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第百九十話 剣を鋤に、槍を鎌に……そして軍馬を……

「せっかくだから、教会の中も見て行かれるかしら?」

「ええ。そうですわね。世界会議の会場も気になりますし。それに、やはり来た以上は契約の石碑も、できれば見てみたいですわ」

「そう。それなら、案内するわ。行きましょう」

 そうして、ミーアは教会堂に足を踏み入れた。

 瞬間……空気が変わったような気がした。

 ――これは……。なにかしら、少し空気が重たいような感じがしますわ。

 辺りをきょろきょろ見回しながら、教会堂の奥に進む。

 こつ、こつ……と……木の床が重たい音を返してくる。しんと静止した空気を震わせる、その音は、建物が体現する厳格さを表しているかのようだった。

 両サイドの石壁、その高い位置にある小さなステンドグラスからは、まばゆい光が降り注いでいた。美しくも(きよ)い光景を前に、ミーアは思わず圧倒される。

 ――これは、神聖さの表現ですわね。

 新月地区の教会などが温もりを感じさせる“親しみやすさ”を建築意図としているのに対し、この教会は神の神聖さ、侵し難さを表現しているように感じる。

 厳格な、揺るがしがたい秩序が、そこにはあった。

「こっちよ、ミーアさん」

 先を歩くラフィーナに誘われ、教会堂の前方へ。

 そこに、その石は静かにたたずんでいた。

 テーブルのような大きさの石、小さな文字が刻みこまれたその石こそが、この教会が守る、始祖の契約の石碑。

「これが、ヴェールガの……」

 そこに刻まれた文字は、古代ヴェールガ語ではあるものの、大陸共通語の元となった言語であるがゆえに、ミーアでも辛うじて読むことができた。

 それは、ヴェールガの国の在りようについて。ヴェールガの王たる神が、どのような国を善しとしているかについての文言だ。

「剣を鋤に、槍を鎌に打ち直せ……。平和の宣言ですわね」

「そう。武器を持って互いに相争い合うのは、人間として正しくない。この地に平和をもたらすよう教えを広めよと。それがヴェールガ公国の礎よ」

 ラフィーナの言葉に頷きつつ、ミーアはそこに付け足す。

 ――断頭台の刃を、農業に使う鋤に……断頭台の木材を寝やすいベッドに、ですわね……。

 恐怖の象徴たるギロちんだって、ミーアの安眠を助ける睡眠具になれたかもしれない。物騒なものを、安心できる代物に作り替える。それこそが、平和の根本。ミーアも深く同意するところである。

 しかし……、とミーアの内に苦い思いが生じる。

 脳裏にあるのは、ティアムーン帝国の始祖の石碑、あの無人島のアレである。

 ――なんというか……うちのご先祖さまも、こういうのが良かったですわ!

 っと、ついつい、心の中で嘆いてしまうミーアである。

 じーっと物欲しげにその石碑を眺めてから、ふーぅ、っとため息を吐いて……。

「素晴らしい言葉ですわね」

「ええ、本当に……。剣は鋤に変わることができる。人を殺すものから、人を生かすものに変わることができる……。そして、それはまた、人も同じ」

 ラフィーナは、どこか感慨深げにつぶやくのだった。


「あっ、ほら、見て、ミーアさん」

 教会堂の二階に上がり、窓の前でラフィーナが言った。

 その横に立ち、なにげなく外を見たミーアは……。

「あれが、騎馬王国の出し物の会場よ」

「お……おぅ……」

 ラフィーナの言葉に、思わず呻き声を漏らす。

 用意されたスペースは、かなりの広さだった。

 セントノエルの練馬場と同程度といえばよいだろうか。

 一周、およそ四百ムーンテールぐらいはありそうな周回コースと、それを取り囲むようにして、木造の観覧席が建造中だ。

 ――まぁ、速駆け勝負なんかは、確かに広い場所が必要といえば必要ですけど……しかし、あそこでホースダンスをやるというのは……なかなか、大変なことではないかしら……。

 いっぱいまで観客を入れたら、結構な数になりそうである。以前の、ホースダンスの時とは比べ物にならないだろう。

 ――教会からも見られますし……いろいろな角度から見られるように、観覧席もしっかり設けてありますわね。ううぬ……心なしか、他国の展示会場よりも気合が入っているような……?

 そんなことも思ってしまうが……。

 ――ま、まぁ……でも、よくよく考えれば、騎馬王国もヴェールガと繋がりが深いですし、神聖典の中にも登場する方たちですわ。このぐらいの扱いをされても……うん。それに、ラフィーナさまと馬龍先輩は仲がよろしいようですし……きっとその関係で、立派なものになってるだけですわね。ええ、間違いありませんわ。

 などと、自分を納得させるミーアである。

 断じて、自身のホースダンスのためにあつらえられた場所ではない、と……。

「ミーアさんのホースダンス楽しみだわ」

 ふと視線を転じれば、ラフィーナが輝くような笑みを浮かべていた。

「……まぁ、すでにご存じでしたのね?」

「もちろんよ。世界会議の前に各国に披露するのでしょう?」

 それから、ラフィーナはそっと胸に手を当てて……。

「神は平和を作るもの。剣を鋤に、槍を鎌に打ちかえる」

 瞳を閉じて、契約の石碑の文言を諳んじてみせてから……。

「ミーアさんのホースダンスは、さしずめ、軍馬を戦にではなく、平和の舞に、といったところかしら?」

 なんと、ホースダンス・デュオの意義を、神聖典の一節に補強されてしまった!

「色々な国の子どもたちに、その国の歌を歌ってもらうというのも、とても良いアイデアだと思ったわ。レアさんも称賛していたけど、私もまったく同じ気持ちよ」

 しかも、思い付きで特別初等部の子どもたちに歌わせることにしたのが、なんか、意味深な感じになってしまっていた!

 知らない内に、世界会議に先んじて、ミーアが、ものすごーく意義深い平和の舞を披露することになっちゃっていた!

 違うんだよなぁ! 小驪の恋のために、ヒルデブラントのやつを振り向かせようとしてるだけなんだよなぁ! っと思うミーアであるが……さりとて、世界平和はミーアの望むところ。

 革命やら断頭台やら、物騒な有象無象がウゾウゾ動き出さないような雰囲気作りはミーアの至上命題(ライフワーク)なわけで……。否定するわけにもいかなくって……。

 ――ま、まぁ……やることは変わりませんわね。うん……。成功させて世界会議の弾みにしようと考えておりましたし。うん……まったく変わりませんわね!

 ぶつぶつつぶやきつつ、自分を納得させるミーアであった。

 微妙に似てきているミーアとラフィーナなのであった。

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― 新着の感想 ―
「剣を鋤に、槍を鎌に」の話はもしや共産主義?と思って調べてみたら聖書の話でした。共産主義は鎌と槌だった(恥)
そう言えばヴェールガ公国の碑文 「剣を鋤に、槍を鎌に打ち直せ」は平和の宣言だそうですが、「鎌とハンマー」に持ち替えた筈の国はもっと凶暴になったから(近場では2カ国位有りますな)、周辺国は気をつけねば。…
やはりミーア様をいい感じに導く聖女はラフィーナ様しかいない… 凄女ではなく…ベルが震えている気がしなくもないが… そしてこの会話もラフィーナの下にいる彼女からすすっと流れてルードヴィッヒに伝わり騎馬王…
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