いくら待っても父の姿が変わることはなかった。んん? っと不思議そうに首を傾げられてしまった。
――妙ですわね……パティってもしかして、こう見えても息子には甘いのではないかしら?
普段は、冷静かつ非常に賢く見えるパティであるが……息子は甘やかして育てちゃったらしい。
――パティ、もうちょっと、こう……ギュッと締めていただいても、良いのですのよ? ギュギュっと……。
そう思いを込めて見つめると、パティがしかつめらしい顔で、心得たっとばかりに頷いた。それから、んんっと気合いのこもった顔をする。
次の瞬間だった! 世界がぐにゃあっと歪んで、皇帝の姿がキリリッと凛々しく、りり……しく? …………変わるというようなことも無く。
「この愛らしい顔の造り込み、見事ではないか……? 並々ならぬこだわりの裏にある忠義の心、これを頭上にいただくことは、それほどおかしなことではないと思うが……」
などと金の木像を片手に、力説する皇帝である。その姿は、こゆるぎもしなかった!
――まぁ、一人息子ですものね……。可愛がりたくなるのも、仕方ないのかしら……。
シラーッとした目でパティを見つめてから、小さく咳払い。
「お父さま、その木像をメインで彫刻したのはルールー族の者たちで、丁寧に丁寧に磨いてくれたのは、セントノエルの特別初等部の子どもたちですわ」
「特別初等部? ミーアが開設に関わったという例の?」
「ええ。各国の孤児院から子どもを受け入れて教育しているのですわ。とても良い子たちが揃っていて……」
「ふふふ、そのようだな。磨き方から勤勉さが伝わってくるようだ」
金の木像をしみじみと眺めて、皇帝は頷いた。
「セントノエルを卒業した後、我が帝国の官吏に取り立てるというのは、どうだろう?」
「彼らが望むのであれば、それも良いですわね」
ニッコリ微笑みつつも、ミーアは皇帝の後ろに立つ近衛隊長に目をやった。
「デニス隊長、ご機嫌よう。いつも父上の護衛、お疲れさまですわ」
先ほど、ディオンに話を聞いた限り、パライナ祭の会場で事件が起こる可能性は、そう高くはない。されど、油断しないに越したことはない。一声かけて、労っておこうと思ったのだ。
ちなみに、ミーアの近衛隊への好感度は基本的に高い。皇女のために選抜された専属近衛隊の者に対してだけではない。一般の近衛隊の者たちに対しても、かなりの好感を持っている。
なにせ、彼らは革命時、負け戦がわかり切っている中でも、自分たち皇帝一族を裏切らずに体を張ってくれた者たちだ。
絶望の革命時にも裏切らなかった者に対して、ミーアの信頼は非常に分厚いのだ。
というわけで、ミーアは父に寄り添っている近衛隊長の名を当然、把握していた。
老近衛兵デニス。父が生まれた時以来、長らく護衛を務めあげ、近衛隊長まで上り詰めた忠義の男だ。
革命時には父を守り抜いて死んだ人でもある。
ディオンのように、軽く一部隊を道連れに……というような派手な活躍はしなかったが、最後の最後まで忠節を尽くしたこの男を労わぬことなどできようはずもない。
「恐縮いたします。姫殿下。私は務めを果たしているに過ぎませんので……」
生真面目な口調で返す老兵に、ミーアは首を振った。
「いえ。国外に来るだけでも相当に気を使うことでしょう。デニス隊長の尽力に改めて感謝を」
静かにそっと頭を下げる。っと、この謹厳な老近衛は、驚いたように目を見開き、それから、わずかばかりに頬を緩める。
「重ねて、痛み入ります。このような老骨にお声がけいただけたばかりか、名を呼んでいただけるとは……」
そうして、デニスは、懐かしげに目を細めた。
「昔……先代皇妃パトリシアさまにも、親しく名前を呼んでいただいたことを思い出します」
「あら、パティ……オリシアお祖母さまと?」
若干、間延びした感じで軌道修正しつつ、チラリ、とパティのほうに目を向ける。
「はい。まだ近衛に入隊したばかりの私を、ずいぶんとお気遣いいただきました」
――なるほど。将来、お父さまを守る近衛だと知って、声をかけていたということかしら……? 味方を作るのに頑張りましたのね、パティ……。
そこで、ふとミーアは思う。
パティは……祖母パトリシアは……こんなふうに楽しい雰囲気のお祭りを経験したことがあったのだろうか、と。
――子どもの頃のお父さまと一緒に、こういうお祭りに出たことはあったのかしら……? いいえ、あったとしても、きっと心穏やかに楽しむことはできなかったのではないかしら……。
そう思った瞬間、気付いたら口を開いていた。
「あの、お父さま……。わたくしたち、これから、帝国の展示会場に行こうと思っておりますけど、お父さまは、もう行ってしまわれたのですわよね?」
「ああ。そうだが……」
「そうなんですのね。残念ですわ。一緒に回れれば、と思いましたのに……」
それは、ちょっとした思い付きだった。今のパティと父を一緒に過ごさせることに、あまり意味はないかもしれないが、それでも……と。
「なっ、み、ミーアが、私と……一緒に……」
ミーアの言葉に驚愕の表情を浮かべた皇帝は、次の瞬間、キリリッと表情を引き締め、すちゃっと王冠を被り直す。
「我が帝国の展示会場は見事なできであった。一度見ただけではすべてを見極められるとは到底思えぬ。見直すと、きっと違った発見があるに違いない。ああ、違いない。よし、共に参ろうではないか!」
こうして図らずも、時を超えた帝国ファミリーの展示会見学ツアーが始まった。
これもまた、一つの奇跡の光景と言えるだろう。




