第百九十八話 重鎮たちのミーア詣で
「ミーア姫殿下、ご無沙汰しております」
前方の席へと向かうと、厳かな祭服に身を包んだルシーナ司教が立ち上がり、握手を求めてきた。
いかにラフィーナの招待とはいえ、あるいは、生徒会の一員としてのこととはいえ、パライナ祭の開会の儀においてVIP席に座るというのは、見方によっては、高慢なことと見られることだろう。あまりミーアと親しくないものの中には厳しい目を向けている者も多いはず。
――誰が、どんな目で見ているかわかりませんし、ここは慎重に、謙虚にしておくべきですわ!
即座に、この場でのスタンスを決めると、ミーアは深々と頭を下げてみせる。
「こちらこそ、大変ご無沙汰しておりますわ。ルシーナ司教、お変わりはございませんかしら?」
「ええ。おかげさまで、妻ともども健康に過ごさせていただいています。此度のパライナ祭では子どもたちが、大変お世話になりました」
いささか堅苦しい挨拶をするルシーナ司教に、ミーアはゆっくりと、周囲からの見えやすさを意識した大きな仕草で首を振り、
「いえ、わたくしは特に何もしておりませんわ。準備はすべて、レアさんとリオネルさんが取り仕切ってくださいましたもの。ぜひ、お二人を労っていただきたいですわ」
よく聞こえる、朗らかな声で言う。
そうして後ろを窺えば、レアとリオネルが、なんとも気恥ずかしそうな、居心地悪そうな顔をしていた。
「お二人はしっかりと務めを果たされましたわ。誇って良いことだと思いますわ」
「そのようにおっしゃっていただき、痛み入ります。重ねて、我が子どもたちへのご指導、心からのお礼を申し上げます。ミーア姫殿下」
続いて、神聖図書館長、ユバータ司教が穏やかな笑みを浮かべて近づいてきた。
「ミーア姫殿下、ご機嫌麗しゅう」
「ご機嫌麗しゅう、ユバータ司教。その節は大変お世話になりましたわ」
ミーア、再び深々と頭を下げる。謙虚に、謙遜に、心からへりくだった態度で。
脱ぎ捨てたFNYと反比例するように、大いなる謙虚さを身に纏っているミーアである。
……FNYの減少に伴い、ふてぶてしさが取れただけ……などということではないので、念のため。
「いえ、こちらこそ。神聖図書館を火災からお守りいただいたこと、感謝の念に堪えません」
随伴として、ユバータ司教と共にいた司書神官の何人かが、うんうん、っと熱心に頷いている。
「お役に立てたならなによりですわ。みなさまが、熱意を持って保たれているあの素晴らしい図書館を危機に晒すなど、許せないことですもの」
心を込めて、ミーアは言った。
神聖図書館に所蔵された知識は膨大な物、今後も力を借りる必要が出てくるかもしれない。彼らとは仲良くしておいたほうが良いだろう。もっと仲良くなれば、ミーア自らが足を運ばずとも、資料調べだけお願いできたりするかもしれない。
そうなれば、非常に楽だし……。ということで、ミーアは愛想よく会話を続ける。
「あの数の蔵書が整理整頓されている様は、非常に壮観でしたわ。また、許されるならば遊びに行きたいですわ」
「ふふふ、ええ。もちろんでございます。ぜひいらしてください」
などと朗らかな雰囲気になったところで、さらにさらに、さらに! ラフィーナの父、ヴェールガ公オルレアンが穏やかな笑みを浮かべ、親しげに握手を求めてきた。もちろん、あくまでも謙虚に、非常に謙遜な態度で礼を返すミーアである。
その時だった。ふと、会堂内に目をやれば、他国の王侯貴族が注目しているのが、ありありと窺えた。
――ふふん、謙虚に振る舞っておきましたし、文句のつけようもないはず……あら?
っとそこで、ミーアは気付いた。
――これ、まずいのでは……?
ここで、ミーアは現状を改めて確認する。
聖女ラフィーナが生徒会のメンバー……ではなく、ミーアwith生徒会のメンバーと言った感じで呼び寄せたこと。ヴェールガの重鎮たちが、次々に自分のもとに挨拶にやってきている、というこの光景。
それを教会堂の前方という、非常に目立つ場所でやってしまうことが、他者からはどのように見られるか……?
特に、祭りに初日から参加しているような、ヴェールガ公国との繋がりが強い国、その権威によって国益を保っている国々にとって、どのように映るものなのか?
言うまでもなく、それは、かなりのインパクトを持つ光景であったらしく……。
なんか、どこの貴族か王族か知らないけど、ひそひそ、ちらちら、している!
それを見てミーア、ちょっぴり胃が痛くなる。お腹を軽くさすりつつ、ふと見ると、ラフィーナがニコニコ嬉しげな顔をしているのが見えた。
――ああ、なるほど。ラフィーナさまのことですし、これもまた世界会議への伏線。わたくしの言葉に重みを持たせるための演出だったのかもしれませんわね。
単なる『帝国皇女の挨拶』と『ヴェールガの上層部と親しい帝国皇女の挨拶』とでは、やはり後者のほうが説得力が出るだろう。それは、まぁそうなのだが……。
――これって、かえって注目を集めてしまうような……。
きっちりと、注意深く話を聞かれてしまうから面倒かもしれない、と思うミーアである。
できればフワッとしたことを言って、ある程度、聞き流してもらって、適当にその場を乗り切る心づもりであったのだが……。
――まぁ、でもさすがに、今のやり取りぐらいではそんなに変わらないかしら。それに、パライナ祭ではいろいろな、目を見張る出し物があるはずですわ。この程度のこと、すぐに忘れてしまうかもしれませんわね。
さて、そうこうしている内に、会堂内が人で埋まっていく。
ペルージャンのユハル王、ガヌドス港湾国の議員団代表、セントバレーヌの商人組合長に商人王シャローク・コーンローグまで……。
――むっ? というか、シャロークさん、前見た時より、さらにシュッとしているような……いえ、シュッとしているというか、ムキムキしているような……?
懐かしい人たちの姿を確認している内に、会堂後方の扉が閉じた。
刹那の静寂の後、厳かなオルガンの音が響き渡る。
高らかな聖歌の歌声と共に、パライナ祭の開会の儀が始まった。




