第二百話 …………タカアシ
「はて……? 相談とはなんですの?」
なにか、相談されるようなことがあっただろうか、と首を傾げるミーア。辺りに目をやれば、先ほどまでミーアの周りにいた者たちは、すでに別の者たちのほうに行っている。
どうやら、命懸けで、とまで言い切れる人材はいなかったらしい。
――まぁ、命懸けの覚悟を持ってやらずとも、成立するような仕組みを提案すればよいだけのことですけど……。
いずれにせよ、ここでオウラニアの話を聞いても問題なさそうだ。
視線を向けると、オウラニアは、しかつめらしい顔で頷き、少しだけ声を潜めて……。
「実は、海産物研究所のことなんですけどー。数日前に、研究員から相談を受けてー」
「あら? 海産物研究所の……」
ガヌドス港湾国に作られた海産物研究所は、セントノエル学園・聖ミーア学園共同のプロジェクトだ。ミーアも無関係ではない以上、しっかり話を聞かなければならないだろう。
「確か、池で飼うのに良い物を探しているとのことでしたわね」
普段は、貴族の釣りなどの趣味に使い、有事には非常食として活用する。真水でも生きられて、簡単に増やせて、栄養価も高い魚。それが、メインの計画だったはずである。
「それとは別にー、今まで食べていなかったような物も紹介しようということになりましてー」
「ああ、そうでしたわね。それも大切なことですわ」
色々な食べ物の情報を得ることは有益だ。それが元で助かる命だってあるだろう。食べられる物が増えれば飢饉が遠のき、飢饉が遠のけばギロちんはその分遠のく。
ミーアとしても望むところなのである。が……。
「でも、そのー、今まで食べられてなかったのには、当然、理由もあってー」
「ああ、味が悪いとか、そう言ったことかしら?」
地下牢で食べた固いパンを思い出す。あの熟れていない黄月トマトを、思い出す。
食べられないことはない。でも、食べたくはないものというのがこの世の中にはあるのだ。しかし、
「いえー、味はすごくいいんですけどー。そのー、見た目がちょっと怖い感じというかー」
「まぁ、見た目……。それは、いったいどういったものなのかしら?」
「それがー、すごーく大きくて赤い蜘蛛みたいな見た目でー」
「すごく大きい……赤い蜘蛛……」
コクリと喉を鳴らし、ちょっぴり唇を青くするラフィーナ。
「でもー、すごく美味しいんですよー。淡泊でスッキリしたお味でー」
「ほほう、淡泊で素晴らしいお味……」
ゴクリと喉を鳴らし、ちょっぴり唇を舐めるミーア。
「しかし、なるほど。大きい蜘蛛みたいな……それは確かに、ちょっと怖そうですわ」
「はいー。それで、展示会場に来てくださった方たちにも食べてもらおうと思ってるんですけどー、みんな怖がって食べてくれないんじゃないかなーってー」
美味しいのにー、っと眉根を寄せるオウラニアである。
「なるほど。それでわたくしたちが率先して食べるということですわね」
ミーアとラフィーナが食べたのであれば、他の者たちも食べないわけにはいかない。いかに恐ろしげな見た目と言っても、ご令嬢たちが難なく食べているのだ。食べなければ、勇なき者とのそしりを免れぬところだろう。
「そういうことでしたら、わたくしもラフィーナさまも好き嫌いがないから適任かもしれませんわね」
非常に乗り気のミーアである。
未だ食べたことのない食材、しかも、オウラニアがお墨付きを与える海産物である。
これはもう食べてみるしかない! 珍味食い(グルメ)ミーアの本領発揮というところだろう。
「ね、ラフィーナさま」
そうして、ミーアは同好の士に話を振る。
実のところミーアは、ラフィーナにお土産を送る時、ちょっぴり心配ではあったのだ。
喜んでもらうために、ラフィーナが見たことも聞いたことも無いような食べ物を送ろうとし過ぎた結果、普通のご令嬢に送るにしては、少しだけ冒険し過ぎたものになってしまったかも……と、思わなくもなかったのだ。ミーアは、ちゃんと、気付いていたのだ!
けれど、そんなミーアのお土産を、嬉しそうに食したと報告してくれたラフィーナである。食べ物の見た目に囚われず、秘めたる真の味に目を向けられる。ラフィーナは食の本質をしっかりとらえられる人である、とミーアは認識したのだ。
そんなミーアの視線を受けて、ひくっと頬を一瞬引きつらせたラフィーナであるが、
「え、ええ……まぁ、そっ、そこまで好き嫌いはない、かも……?」
微妙に震える声で言うが……それに気付く者はなく……。
「ふふふ、そう言っていただけると思ってましたわ。それに、クロエも珍味好きですし、誘うと良いかもしれませんわね。あとは、あ、そうですわ! そういう知られていないけど食べられる物の知識は結構重要ですし、パティも知っておくと良いかもしれませんわ!」
パンッと手を叩くミーア。パティのように幼い少女も食べているとなれば、殿方も食ベられないとは言うまい。
オウラニアも、おおっと笑みを浮かべる。
「なるほどー。パティも釣りに行きますしねー。海の美味しい食べ物を知っておくのは良いかもしれませんねー」
そんなやり取りが聞こえたわけではないのだろうが……少し離れたところで、パティがビクンっと背筋を震わせていたりするわけだが……。
こうして、多くの友人たちを巻き込んで、パライナ祭グルメツアーの開始を飾るイベントは、海産物研究所の成果物の実食会に決まってしまうのだった。
誰にとっても忘れられない(イロイロな意味で)祭りが始まった。
実際のところ、赤い蜘蛛みたいなやつはタカアシではなく、陸でもある程度生きられるタフな種類のやつだと思います……。輸送の都合上……。




