第百九十二話 着々と……
「これは、なかなかの広さですわね……」
始祖の契約教会を出て、ミーアはホースダンスの会場にやってきた。
隣を歩くラフィーナは、なにやら、うきうきと楽しそうにスキップするような足取りで進んでいく。まるで、よくできた工作を披露する子どものように、ちょっぴり得意げな顔である。
「どうかしら? ヒルデブラント殿や馬龍さんとも相談しながら整地してもらっているのよ。できるだけ平らに、馬たちが走りやすいようにね」
「ああ、そう言えば、ヒルデブラントさんが騎馬王国の出し物の準備に携わっているのでしたわね。馬龍先輩のご意見も取り入れているのであれば万全ですけど……あら?」
あまりにもさりげなさ過ぎて、ついつい聞き逃してしまいそうになったが……。さらっと馬龍の名前を口にするラフィーナである。
――これは……後ほどゆっくりとお話を聞かなければいけないかもしれませんわね……。小驪さんもお誘いすれば、騎馬王国の殿方のウィークポイントなども聞けるでしょうし、なかなか有意義なお茶会になるかもしれませんわ。
そんなことを考えながら、ミーアはゆっくりとあたりを見回した。
「この広さ……ここで月兎馬の速駆けをしたら、きっとすごく盛り上がりそうですわ」
騎馬王国の誇る月兎馬。その迫力ある走りを想像し、ミーアは思わずわくらくしてしまう。
きっと手に汗握る戦いが見られるに違いない。
名実ともに天馬姫になりつつあるミーアである。
今やミーアにとって馬は、ただの逃走の手段ではなくなってきている。
最近、ホースダンスで荒嵐と心を通わせることばかり考えていたものだから、ついつい、速い馬を見ると興奮するという、騎馬王国気質を体得しつつあるのである。
「どのようなマッチアップになるのかしら……? 十三部族それぞれから馬を出し合う感じか」
かの騎馬王国のことだ。出番がない一族があるなどと言う理不尽がまかり通るとも思えない。
馬十三頭による集団競争を想像して……けれど、ミーアは首を振る。
「いえ、でも……それはさすがに、多すぎるかもしれませんわね。それはそれで面白そうという気もしますけど、馬になにかあれば一大事。ならば、いっそ、一騎打ちか、三頭の争いぐらいにしておくと、走る姿がよく見えて楽しいかもしれませんわね。まぁ、その辺りはヒルデブラントさんが考えているでしょうけれど……むむむ」
UMA13の総合プロデューサーにして、UMA競技の敏腕イベンターにもなりつつあるミーアなのであった。まぁ、どうでもいいことではあるが……。
「あ、ほら、ミーアさん、見て。楽団と特別初等部の子どもたちは、あの辺りで演奏するのが良いのではないかと思っているのだけど……」
ラフィーナが指さした先には、仮設のステージがあった。重厚な色合いの木材で造られた、かなりしっかりしたものだった。屋根と左右両サイドから、まるでステージを包み込むようにして外壁が伸びる造りになっている。
「ふふふ、なかなか立派でしょう?」
「ええ、素晴らしい舞台ですけど……。少し変わった形ですわね。まるで卵の殻みたいですわ」
料理が得意なミーアは、食材の喩えがすらすら出てくるのだ。
――あれは、卵黄と卵白を分ける時にする割り方に近いですわね……。
などと、匠の目で評しつつ、ミーアはラフィーナのほうを向いた。
「なにか、あの形に意味がありそうな気がしますけど……」
「さすがはミーアさん。お目が高いわ。あれは、音を反響させて、外に響かせるためのものなの。これだけ広いと、子どもたちの声が届かないのではないかと思ったから」
そこにいてね、と言い置いて、ラフィーナは小走りにステージに向かった。その中央に立つと、頭の上で、パンッと手を叩いた。
乾いた音は、ミーアが予想していたよりも遥かに大きく響いた。
「おお、確かによく聞こえますわ!」
声が届くように、口に手を添えて、少し大きめの声で叫べば……。
「ふふふ、聖堂や劇場なんかにも使われている技術なのだそうよ」
特に意識をしていないであろう、普通に話すラフィーナの声は、かなりはっきりと聞こえた。
「なるほど、これは助かりますわね」
ホースダンスデュオの肝は息を合わせること。そのために音楽が聞こえることは重要な要素だ。子どもたちの声の大きさには、少し不安があったのだが……。
――ホースダンスの最中も耳をすませていなければと思いましたけど、これならば問題なさそうですわね。でも……。
ミーアは、なんとも言えない引っかかりを覚える。その立派なステージを眺めつつ……。
――このステージも、観客席より気合が入った作りのように見えますわ。これがホースダンスのための設備だとすれば……なんだか、ホースダンスが騎馬王国の出し物全体の主役みたいに見えてしまうのでは……。
本来、ホースダンスはあくまでも出し物の一部。添え物ぐらいの扱いでもいいはずなのだ。そもそもが騎馬王国の出し物なのだから、その主役は騎馬王国の民であるべきである。帝国の姫であるミーアが関わる物が主役になるということは、あってはならないはずで……。
――小驪さんを誘ったから、ホースダンスデュオが、ゲスト的な立ち位置の出し物ではなくなってしまいましたわね。少し失敗だったかも……。
そう思わなくもなかったが……その点に関しては、別に後悔する必要はない。
なぜなら、最初からミーアのホースダンスは主役級の位置づけだったので……。
騎馬王国の族長たちは、初めから天馬姫のホースダンスにかなりの期待を寄せていたのだから。
それゆえに、小驪を参加させたことを、そこまで後悔する必要はないのだ。
『天馬姫のホースダンス』が『馬合わせの激戦を駆け抜けた天馬姫とそのライバル小驪とによるホースダンス』に変わっただけなので。
……まぁ、ちょおっとだけ、期待値が上がったような気がしないでもないが……。たぶん……気のせいだろう、きっとそうだ……恐らく……。うん。




