第百九十七話 SURミーア・ルーナ・ティアムーン登場!
パライナ祭開会の儀が行われる日。
ミーアは新しいドレスに身を包んでいた。
高貴なる紫色ではない。涼やかな水色のものだった。
理由はもちろん、パライナ祭のような各国の重鎮が集う場所で、意味深な色のドレスを着て目立ちたくないから――ではない!
見た目で誤魔化す必要がないからである。必要がない! からである!
そうなのだ! なんとミーアは、シュッと仕上げてきたのだ!
祭りの当日までにホースダンスの練習などで精力的に体を動かし、なおかついつも食べるおっきなクッキーを、ちょっとおっきなクッキーに変えるなどの工夫を凝らして……。
そうして、誤魔化す必要など一切ないほどにシュッと仕上げてきたのだ。
今のミーアは、SURミーア・ルーナ・ティアムーンなのである!
そんなわけで、アンヌに手伝ってもらい、清楚な水色ドレスに着替えたミーアは、くるりんと回転。鏡でバッチリ細部をチェック。
「うふふ、サイズぴったりですわね。ありがとう、アンヌ」
「いえ、とてもお似合いですよ。ミーアさま!」
感無量と言った様子で、アンヌが言う。なんなら、瞳がわずかにうるうるしている。
今日まで、ミーアが気付かないところで忠義を尽くしてきた(気付かれない程度にクッキーを削ったりとか、日常の動作でさりげなく運動へと誘ったりだとか)アンヌなのである。
そうして、ミーアは少しかかとの高い靴を履き、馬車の扉を開けた。
「やぁ、ミーア」
馬車の前ではアベルが待っていた。
黒を基調とした礼服をパリッと着こなし、騎士のごとき凛々しさと、王子の華やかさを両立したその姿に、ミーアは一瞬、ほわぁっと口を開けた。
「ん……? どうかしたかい?」
「あ、いえ……。なんでもありませんわ。待っててくれましたのね」
優しく差し出された手のひらに、そっと手を重ねて馬車から降りる。
地面に立って、軽くスカートを持ち上げて、
「どうかしら? 新しいドレスを用意していただいたのですけど……」
「ああ……うん」
アベルは、チラッとミーアのほうを見てから、すっと目を逸らした。その反応に、ミーア、一瞬、不安になる。
もしや、おかしなところがあっただろうか……? っと、アベルの顔を観察してみると、その頬がちょっぴり赤くなっているのに気づき……。ミーアは思わずにんまーりと笑みを浮かべる。
「あら? もしかして、アベル……照れておりますの?」
ひさしぶりに、年下の王子さまをからかうスーパーお姉さんモードになるミーアである。むふふ、っと後ろ手に手を組み、上目遣いにアベルを見つめるが……。
「ああ、あまりに君が美しかったから……。その……目を合わせられなくってね……」
なぁんて、素直に返されてしまい……。
「ぇあっ……そ、そう、なんですのね……う、うん」
などと、一瞬で返り討ちに遭ってしまう。アベルのカウンターは相変わらず冴え渡っているのだ。それから、彼はふーっと深く息を吐き、真っ直ぐにミーアを見つめた。
「すごくよく似合ってるよ。ミーア」
「あっ……ありがとう、すごく嬉しいですわ、アベル」
などと、頬を押さえて体をグネグネさせるミーアである。
そんなこんなで、なんとも言えないやり取りをしていると、他の生徒会メンバーが集まってきた。
ついでに、ふぉおおっ! と息を漏らすベルや、ヤナに率いられてキリリッとかしこまった顔をする特別初等部の子どもたちもである。
本当はアベルのエスコートで、二人きりで行きたいところではあるが、本日のミーアはセントノエル生徒会副会長として開会の儀に臨むことになっている。ということで、生徒会のメンバーと共に行かなくてはならないのだ。
――まぁ、お祭りデートをする機会は十分にあるでしょうし、我慢して差し上げますわ。
そうして全員が揃ったところで、一行は始祖の契約教会へと向かった。
教会堂内には、すでに大勢の人が集まっていた。
「これは……そうそうたる顔ぶれと言った感じですわね」
辺りをなんとなく眺めて、思わずミーアはつぶやいた。
――大祭司たるヴェールガ公は元より、セントバレーヌのルシーナ司教、神聖図書館館長のユバータ司教もおられますわね。周りにいる祭服の方たちも司教かしら。
さすがにヴェールガの祭りだけあって、公国内の有力者が軒並み集まっているようだった。他方、サンクランド国王やティアムーンの皇帝などと言った、大国のトップはまだ来ていない。
――お父さまには、世界会議の議長団入りをお願いしておきましたけど、祭りが終わった後に来るかしら……? エイブラム陛下は、いつ頃いらっしゃるのかはわかりませんけど……お父さまと違ってお忙しいでしょうしね。
「ヴェールガの騎士神官も来ているみたいだね」
アベルの指さす先には、腰に剣を佩いた男が立っていた。立派な口髭、鋭い瞳、近衛騎士を見慣れているミーアでも感じる圧倒的な迫力……。
「ふむ、強そうですわね……」
「一騎当千の騎士神官か。各国の要人が集まる場だから当たり前ではあるが……。ヴェールガのパライナ祭への気合の入れ方が半端ではないということだろうな」
鋭い瞳で一瞥してから、シオンが言った。
「ふむ……まぁ、これならば蛇が暗躍する余地はないかしら……」
基本的に蛇は、大きな流れに逆らうようなことはしない。その流れをちょっとした働きかけによって変質させ、破滅へと向かわせるのが彼らのやり方だ。
あるいは、全力で押しても動かなそうな大岩を押すことはしない。今にも落ちそうな大岩を見つけ、それを押すのが彼らのやり方なのだ。
――とはいえ、その思い込みを逆手に取られることもあるかもしれませんけど……まぁ、ラフィーナさまやルシーナ司教あたりの優秀な方たちが警備のことを考えていないはずもありませんし、わたくしが口出しすることでもありませんわね。
基本的に、今回のパライナ祭においてミーアはお客さま気分なのだ。
帝国の展示の、直接的な指揮を執ったわけでもないし、セントノエル・聖ミーア学園の共同研究も現場責任者が立てられている。祭りの発起人たるセントノエル生徒会も、すでに会長職を辞している。
ホースダンスはやらなければならないが、あれの主役は小驪――否、馬である! すなわち、落露と荒嵐の二頭である!
ミーアは、自身を添え物の月茂香草ぐらいに思っていた。主役のキノコや肉ではない。あくまでも、彩を加えるだけのものだと思っているのだ!
ということで、今回の祭りは見てるだけのお客さまでいるつもりだったのだが……。
「あ、ミーアさん、こっち。こっちよ!」
ふと、弾んだ声が聞こえる。
そちらに視線を向ければ、満面の笑みで、ラフィーナが手招きしているのが見えた。
「生徒会のみなさんも、こちらへどうぞ」
そうして彼女が誘おうとしている席は教会堂の前方。司教たちが並んで座っている場所の、すぐそばで……。っていうか、なんなら、この開会の儀に携わるラフィーナのすぐお隣っぽい場所だったので……。
いやぁ、さすがにそれは遠慮したいなぁ、遠慮しないとダメだよなぁ……! っと思うミーアであったが……。
ニッコニコで、うれしそーうに手を振るラフィーナを見ると、こう……その想いを無下にするのも気が進まなかったので……。
――ま、まぁ、他の生徒会のメンバーと一緒ならば……うん。
よくよく考えれば、発起人たるセントノエル生徒会の者たちが、前方に座るのは当たり前と言えば当たり前の話。
ドレスも、さほど目立たないものにしてもらったし、問題ないだろう。
そう思っていたミーアであったのだが……。




