第二百三話 楽しそうでなによりです
さて、試食会の段取りをオウラニアとある程度、詰めた後、ミーアは気になっていたところに足を運ぶことにした。
そう、帝国の展示会場である。
サンクランドやヴェールガ、ペルージャン辺りのところは、特に心配していない。明日以降に、アベルとデートがてら回るのが良いだろうと思っている。ペルージャンなどは美味しいお料理がたくさんありそうだし、楽しみですらある。いや、本当、楽しみである!
けれど……ただ一つ、帝国の展示会場だけは油断ならない。
事前に、準備段階でチェックに行ってはいるが、当日にサプライズでなにかやらかしているかもしれない。
――トロフィー作りで労働力を削ぎましたし、海産物研究所にも出向させている関係上、そこまでの労力は残されていないはず……。さすがに全長二十mにも及ぶ金の木像を建てました、などと言うことにはならないはずですわ……たぶん。
ミーアのミーアエリートどもに対する「あいつら絶対なにかやんだろ!」という確信は、揺らぐことがないのだ。ということで……。
「それでは、わたくしは帝国の展示会場を見て参りますわね。みなさま、ご機嫌よう」
っと、一度、生徒会のメンバーを解散させる。
アベルとも残念ながら、いったんお別れだ。万が一にも、そびえ立つ巨大木像などというものを披露するわけにはいかない。
翌日以降のお祭りデートの約束を取り付け、みんなにも愛想よく笑みを浮かべて手を振ってから……その姿が見えなくなったところで、すぅっと真面目な顔に戻る。
ルードヴィッヒら帝国家臣団、ベルやシュトリナ、パティとヤナ、キリルの子どもたちを引き連れて展示会場へと向かう。その顔は、さながら、戦場に赴く姫将軍のような凛々しいものであった。
「帝国の展示会場は、どのような感じかしら?」
「はい。初日から非常に盛況らしく……。各国の要人がこぞって訪れているようです」
スチャッと眼鏡を直しつつ、ルードヴィッヒが言った。
「ふむ、やはり寒さに強い小麦の影響が強いということかしら……?」
「まだあまり時は経っておりませんが、行商人たちが行っている紙芝居行脚作戦の効果も上がってきているようですね」
「それは何よりですわ。各国の民の間で、安心感が広まっていればその分、危機は遠ざかりますし……。ちなみに、聖ミーア学園とグロワールリュンヌ学園の連携はいかがかしら?」
「こちらも、ヤーデン殿とドミニク殿を中心とし、両校の講師陣がバックアップをすることで、今のところ問題なく……。準備期間を通して、両校の間でも、少なからず絆が生まれたようですね」
「まぁ、それは嬉しい誤算というものですわね」
そう上手くいくとは思っていなかったので、ミーアはニンマリとほくそ笑む。
それから、ディオンのほうに目を向けて。
「会場内の警備のほうはどうなっておりますの?」
「そうですね。全体の警備はヴェールガの騎士神官が巡回していますし、ここで騒動を起こすのは難しいんじゃないですかね。姫殿下の周りは、バノスが手配した皇女専属近衛隊が固めてますし、各国の護衛団もそこら中に配されている。滅多なことはできないでしょうけどね」
ちなみに、ディオンの腰にあるのは、刃引きされた剣だった。
祭りの会場に、武器の類は基本的に持ち込み禁止だ。筆頭騎士他、数名の護衛のみ、ヴェールガの提供する刃のない剣を貸与される形だ。
――もっとも、ディオンさんでしたら、あの剣でも斬れそうな気がしますけど……。
想像すると、未だに、すこぅしばかり首元が寒くなるミーアである。
「あとは、ついでにレッドムーン家を通じて黒月省に圧力をかけるよう言っておきましたよ。国内の治安維持レベルを一段上げるように、とね」
「なるほど。各国がパライナ祭に目を向けている間に、他のところで騒動を起こす、というのは理に適った作戦ということか」
ルードヴィッヒが難しい顔で首肯した。
近隣各国で、現在、最も注目を集めるパライナ祭だ。警備は非常に充実している。ここで騒動を起こすことは、いわば難攻不落の城に対して突撃するようなもの。わざわざ攻めがたきを攻めることは、愚策である。
難攻不落の城と正面切って戦わずとも良いように、戦全体を設計し、事を運ぶことこそが優れた軍略というものだ。難攻不落の城という目立つ代物は囮とし、裏で、真の目的を達成することこそが、蛇の目指すべきやり方だろう。
ゆえに、帝国内が手薄にならないよう、警戒レベルを上げるよう進言したのだろう。
「まぁ、バノスのとこのレッドムーン家のお姫さんが、すでに考えてたことでしょうがね……ん? なにか?」
怪訝そうな視線を向けてくるディオンに、ミーアは楽しげに笑みを浮かべた。
「いえ、ふふふ。あまり軍の上のほうに行くのは気が進まないみたいなことを言っていたと思いますけど、今の物言いは、一軍を率いる将のようでしたわよ」
「まぁ、このぐらいはやりますがね。ただ、どうも後方での仕事が増えると、体がなまりそうで……」
などと肩をすくめるディオンであるが……。
――うーむ、ディオンさんの場合、仮に体がなまってても、こう……橋の上で一部隊ぐらい全滅させそうな迫力があるのですわよね……。
まぁったく本気にしていないミーアなのであった。
「おおっ! ミーア、来たかっ!」
っと、その時だった。
突然、聞き覚えのある声に呼ばれて、ミーアは思わずぎょぎょっと立ちすくむ。それから、恐る恐る声のほうに目を向けると……。
「なっ! お、お父さま? なぜここにっ!?」
唐突に現れた皇帝マティアス・ルーナ・ティアムーンに……その姿に! ミーアは口をポッカーンと開けた。
シュッとして精悍さを増した顔。その体も、なんだか以前、見た時より少しだけムキムキっとしているように見える。
まぁ……それは別に悪くはない。ミーアは基本的に、大男と相性が良いのだ。自らの父がマッスルアップすることには、そこまで抵抗はない……のだが。
問題は、その頭……否、王冠にあった。
それは、金色の……木の冠だった。それも、まぁ、良いのだ。別に、黄金の冠だろうが、木の冠だろうが、好きに付ければいいと思う。のだが……。その王冠の両脇からにょっきっきっと角のように立つものこそが、大問題だった。
「お父さま、それは……何を付けておりますの?」
それは……なんと! 金の木像(ミニミーアフィギュア・パライナ祭お土産用)であった!




