第二百二話 帝国の美食家はただ静かに……
海産物研究所の展示会場は、三つの大きな幕屋からなる施設だった。
入口のところには、ひっそりとミーア形のミニ灯台が建てられていた……建てられていたっ!?
ミーア、思わずそれを二度見。それから、恐る恐るオウラニアのほうに目をやれば……。
「あー、それは聖ミーア学園の方たちが持ち込んだものでー。最新式のランプなんだそうですー」
嬉しげに微笑むオウラニアである。
――ああ、そういえば、聖ミーア学園も関係してるんでしたわね。うん……。
ミーアは、ちょっぴり諦め半分で、最初の幕屋に入った。
「おお、これは……」
壁には大きな魚拓が額に入れられて掲げられていた。
「これは……」
「流星紅魚の魚拓ですー。あ、スケッチもきちんとありますよー」
と、オウラニアが後ろから補足説明してくれる。確かに、魚拓の下には、魚の各部位の詳細な絵が張り出されていた。
「ガヌドス港湾国、ヴェールガ公国、ティアムーン帝国で獲れる魚の、体系化をしていてー」
「ふむ……。体系化……」
「例えばー、尾びれの形はどうか? 背びれの形はどうか? 目の形、唇の形はどうか? とかー。そうしたものを記録していって、似たものをまとめていっててー」
「なるほど。形によって分けていくのですわね」
「それだけではなく、住んでいるのが浅い場所か、深い場所か、どこで獲ることができるのかとかとかー。卵はどうか、稚魚はどうか……。細かく調べて、まとめているんだって、報告を受けてますー」
どうやら、真面目に研究所に顔を出しているらしい。オウラニアは、一つ一つ、丁寧に説明を加えていく。
そうして歩いていくと、大きな机の上に地図が広げられていた。
ガレリア海と周辺の島々を記した地図だ。
ちょっぴり宝の地図めいてますわね……っとミーアが思っていたところで、おおっ! っと、後ろでベルの歓声が上がる。
海に漕ぎ出す未来を妄想しているのかもしれない。
「ふむ、ガレリア海の地図……、こんなに詳細に作られておりますのね」
初代皇帝の痕跡を発見した、あの無人島もしっかりと描かれていた。
「ヴァイサリアン族の長老たちから聞き取りをして作っているんですー。それにー、どの場所でどんな魚が釣れ……じゃなくって、獲れるか、できる限り詳細に聞き取りを行っています」
……良さそうな釣り場探しとあって、オウラニアの士気も高いらしい!
もっとも、海産物研究所の目的の一つに、ヴァイサリアン族の、平和裏の受け入れがあるので、彼らの有用性を明らかにするうえでも良いことではあるのだが。
「川と海が交じり合う場所に、お求めの魚がいるのではないかと思ってー」
地図のいくつかのポイントを指さしていく。
「なるほど、広いガレリア海で、ある程度の目星をつけているというわけですわね」
「それだけではなく、ノエリージュ湖のほうでも候補としている魚がいますねー。セントノエルから派遣していただいた研究員の方からも情報を集めていますー」
各国に池を作り、魚を養殖して、いざという時の食料とする。そのための候補となる魚の選定は重要だ。
池でも育てやすく、なおかつ増えやすい魚であり、簡単に食べられれば理想的だ。
加えて、各国が積極的にその整備をできるよう、王侯貴族の間で釣りを流行らせる。そうして、彼らが喜んで金を出したいと考えるような流れを作るのだ。
次の幕屋に行くと、そのための工夫がされていた。すなわち、釣り具の展示である。
「この釣り竿はー、職人の手によるもので、逸品なんですよー」
「ふふふ、良いですわね。意匠が凝っていて、いかにも貴族が喜びそうですわ」
「本当はー、近くに釣り堀を作って、実際に釣りを楽しめればよかったんですけどー」
いかにも残念そうな顔をするオウラニアであった。
さて、幕屋の裏に出ると、そこには大きな桶があった。桶には半ばまで水がはってあり、そしてその中に――いた!
……オウラニアの言う蜘蛛みたいなヤツが!
硬そうな甲羅、ぎょろりと飛び出した目。かくかくと曲がった細長い脚。その数が八本! さらにその先には左右にハサミがついている。
大きさもかなりのものだった。かつてミーアが作ったウマパン試作型第一号のちょうど頭ぐらいの大きさがあるだろうか。
大きな蜘蛛みたいな生き物というオウラニアの表現は、実に的確なものと言えるだろう。
「おお、これが噂の……。確かに蜘蛛っぽいですわね!」
歓声を上げるミーアと、後ろのほうで、ひっと息を呑むラフィーナとパティ……とレアである。
そんな、ご令嬢的感性の持ち主三名を尻目に、興味津々に近づいたのはベルだった。
「へー、すごい! こんな生き物もいるんですね」
自分も冒険のはてに、こんなふうに見たことも無い生き物を見つけたいな! っと、その瞳はキラッキラと輝いていた。
「これは、ヴァイサリアン族の間では、ウミグモとか、アシダカガニって呼ばれててー」
蜘蛛みたいっていうか蜘蛛って言ってる! 蜘蛛って言ってるよ!? っと、騒然となる三名のご令嬢たち。そんな中、こゆるぎもせず、怜悧な視線で、アシダカガニを見つめるミーアである。静かに、その蜘蛛のような食物……もとい、生物を見たミーアは……。
「これは、どこを食べるものなのかしら?」
実に冷静に可食部を尋ねた。
それがどれだけの食材となり、どれだけの人々の腹を満たすものとなるのか。
どれだけの人々を飢餓から救い、その命を長らえさせるのか……。
どんな時でも統治者としての視点を失わぬ、帝国の叡智なのであ……。
――この見た目で美味しいとは、なかなか興味深いですわ。ふふふ、どこを食べるとどんなお味がするのか、今から楽しみですわ!
…………どんな時でも、美味しく食べるという視点を失わぬ、帝国の美食家なのである。
「足の部分、それにハサミの部分がまず食べられますねー」
「ふむ、少し硬そうに見えますけど、茹でると柔らかくなったりするのかしら?」
「いえ、殻の中に柔らかいお肉が隠されてて、それがホロホロですごく美味しいんです」
「ほほう。あの殻の中にそのようなものが隠されていると……」
確かに、足はそれなりの太さがあるので、食べられるところもきちんとあるのだろう。
「鍋で煮ると、出汁にもなるんです。すごく良いお味が出てー」
「おお、鍋! 鍋と言えばキノコ……。すなわち、キノコを美味しく食べさせるものということですわね。素晴らしいですわ」
なんだか、今から試食会が楽しみになってきてしまうミーアであった。




