第二百一話 パティ、ラフィーナと心、通じ合っちゃった
「じゃあー、明日、実食会をするということでー」
自身の要請が聞き入れられたことで、上機嫌に笑うオウラニア。
「とっておきのお料理を用意してもらいますねー。すっごく美味しいんですからー」
「ふふふ、楽しみにしておりますわ。こちらのほうでも、参加者を考えておきますわね」
ラフィーナ、クロエ、パティにベルは確定として、あとは王子たちを忘れずに誘って……。祭りの発起人たる生徒会長レア……っと、指折り数えるミーアであるが……。
「あ、あのー、ミーアさん。一応、その、私は良いとして、他の方たちには事前に言っておいたほうがいいのではないかしら。私は、もうしょうがないとして……」
ラフィーナが、なにやら、切なそうな顔で言った。被害をなんとか最小限に収めようとする、正真正銘の聖女の姿が、そこにあった。
「ああ。そうですわね……。人前で食べることに抵抗がある方もいるかもしれませんわ。クロエとか、そういうの苦手そうですし……」
「いえ、クロエさんは大丈夫だと思う……」
か細い声でつぶやくラフィーナ。
「それと、やっぱりセントノエル学園生徒会長としてレアさんには参加していただきたいところですわ。この場合は、お父上のルシーナ司教にお聞きすればいいのかしら……」
「あっ、レアさんも誘う予定だったのね。それは、絶対に事前に聞いておかないとダメだと思う。本人にも絶対に伝えてあげましょう」
うんうん、それすごく必要、と頷くラフィーナである。年下の親戚を気遣うお姉さんの姿がそこにあった。
「それと、アベルとシオンに関しては、まぁ、殿方ですし問題ないでしょう。ティオーナさんも問題ないでしょうし……。んー、ただ、あまり人数が多くなってもよくありませんわね。選抜が必要かしら……」
「シオン王子やアベル王子も平気……あれ? みんな大丈夫なのかしら……。これ、もしかして、おかしいの……私?」
口元に手をやりぶつぶつ。
衝撃的な真実に直面してしまった人のように、目をぐるぐるさせるラフィーナである。
さて、手始めに、ミーアはパティとベルに声をかけに行くことにする。
「二人とも、ちょっとよろしいかしら?」
そう声をかけると、ベルにはシュトリナが、パティにはヤナとキリルの姉弟がついてきた。
まぁ、別に聞かれても問題あるまい、ということで、ミーアは海産物研究所の試食会のことを話す。
「なんでも、すっごく美味しいみたいですけど、巨大な蜘蛛みたいな見た目らしくって。恐ろしげな見た目だから、食べられることがあまり知られていなかったらしいですわ。そういう、食べられそうにないものが、実は食べられるっていう知識は重要だと思いますの」
グッと拳を握り、力説するミーア。一方、
「…………大きい、蜘蛛」
つぶやき、眉間に皺を寄せるパティ。
基本的にパティの感性は、ミーアやベルなどに比べ……ごく普通の貴族令嬢に近い。
将来的には皇妃となって、皇帝をジワジワ蝕んでいくことを期待されているパティである。蛇の教育を受ける特殊な育ちではあるものの、食事の趣味などは割と普通である。
気軽に「でっかい蜘蛛食べにいこうぜ!」などと誘われて、ひょいひょいついていけるほど、食欲も好奇心も逸脱していないわけで……。
ふるふると密かに震えるパティをよそに、ベルが手を挙げる。
「海で獲れるということは、無人島とかでも獲れるのでしょうか?」
「そうですわね。試食会の時に、どのあたりで獲れるのか聞いたら良いと思いますわ」
「なるほど……。どこかの無人島に流れ着いて、そこでしばらく過ごさなくなったりすることもあるはず……。そういう冒険食の知識ってすごく必要ですね。興味があります」
なんかちょっと賢そうな顔で頷く、冒険姫である。
一方で「こいつら、マジか!?」という顔で、孫と玄孫の顔を見つめるパティ。小さく咳払いして、
「……蛇と戦うのに『蜘蛛のような物を食べられるという知識』が生かされる機会があるとは思えない……」
キリリッとした顔で、強固な論陣を張ろうと意気込むパティであったが……。
「パティ……。物事に、絶対はございませんわ」
澄まし顔で、ミーアは指を振り振り。まるで幼い子どもに諭すような口調で言った。
「いついかなる時にでも、どんな可能性に対しても備えは必要ですわ。もはや、神の奇跡にすがるよりない、と言うことができるのは、あらゆる備えを怠らなかった者のみですわ」
なぁんて、実に、賢げなことを口にするミーアである。
いやー、そりゃあそうかもしれないけどさ、そうなんだけどさぁ……っ! っと、必死に瞳で訴えようとする、目力姫(……の祖母)パティであったが……。その後ろで……。
「あー、あれ、すごく美味しいもんなぁ」
「うふふ、楽しみだね、おねえちゃん!」
ヴァイサリアンの姉弟の言葉が聞こえてきた。
「あら? 二人は食べたことがございますの?」
「はい。時々しか食べられなかったけど好物で……」
「おねえちゃん、あの足を折って、中からちゅるちゅるって肉を出すの、すごく上手いんだよね」
足を折る!? 中からちゅるちゅる肉を!?
恐ろしげな単語に目を回しそうになりつつも、大切なお友だちの好物だと知って、パティの、心が、ぐらんぐらん揺れる!
唯一の友人が美味しいと言って、喜んで食べている物を拒絶などできるだろうか?
奇しくもパティが陥っている葛藤は、聖女ラフィーナの抱くものと似通っていた。
ふと視線を感じて顔を上げると……悲痛な顔でこちらを見るラフィーナがいた。
目が合った瞬間、あっ、食べたくないんだろうなぁ……ということがわかったものの……。もはや二人には逃げ場などなく……。
互いに無言で頷いて、励まし合うことしかできないのであった。




