第百九十五話 トロフィーか? トロフィーじゃねぇよなぁっ!?
「ヒルデブラント殿、観客席の微調整についてなのだが……」
「そうですね。もう少し間隔を開いて……。馬の走りがよく見えるように、できるだけ観客席が重ならないように配置して……。いろいろな角度から見えるように配慮できると良いですね。それと、ゴール前の席には各部族の族長や各国の要人が座れるように手配を……」
大ミーアピックの会場を見やりながら、ヒルデブラントは言った。
「ヒルデブラント殿、馬の餌についての手配は……」
「最高級のものを用意するように、ヴェールガ側と交渉中です。大ミーアピックの主役は馬ですから、出場する馬のコンディションはベストを保ちたいですね」
てきぱきと指示をしてから、額に浮いた汗を拭って、ふーぅっと一息。
キラッキラ、輝くような笑みを浮かべる。
突然ではあるが……ヒルデブラント・コティヤールは充実していた!
騎馬王国の若者たちと共に、パライナ祭の準備を進める日々。
天馬姫ミーアの親類とあって騎馬王国で重用されていることで、そのモチベーションは非常に高い。
それに、騎馬王国の馬観は、帝国にはないものだった。新鮮な彼らのセンスに触れ、日夜、馬について語りあかす日々……。
実に……充実していた!
「天馬姫の名を冠する名誉ある大会だ。ぜひとも成功させましょうぞ、ヒルデブラント殿!」
そう意気上がる仲間たちと、熱き握手を交わす日々。
実に、充実しきっていた!!
「それにしても、ミーア姫殿下は大したものだ。他国の民に、これほどまでに受け入れられるとは……」
彼の記憶の中にあるかつてのミーアは、少しばかりわがままな、ごく普通の姫君であったのだが……。変われば変わるものである。
「思えば……ミーア姫殿下の変化がなければ、私が騎馬王国に行くことはなかったのだな……」
レッドムーン家のご令嬢との政略結婚によって、馬好き熱も解消していたし、このような、祭りに関わることもなかっただろう。
「それに……彼女との出会いもなかったのだな……」
火慧馬……あの日、見た鮮烈な姿は、今もまだ、この目の奥に残っている。
自由に馬を駆り、自由に草原を駆け、どこまでも、どこまでも遠くへ行く……その美しい姿は、未だに憧れとして彼の胸を焼いていた。
――あれほど完膚なきまでに負けたのは初めてだったからな。うん?
その時だ。誰かが馬を引いてやってくるのが見えた。山族の至宝、落露を引いた小驪だった。
「やあ、小驪嬢、精が出るな」
声をかけると、小驪がハッとした顔で振り返った。
「あ、ヒルデブラントさま、ですの?」
小驪は、そうして控え目な、お淑やかな笑みを浮かべた。時折、鋭い毒を放つ小驪だったが、基本的には山族の姫に相応しい淑女であった。
「大ミーアピックの会場設営中ですの?」
「まあね。そちらは、ホースダンスの予行練習かな?」
「そうですの。祭りまでもう時間がないから、きっちりやっておきたいですの」
そう力強く言って、小驪は落露の首筋を撫でた。
「事前に会場をたくさん走らせておけば、落露も落ち着いて臨むことができると思うですの」
「なるほど。馬のことを考えてか……。そういうことも気にしなければならぬのだな」
うんうん、と頷きつつ、ヒルデブラントは温かな視線を小驪に向ける。
山族のところに留学して以来、ずっとつきっきりで馬の乗り方を教えてくれた小驪。自分よりも遥かに高い乗馬技術を持ちながら、日夜、鍛練に余念のない彼女に、ヒルデブラントは密かに好感を持っていた。
ただ、それを認めることは、もちろんできなかった。
それはさすがに節操がなさすぎる。馬に乗れる女性なら誰でも良いのか……との非難を免れないだろう。
――慧馬嬢に告白したし、あの想いは本物だったはずだ。断られても諦め切れずに騎馬王国に来たし、今でも、憧れの気持ちはある。
だというのに、小驪を魅力的に感じるのは、ひどく不純なことに思えた。
――それに、山族との関係を築くことは、我がコティヤール家にとっても悪い話ではない。ゆえに、もしも、これで小驪殿に好意を抱いたりすれば、妥協と打算のそしりを免れないところだろう。
慧馬を手に入れられないから、小驪を選んだ。
コティヤール家と山族との利害の一致から、小驪を選んだ。
そう言われることは、彼女に対しても失礼な話だ。
だからこそ、ヒルデブラントは、その好意を認めるわけにはいかなかった。
「ヒルデブラントさま? どうかしました、ですの?」
ふと顔を上げると、小驪が不思議そうな顔で見つめていた。
「ああ、いや、なんでもない。いろいろ、考えることが多かったものでね」
誤魔化すように笑みを浮かべるヒルデブラントを、じっと見つめてから小驪は……、
「なるほど。そういう時は、馬に乗ればいいと思う、ですの」
なんでもないことのように言った。
「馬に……」
「そうですの。馬は、どこまでも自由に、私たちの悩みなんか軽々と蹴っ飛ばして走っていくものですの。だから、悩んだ時には、馬の自由にさせて、どこか知らない場所に連れて行ってもらえばいいと思うですの」
「そう、か……。なるほど」
うだうだと悩むのは、騎馬王国の民らしくない。そういう時は、馬に乗ってスッキリしてしまえ。
それもまた、ヒルデブラントが出逢った新鮮な価値観だった。
それから、小驪はお道化た様子で肩をすくめて、
「もっとも、私もミーア姫殿下に負けるまでは、そんなこと忘れていたから……ちょっと偉そうなことを言ってしまったですの」
「……ありがとう、小驪嬢。なんだか、いつも助けてもらってばかりだ」
そうして、爽やかな笑みを浮かべるヒルデブラントに、小驪はちょっぴり頬を赤らめるのであった。
さて、ホースダンスの練習をするという小驪から離れて、彼は始祖の契約教会のほうへと向かった。そこに、ガラガラと音を立てて馬車のようなものが近づいてきた。
「ん? なんだ、あれは……」
不審に思ったヒルデブラントは、小走りにそちらに向かう。
パライナ祭はヴェールガの伝統的な祭りだ。
ヴェールガの権威、中央正教会の権威に楯突こう、などと言う無謀者がいない限り、別に注意する必要はないと思うのだが……。
それでも……彼の脳裏に、訴えかけるものがあったのだ。
禍々しさ、とは、言わないが、こう……言葉にできない凄みというか……。なんとも言えない雰囲気が、それから放たれているような気がしたからだ。
「これはいったいなにかな……?」
近くにいた少年に尋ねてみれば……。
「大ミーアピックのトロフィーです。聖ミーア学園とグロワールリュンヌ学園共同で作ったものです」
どこか誇らしげに、少年は答える。
「トロフィー? ああ、そういえば、ミーア姫殿下がそのようなことを言っていたな……」
などと思い出していると、かかっていた布が取り払われる。
現れた物を見て……見上げて! 思わず、ぽかん、と口を開けるヒルデブラント。
「おお、これは……。トロ……フィー、なのだろうか? なにが、どうなっているのだ?」
「ええ。ここが、こうなって……」
っと、説明を聞いたヒルデブラントは、思わず深々と頷いた。
「なるほど。面白いな、これは。珍しいし、勝者に相応しい逸品だ」
先ほどの、恋の悩みなどぽーんっと彼方へ放り捨て、深い思考に沈んでいく。
「しかし、これを与えられるのは、一人だけ、か。となると……いや、これは一人の勝者というよりは、部族単位で与えられるべきものじゃないかな。であれば、チーム戦……? 最も活躍した部族にこれが与えられることとして……。しかし、十三部族は少し多いか。否、種目を複数設定して、参加競技を選んでもらい、最も獲得ポイントが多かった一族にこれが与えられることにすれば戦略に幅が出るか……」
ミーアに負けず劣らず、イベンターとしての思考法を獲得しつつあるヒルデブラントであった。
来週は遅めのゴールデンウイークということで、お休みにします。
5月25日から再開します。
よろしくお願いいたします。




