第百八十九話 ミーア姫、颯爽とパライナ祭会場に降り立つ!
いよいよ、パライナ祭の開催も迫ってきた。
ミーアたち、生徒会の一行は、現在、パライナ祭会場を建設中の契約の高原を訪れることになった。
ノエリージュ湖北東の船着き場から馬車で北西へ進むこと半日。
ぽかぽかと日差しが照る中、ちょっとした山道のような場所を登って行きがてら、ミーアは少しだけ笑みをこぼす。
「ふふふ、なんだか、いろいろな場所を見て回れて、楽しいですわ」
前時間軸では一度も来たことがなかった場所だから、なんとなく楽しく感じてしまう。
よくよく考えれば、もしも帝国で革命が起きていれば、すでに捕らえられて、地下牢に堕とされていた頃だ。
狭い地下牢が、あの時のミーアの世界のすべてであった。いや……それ以前から見えている世界は狭かったのだ、と、今のミーアにはわかっていた。
「あの頃に比べると、ずいぶん世界が広くなった……見えていなかったものも見えるようになった気がしますけど……まだまだ油断は禁物ですわね」
馬車の後方に目をやりつつ、そっと目をすがめる。半透明のギロちんが、ものすごい速度で走ってきているのが見えた気がして、思わず、ぶるるっと背筋を震わせるミーアである。
今まで見えなかった透明ギロちんが、薄っすら見えるようになった……ということは、まだ見ぬ透明ギロちんだって、いるかもしれないではないか。
あの後ろに、百体のギロちんが列を成して追ってきているかもしれないのだ。
「統治者としての視野を広く、できるだけ取りこぼしの無いように……気を引き締めて行かなければ……」
そんなことを思っているうちに、馬車は止まった。
契約の高原は、一面が緑で覆われた美しい場所だったった。ところどころで花も咲いていて、実になんとも美しい場所だ。
高原だからだろうか。頬を撫でる風は少しだけ冷たい。それは、さながら早朝の空気のよう、新鮮で、なんとも心地よく感じられた。
「気持ちの良い場所ですね、ミーアさま」
「そうですわね。ふふふ、アベルとお祭りデートするのが楽しみですわ」
パライナ祭をアベルと一緒に、ルンルン回る気満々のミーアである。
先ほどの自戒の思いとか、世界会議のこととか、いったん、記憶の彼方にひょーいっと放り投げてしまうミーアなのである。
そうして、視線を向けたデートスポットには、ぽつり、ぽつり、と展示会場の建物が建築されていた。騎馬王国などで見られる丈夫な布を使った幕屋をベースに、その外側に木の骨組みで補強した造りになっているらしい。祭りの日程は二十日間にも及ぶが、その期間、耐えられる丈夫な造りになっているのだ。
そんな展示会場の中央には、大きな神殿が立っていた。
古ヴェールガ調建築の建物は、神の権威を表すかのように、石造りの荘厳なデザインが特徴だ。蛇の神殿のようなちぐはぐな不安感のない、どっしりとした極めて堅実な造り。
神の秩序の守り手の城といった威容に、ミーアは感嘆の息を吐く。
「なるほど、あれが、始祖の契約教会ですわね……」
神から与えられた契約の石を守るために建てられたその教会は、ヴェールガ公国巡礼地の一つである。ヴェールガを訪れる際には、一度は行っておきたい観光スポットなのである。
ちなみに、神殿ではヴェールガ乳牛を飼育しているらしく、ミルクが美味しいらしい。ホットミルクとココアには少しうるさいベルが、ぜひとも飲みたい! と昨日、主張していた。まぁ、どうでもいいが。
ちなみに、教会の礼拝堂には、神からもたらされた契約の石が収められており、見学も可能とのことらしい。
「せっかくですし、卒業するまでに一度は行ってみたいものですわ」
などと、かねてから思っていたミーアであるが、今回、パライナ祭の開会の儀を、その教会でするとのことで、観光の手間が省けたのだ。
開会の儀には、当然のごとく聖女ラフィーナが参加するらしいので、お誘いされているミーアとしては、出ないという選択肢はない。
ちなみに、世界会議の会場もどうやらそこらしい。
「事前に見学しておくのも良いかもしれませんわね。なにか、話せと言われておりますし……」
事前準備は大事である。
ひょーいっと記憶の彼方に放り投げたかと思われていた世界会議の記憶を、きっちり拾ってくる。さすがは帝国の叡智といったところだろうか……。
ということで、歩き出そうとしたところで……。
「あっ! ミーアさん!」
始祖の契約教会の前にいた一団、その中の一人が、ミーアのほうを見て手を振って小走りに近づいてくるのが見えた。
「あら……あれは……ラフィーナさま……?」
気付いた瞬間、ミーアも合わせて走り出す。
久しぶりに友人に会えた喜びから……というわけではない。周囲の目があるためだ。聖女のほうに走らせておきながら、自分のほうは腕組みして待ち構えていた、実に傲慢な帝国の姫の態度である! などと言われないための配慮である。
それに、たぶん、ラフィーナのほうもそうしてもらったほうが嬉しいだろう、という心配りでもある。
配慮と心配りの人、ミーアなのである。
そうして、ラフィーナの前まで行くと、ミーアは笑顔でちょこん、とスカートを持ち上げ、
「ご機嫌麗しゅう、ラフィーナさま」
「ご機嫌よう、ミーアさん」
お道化た様子で、かしこまった挨拶を交わしてから、示しを合わせたように笑い合う。
「うふふ、元気そうでなによりだわ」
嬉しそうにはにかむラフィーナに、ミーアもニッコリ笑みを返した。
「ラフィーナさまもお変わりなく。パライナ祭の準備、お疲れさまですわ」
祭りの気運醸成のため、各地を走り回っているというラフィーナ。さぞ疲れているだろう、と話しを振れば、ラフィーナはゆっくりと首を振り……。
「大したことではないわ。もともといろいろな場所に行き、人々と触れ合うのはヴェールガ貴族の娘としての務めでもあるから。あ、それより、お土産をありがとう!」
パンッと手を叩き、ラフィーナが言った。
「とても美味しかったわ、あのキノコ」
「ああ、司教茸ですわね。気に入っていただけたなら、なによりですわ」
「ええ。歯応えといい、味の深みといい、とても素晴らしかったわ」
なぜか、胸を張り、得意げに言うラフィーナである。
そうなのだ……、実は、あの不気味な見た目のキノコを、ラフィーナはきちんと食べたのだ。あとで、ミーアから感想を求められても良いように、誤魔化さずに、しっかりと味わって食べたのだ。
逆に、だからこそ話を振ったとも言えるのだが……。
なにしろ、あれだけ頑張って食べたのに、まったく話題に出ないのは、さすがに悲しい。せっかく頑張ったのだから、話題にせずにはいられなかったのだ。
ちなみに、友情を復活させた友人、ヘルミオネ・ルトラ伯爵令嬢を、その際に巻き添えにしているのだが……。ラフィーナからもたらされたお土産とやらを見たヘルミオネは、これは獅子の試練か、あるいは、やっぱりラフィーナは怒っているのか? と数日間、悩んでしまったりもしたのだが……。
そんな裏事情など、まったく知らないミーアは、ラフィーナがお土産を気に入ってくれたことに、たいそう気を良くしてしまう。
――ふふふ、ちょっぴり不気味な見た目でしたけど、あれもいけるということは、ラフィーナさまも意外と美味しければ見た目には囚われない心をお持ちのようですわね。思えば、神聖典にも、神は人の外面ではなく心を見ると書かれておりますし。聖女たるラフィーナさまも、それに倣っておられるのかもしれませんわ。
そんな感じでラフィーナへの理解を深めるミーアである。
神聖典による論理の補強が行われてしまったがゆえに、その理解が揺らぐことは……ない!
ということで……。
「ふふふ、そんなに喜んでいただけたなら、嬉しいですわ。また、なにか美味しいものがございましたら、お土産を送らせていただきますわね」
「あ、え……? え、ええ。もちろん、嬉しいわ、ミーアさん」
うん……そう、嬉しい……私、嬉しいはず、うん、大丈夫……っと、なぜだろう、自分に言い聞かせるようなつぶやきをこぼすラフィーナだった。
本日、コロナEXさんのほうでコミカライズも更新されていますので、そちらもよろしければ……。




