第百九十九話 お友達になりたいなら、宝石を差し出しなさい
さて、つつがなくパライナ祭の開会の儀は終わりを迎えた。
途中、特に大きな問題はなかった。
そばに座っていたヴェールガ公……すなわち、ラフィーナの父が儀式の舞を踊るラフィーナを見て「そうか……今年の肖像画は通常Verとパライナ祭Verを作るというのも……ありだな」とかなんとか、不穏なことをつぶやいていたので、
――後で、ラフィーナさまに教えて差し上げませんと……。
などと、親友の危機にいち早く助けを出そうと決めたりしたわけだが……。それ以外は特に気になることもなかった。
最後の生徒会からの挨拶も生徒会長レアが担当するということで、ミーアはできーるだけ目立たないように、存在感をうすーくうすーく、なんだったら透き通ってない!? ってぐらいまで薄くしていた。していたはず……なのだが、残念ながら、それで消せるほどミーアの存在感は薄くない。
儀式が終わると、すぐに、人々が周りに集まってきた。
レアやシオンのもとにはもちろんのこと、存在感を消していたミーアのもとにもである。というか、ミーアのところに一番人が集まってきているような気もする。
「ミーア姫殿下、お初にお目にかかります!」
しかも、その者たちはミーアに『皇帝への取次ぎ』を求めてきたわけではない。ミーア自身とコネを持たんとしてきたのだ。
「このように麗しき姫殿下とお会いできたこと、神に感謝いたします。ぜひ、我が国で産出された宝玉のアクセサリーなどを……」
なぁんて、媚び媚びの笑みを浮かべて、どこぞの貴族が近づいてくる。
余談だが……基本的にミーアは、露骨に媚びを売って来る者をあまり好まない。
こちらの権勢が強い時に媚びを売る者は、こちらが権勢を失った際には離れていく者だからだ。そして、権勢を失わぬように立ち回り続けるのは、非常に困難なことなのだ。
――油断すれば、足元をすくわれるのが王侯貴族の世界。ここで下手に媚びを売るような変な取り巻きを持ってしまえば、そこから突き崩されることもありますし。
厄介な味方はできるだけ持ちたくないミーアである。
ともあれ、そうした者たちを無下に扱うわけにもいかない。一応の好意を持って近づいてきた相手を冷たくあしらい、恨みを買うのもまた、得策とは言えないだろう。
さて、どうしたものか……。
ニコニコと笑顔を浮かべつつ、ミーア、刹那の熟考。閃いた!
――あ、そうですわ。確か、相手が蛇かどうか見分けるために、神聖典の言葉を使うという方法がございましたけれど、あれを応用して……。
ぱんっと手を打ち、それから、こほん、っと小さく咳払い。
「みなさまのような素晴らしい方々と面識を持てたこと、心から嬉しく思いますわ」
自らの周囲に、コネを求めてやってきた者たちを見回し、ミーアは言った。
「実は、わたくし、ある宝石に興味を持っておりますの」
先ほど、自国のアクセサリーをアピールしてきた貴族に、そっと目を向けてミーアは言った。
「ほほう? ミーア姫殿下が興味を持たれる宝石ですか? それはどのような……」
「ええ。それは飢饉無き世界という名の宝石ですわ」
静かに視線を巡らせて、ミーアは言う。
「わたくし、今回のパライナ祭では、さまざまな人脈を築きたいと思っていたところですの。わたくしと同じく、すべての地から飢饉を失くさんとする、宝石のごとき志を持つ仲間を、わたくしは求めておりますの」
「すべての地から飢饉を失くす……」
「別に驚くには値しませんわ。我らは民を安んじて治める者。そして、民が心穏やかでいるためには、飢えないことが肝要。自明の理ではないかしら?」
空腹は、どれだけ温和な人の心であっても苛立たせる。逆に、どれほど酷い状況にあっても、美味しい物を食べて満腹になれば、心はある程度穏やかになるものなのだ。
「ゆえに、自領の民を飢えさせぬために命を懸ける、と、その気概を持つ者を、わたくしは求めておりますわ」
涼しい顔で、ミーアは言った。
完全な無茶振りである! 自分が権勢を持ち、優位な立ち位置にあるがゆえの無茶振りであるし、別に、媚びを売るような連中とコネを作れなくてもよいしなぁ、という考えを前提とした無茶振りである。それは、神聖典の文言を使い、蛇をシャットアウトするのにも似た手法。あるいは、ある種のお友だちフィルターと言っても良いかもしれない。
「いっ、命を懸ける、ですと?」
「ええ。食物とは命に直結するもの。ゆえに、自分が明日生きるために食べる分を、今日飢えた民と分かち合うならば、それすなわち、命を懸けた行いということになるのではありませんかしら?」
ミーアはニッコリ笑みを浮かべる。
「もっとも、実際のところ、わたくしたちが命を懸けることはないでしょう。民の上に立つわたくしたちが食べる分が尽きるということは考えづらいことですし……」
ただ、いずれにせよ、そうやって民を飢えさせると、暴徒になって、革命が起きて、命を落とすことになるから、どちらにしろ命懸けだけどな! っとミーアは思う。
逆に言えば、自分が明日食べる分を今日、確保しておきたいのであれば、民を飢えさせぬようにきちんと備蓄しておけ、とも思うミーアである。
「飢えというものは、わたくしたちより遥かに簡単に民を殺すでしょう。民の命が懸かっているのですから、我らも命懸けで民を飢えさせぬようにしよう、と……せめて決意だけはそのように持っておかなければ、つり合いが取れないと、わたくしは考えますわ」
自分に媚びを売るならば、宝石などいらぬ。
帝国に革命の火を延焼させないような、平和で安定した統治を持ってこい! というのが、ミーアの主張である。
それができないなら、せめてミーアネットに協力しろ、と考えるミーアなのである!
っと、そこにラフィーナがやってきた。
祭服から着替えて、ドレス姿になったラフィーナは、儀式が無事に終わったからだろうか。なにやら、感極まった顔で、ミーアのところまでやってきた。
「ああ、お疲れさまでした。ラフィーナさま。素晴らしい司式でしたわ」
笑みを浮かべつつ労うと、ラフィーナはほわぁ、っと力の抜けた顔で笑みを浮かべ、
「ふふふ、無事に終わって良かった。みなさんが見守ってくれてて、すごく心強かったわ」
そっと胸に手を当てる。
「それよりもさすがね、ミーアさん……。今の……」
っと、さらになにか言葉を続けようとしたが……。
「お疲れさまですー。ラフィーナさまー。ミーア師匠ー」
そこにオウラニアが小走りに近づいてきて。
「実はー、折り入ってお二人に相談したいことがあるのですけどー」
それを見て、なぜだろう……ラフィーナが、わずかばかり不安げな顔をした。




