第百九十六話 神の奇跡の祭り、始まる
パライナ祭開催の期間、参加者たちは契約の高原周辺に逗留することになる。
近隣の村にも協力を依頼しているが、滞在の準備を中心になって整えるのは、商人たちである。彼らにとっては一大商機となり得る状況ではあるが、無条件に誰でも、というわけにはいかない。当然、信用のおける者たちに限られるわけで。
各国要人の世話は、ヴェールガ公国の承認を得た商人たちによって担われることになった。
セントバレーヌ商人組合やシャローク・コーンローグなど、ミーアの馴染みの者たちも続々と、この地に集結してきていた。
「各地の商人たちは、きっと選りすぐりのスイーツを用意してくるはず……。ふふふ、祭りはこうでなくてはありませんわ!」
っと嬉しそうに満面の笑みを浮かべるミーアと、きっちりミーアの食べ物に目を光らせるアンヌである。
そんなミーアが戻ってきたのは、自身の寝台馬車のところであった。ミーアが旅で疲れぬよう、ルードヴィッヒの指示によって改良されたその馬車は、ただの馬車にあらず。
中で足を伸ばして寝ることもできるし、こうして停車させてしまえば、宿の一室のように使うことが可能なのだ。
さらに、皇女専属近衛隊の馬車や、シュトリナたちの馬車が、ミーアの馬車の周りに止まり、強固な陣地を形成していた。
近くには、四大公爵家の馬車や、帝国貴族達の馬車が集まっており、そこは、帝国村といった様相を呈していた。
「ミーアさま、ご機嫌麗しゅう」
声をかけられ立ち止まる。っと、そこには、エメラルダが立っていた。
スカートをちょこんと持ち上げ、礼を返してから、ミーアは首を傾げた。
「エメラルダさん、あなたも早めに現地入りしましたのね」
基本的にエメラルダもお祭り好きではあるだろうが、始まる前から現地入りしているのは、少し意外だった。てっきり、祭りが始まって一番盛り上がってるところで来るかと思っていたのだが……。
「あら、だって、エシャールさまが参加されてますもの。後ろ盾たるグリーンムーン家の者として私が支えないわけにはまいりませんわ。それに、うちの愚弟もおりますし」
「ああ、そういえばエシャール殿下とヤーデンさんもいらしているのでしたわね」
先ほど様子を見てきたティアムーンの展示場を思い出す。
「少々、ミーアさまの功績を褒めたたえるのが足りないと、言っておいたのですけど」
指を振り振り、不満げに言うエメラルダ。一方でミーアは悩んでしまう。
――派手に自分を称賛させる俗物……と思われるのは、ヴェールガ向けにはよろしくないですけど……あのように、じんわり功績を称えられるのも、いろいろ頼られたり、期待されたりで苦労が多そうですわ。ううむ……、どちらが良いか悩ましいところですわ。
腕組みしつつ、難しい顔をしていると……。
「やぁ、ミーア。ティアムーンの宿泊地設営は順調みたいだね」
「あら、シオン。それにティオーナさんも」
「ご機嫌麗しゅう、ミーアさま。それに、エメラルダさま」
シオンとティオーナが合流してくる。
「そういうサンクランドのほうはどうなんですの?」
「同じようなものさ。オリエンス家の姫君たちは明日到着予定だから、その後で、展示会場のことを詰めようと思っている。ナホルシアさまは、開会の儀には間に合わないらしいけど、世界会議には参加するとのことだ」
「それは、緊張してしまいますわね」
そういえば、ナホルシアやエイブラム国王の前で何か演説しなきゃいけないのかぁ……そっかぁ……っと微妙にテンションが落ちるミーアであるが……。直後、その顔がパァアッと輝く。
こちらにやってくる、愛しい王子の姿を見つけたからだ!
「あ、アベル! 来ましたのね。クラリッサお、うじょ殿下のご様子はいかがでしたの?」
「ああ。ロタリア嬢としっかり打ち合わせて、準備してきたみたいだ」
「それは何よりですわ。ドノヴァン宰相と会談を申し出る前に、事前準備はしっかり済ませておきたいですし……あ、そうですわ。せっかくだから、シャロークさんと先にお会いしておくのはどうかしら?」
「シャローク・コーンローグと? それは……ああ、そうか……彼は、母国で就学基金を作っていたんだったか……」
「ええ。資金的な体制が整っているほうが、ドノヴァン宰相も了承しやすいのではないかしら?」
逆に、不備が一つでもあれば、そこを指摘される可能性もある。考え得る限り、完璧な計画を立てておくべきだろう。
「ナホルシアさまの薫陶の厚きロタリアさんがいれば、そのあたりも考えているのかもしれませんけど」
「いや、ただ考えるだけと、実際に商人と面識を持っておくのとでは違うからね。それがシャローク殿であれば言うことはないよ。あとで、クラリッサ姉さまにも話しておこう」
っと、そんなことを話している間に、
「ミーア姫殿下、ご機嫌麗しゅう」
「ご無沙汰しています、ミーアさま」
クロエとラーニャのミーアネット組がやってくる。さらに続いて……。
「ミーア師匠ー」
間延びした声。視線を向ければ、そこにはオウラニアがぶんぶん、っと手を振っていた。その後ろからレアとリオネルもやってくる。
「あらあら、みなさん、こんなに集まってきてしまって……」
賑やかさを増した周囲に、ミーアは思わず苦笑いを浮かべた。
自分を取り巻く人たちを、なんとなく眺めながら……。
「さて、いろいろ大変なお祭りになりそうですけど、どうなることやら……」
そうつぶやくミーアであったが……なぜだろう? 不安よりは、むしろ楽しさのほうが勝っているように感じられた。
――ああ、そうですわね……。考えてみると、これもまた、あり得ない光景なのかもしれませんわね。
目の前に広がる光景、それは、かつてのミーアが決して見られなかったものだった。
明るく楽しい祭りの前の空気……それは、大飢饉によって破壊されたあの世界にはないものだった。
人々から笑顔が消え、革命の血臭と互いへの敵意に支配された世界。
そこでは、誰も、こんな祭りを開こうだなんて言い出せない。
言い出したが最後、不謹慎、贅沢のそしりを免れないところだろう。
ゆえに、これはミーアが見たことのない世界だ。
同時に……ミーアだけでは決して見られなかった世界でもある。
楽しげに笑みを浮かべる仲間たち。ミーアの後ろに控えていてくれるアンヌと、サポートしてくれるルードヴィッヒ。
みなの協力がなければ、この日まで辿り着くことはなかった。
そして……。
ふと、視線を転じれば、パティがヤナと一緒に歌の練習をしていた。
ベルとシュトリナが、祭りでどこに回るかを相談している姿もあった。
今は亡き祖母と、まだ見ぬ孫娘が揃って目の前にいる状況。
ミーアと仲間たちだけでも決して見えなかった、これは奇跡の光景なのだと思った。
「なるほど、神の奇跡の祭り、パライナ祭というのは文字通りかもしれませんわね。であれば……」
ミーアは静かに笑みを浮かべる。
「楽しまなければもったいないですわね。これは、神の奇跡の祭りなのですから」
かくして、すべての準備は整い、パライナ祭が始まる。
それではまた再来週、25日にお会いできれば幸いです!




