第百九十四話 ミーアのチラリもあるよ!
展示会場に一歩足を踏み入れて……ミーアは思う。
――あら……なんだか、普通なような……?
もっと、こう……中にミニ黄金ミーア像が整列し、こちらをジィっと眺めているホラーな感じだと思ったのだが……。
――そんな、でもありませんわね……。不思議ですわ……。
確かに、気合の入った金のミーア木像はある。
ベルマン子爵を諭す、実物より賢そうなミーア、ルールー族を平定する、実物よりキリリッとしたミーア。さらに、森の妖精のごとく羽が生えたミーア……。
ナニカワカラナイものが微妙に混じっている気がしないこともないが、それでも、皇女の町で見た衝撃に比べれば、肩透かし感を否めない。
魔窟たる聖ミーア学園の手によるものにしては、あまりにも常識的なものだった。
聖ミーア学園のアレさ加減を過剰に見積もり過ぎて、眼鏡が曇ってしまったのでは? と、俯瞰して見るも、やっぱりそれでも大人しい感じがする。
ミーアの肖像画などもちょいちょい飾ってはあるものの、そこまで派手なものではない。というか地味だ。溶け込んでいるようですらあって、なんだったら、気付かないようなものもある。
ミーアの功績を紹介する文章についてもそうだ。
決して、絢爛豪華に着飾った美辞麗句ではない。ミーアを過剰に、ひたすらに礼賛するようなものでもない。どちらかと言えば抑えた……冷静さを保った視点の評価だ。
――これは、警戒感を持ち過ぎていたということかしら? 考えてみれば、一号館の中に金の等身木像が六体前後ですし……。建物の数が十ということは、単純に考えて六十体の金の等身大木像があるわけで。これだけでも十分にトンデモないことのような気がしますわ。
ともあれ、この程度で済んでよかった、よかった、と……胸をなでおろしかけた、刹那……っ!
「ちなみに、この展示は、ミーアさまのお抱え画家であるシャルガールさんにも相談の上、決めさせていただきました」
聞き捨てならぬ言葉が、耳に入ってきた。
「ああ……シャルガールさん……シャルガールさんの指導が入っているのですわね……うん?」
ちょっぴり首を傾げつつ見回っていたミーアであったが……。その脳内に……なんとも言えない違和感が積み上がっていく。
はたして……聖ミーア学園の生徒たちに加え、あのシャルガールまでもが口出しした展示が、この程度に収まるものだろうか? あの、シャルガールが! 口出ししたのに!?
それから、ミーアは注意深く、じっくりと展示を見直していく。ルールー族関係のものを見終わり、次の幕屋へ。そちらは新月地区の再生を地図や数値を交えて載せてある。次は農政改革。ギルデン辺土伯の農地に対して行われた助言。並びに、ルドルフォン辺土伯家のセロ・ルドルフォンを見出し、新種小麦発見へと至る人材登用の妙。外交関係のペルージャン農業国、ガヌドス港湾国との直接的折衝。商人たちとのネットワークの構築。放蕩祭りによる民衆の鼓舞や、他国との協力を取り付けて組織したミーアネットについて……。
それらの簡にして要を得る説明をじっくり読み終えた刹那、ミーアの脳内に稲妻が駆け抜けた!
――こ、これは、プロの犯行ですわっ!
ミーアが読んできた文章、それは一見すると、冷静で客観的なものだった。ミーアを礼賛する熱の入った気合が感じられない、落ち着いた文章だった。
エリスの小説に触れ、数多の恋愛小説を嗜んできたミーアは知っている。感情に任せた文章は、時に大きな力を発揮することもあるが、反面、読み手を冷めさせることもあるということを。
熱を込めすぎて暴走した結果、冷静さを欠いた書き手だと思われてしまえば、その文章はまともに読まれない。信用されない。
だからこその、この、淡々とした文章である。信用したくなるような風格と知性、品性を兼ね備えた文章だった。これを書いた者の評価の確かさが窺える見事な文章であった。
そして、それゆえに……より一層、際立つ、ミーアの功績群である。
――これは、考え抜かれた文章。読み手の気持ちを完璧に理解して、最も効果を発揮する書き方をしておりますわ!
さらに、展示の仕方に関しても、ミーアは気付いた。
ところどころのポイントで、さりげなく飾られている肖像画、場合によっては、壁の模様に隠してあるミーアのシルエット、近づき、通り過ぎる一瞬だけ、ミーアの肖像画に見える壁、突如、ひょっこりと飛び出してくる金のミーア木像などなど……。
何とも言えないタイミングでチラリされる、ミーアの肖像、一瞬、一瞬でチラ見せするようなやり方が、逆に、奇妙に印象に残るような気がする! 脳裏に刷り込まれるような気がした。
――これを、狙ってやっているということですの?
ミーアは戦慄した。
これは、表面的ではない深い部分で、ミーアの功績をしっかり、じっくり、じんわりと礼賛する手法、見た者の脳裏に焼き付けるやり方なのだ!
「ええと、この……わかりやすい説明をお書きになったのは……」
「私です。それに、ヤーデン・エトワ・グリーンムーンさまを始めとするグロワールリュンヌ学園の方たちと一緒に、書き上げました」
すちゃっと歩み出たのは、ミーア学園一の俊英、セリアだった。孤児院出身の彼女は、取り立ててくれたミーアに恩を返す機会と、今回、非常に張り切って祭りに臨んでいた。
「そう……なのですわね。ええ、実に、要点がまとまっていて、わかりやすいですわ」
「ありがとうございます。こちらが、来場者にお配りする資料となります。以前、御目通しいただいているかとも思いますが……」
渡されたのは、ミーア二号小麦についての文章だ。セロの協力によって作ったであろう研究成果と小麦育成の記録、料理長の協力も得たのであろう調理法に至るまで。事細かに書かれているが……その文章にもさりげなく、ミーアの功績がねじ込まれている。
実に周到な文章であった。
「……素晴らしい。よくまとまっておりますわね。ええと、ちなみに、シャルガールさんもいらしているのかしら?」
「はい。ミーア姫殿下からオーダーがあったトロフィーのほうの最終調整に行っておりまして……」
「…………最終調整?」
トロフィーに、なんの調整が必要だというのかっ……!?
ミーアの脳裏に一抹の不安が駆け抜けるも、
「ワグルやドミニクさまを中心に、みなで一生懸命にアイデアを出し、作りました。それに、サンクランドのエシャール王子殿下にもご協力いただいています」
「ああ……そう……なんですわね」
聖ミーア学園の生徒たちが頑張って作ったうえに、エシャールまで関係しているという。
シャルガールだけならばまだしも、それだけの者たちが関わっている以上、それを差し止めるわけにはいかないわけで……。
――となれば……むしろ、見ないほうが精神衛生上よろしいのではないかしら?
魂が抜けたようになってしまっては、ホースダンスに支障をきたす。
「ルードヴィッヒに確認は取っているのかしら?」
「はい。非常に驚かれた様子でしたけど、褒めていただきました」
はにかむセリアに、まぁ、ルードヴィッヒが大丈夫って言ってるなら大丈夫か……、大丈夫だよな!? と無理やりに自分を納得させるミーアであった。




