第百八十八話 厩舎のコンサート
さて、ホースダンスに光明が見え始めたということで、ミーアは上機嫌に厩舎にやってきた。
乗馬後の荒嵐の手入れをするためである。
「ふっふっふ、今日は荒嵐の意外な一面を見ることができましたわ」
にやーりと笑いつつ話しかけるミーアに、なんだぁ? 文句あんのかぁ? と胡乱げな目を向けてくる荒嵐。
ミーアはアンヌからブラシを受け取ると、手際よく荒嵐にブラッシングを始める。
「まさか、音楽にあんなにノリが良いとは思いませんでしたわ。案外、あなたもお祭り好きな馬なのではありませんの」
うるせー、余計なお世話だ、みたいな様子で、ぶーふっと鼻を鳴らす荒嵐。
そんな感じで馬との対話を楽しんでいると、厩舎に入ってくる者がいた。
視線を向ければ、そこにいたのは、作業用の服に着替えた小驪だった。少しくたびれた長そでと長ズボン、さらに、髪を布で覆っている。
「あら、小驪さんも落露を労いに来ましたの?」
「そうですの。落露は山族の宝だから、しっかりとお手入れしてあげないとだめですの」
その言葉の通り、腕まくりし、念入りにブラッシングして体の汚れを取っていく。
落露のほうも、普段から丁寧にお世話されているのだろうか……まるで、メイドに髪を整えてもらうお姫様のごとく、慣れた様子で目を閉じて、大人しくしている。
ジロリ、と視線で威圧し、時折、鼻をムグムグさせてからかってくる荒嵐とは大違いである!
「荒嵐も、あのぐらい大人しいと作業がしやすいんですのに……あら?」
その時だった。
不意に、遠くから歌声が近づいてきた。それほど大きくはないけど、聞きやすくて、綺麗な声だった。
「あれ……この声って……」
と小首を傾げるアンヌに、ミーアは小さく頷いて、
「ヤナですわね。厩舎に何か用かしら……?」
様子を窺っていると、ひょこっとヤナが厩舎の中に入ってきた。物珍しそうに馬を眺める彼女に声をかけてみることにする。
「ご機嫌よう、ヤナ」
「わっ、あ、み、ミーアさま……失礼しました」
ちょっぴり慌てた様子で頭を下げるヤナ。
「別に、失礼ということはございませんけど、どうかしましたの?」
ミーアは辺りに目をやって、
「もしや、あなたもホースダンスに加わりたい、とか?」
冗談めかして言うが……それは、案外ありかも……などと思ってしまう。
――馬の上で、歌いながらホースダンス……。難易度は高そうですけど、できたら、すごく見映えがするのではないかしら……?
UMA13総合プロデューサーへの道は、今まさに、ミーアの目の前に開かれているかのようであった!
まぁ、それはさておき……。
ミーアの問いかけに、ヤナは苦笑いで首を振り、
「いえ……。ただ、ホースダンスに出る馬たちに少しだけ興味があって……近くで見たいなって思っただけです」
「あら、そうなんですのね。それならば、ゆっくり見ていくとよろしいですわ」
そうして、荒嵐のところに案内しがてら……。
「先ほどのみなさんの歌、とても良かったですけど、そういえば、ヴァイサリアン族の歌はございませんでしたわね?」
「あ、はい。みんな、自分が好きな歌をやりたいって、すごかったから遠慮しました。あたしは、そんなにお祭りで歌いたいと思ってなかったから」
そう言いつつも、ヤナの顔はちょっぴり寂しげだった。
「あら、そうなんですのね? この前、お風呂で聞かせてもらった歌なんかも素敵でしたのに、ちょっぴり残念ですわ」
っと、そこでミーアはポンっと手を打った。
「あ、そうですわ。今から、荒嵐の手入れをしようと思っていたのですけど、良ければ、そこで少し歌っていてくださらないかしら?」
「えっ? なっ、なんでですか?」
ヤナが、驚いた顔をするが……。
「実は、荒嵐って歌が好きみたいなんですの。だから、歌を聞きながらだと機嫌良く、ブラッシングされるんじゃないかと思って」
それからミーアは荒嵐の顔をチラリと見て、
「こいつ、変に機嫌が悪いとくしゃみを吹っかけてくる困ったやつだから、できれば、大人しくしていてくれると助かるのですけど……」
「そう言うことなら、わかりました……」
ヤナは、渋々といった様子で頷いてから、そっと目を閉じ、歌い始めた。
歌が流れ始めると、心なしか、荒嵐の顔がちょっぴり穏やかになった……ように見えた気がしないこともない。鼻をムグムグさせることも無く、大人しくブラッシングさせてくれる!
「おお、やっぱりよい歌ですわね」
歌い終わったヤナに賞賛の言葉をかけると、ヤナは少しだけ恥ずかしげにはにかんで……。
「ありがとうございます。この歌……母さんが、よく食事を作る時に歌っていたんです。だから、この歌が聞こえてきたら、もうすぐ食事なんだって、少し楽しい気持ちになって……あっ」
と、その時だった。
ヤナのお腹が、くぅっと小さく鳴った。
「それに、お腹が空いてしまう歌なのですわね。ふふふ、晩餐までにはまだ少し時間がございますけど、三時のお茶会には良い時間ですわ。ヤナ、それに小驪さんもご一緒にいかがかしら? セントノエルのホールケーキは、わたくし一人で食べるには、ちょっとだけ大きくて、いつも食べあぐねてしまいますの。ね、アンヌ」
話を振られたアンヌは、ニッコリ笑みを浮かべて、
「はい。そうですね……残すのももったいないので、ぜひ、みなさんでシェアして美味しく食べていただくのがよろしいかと存じます。ベルさまやシュトリナさまもお呼びしたらよろしいのではないでしょうか?」
ミーアの場合、そもそも残すことはあり得ないし、「今日こそはワンホール食べて差し上げますわ!」とか気合満々に言うのを、諫め、宥めることが多いアンヌであるが……そんなことは一切おくびにも出さずに穏やかな笑みを浮かべている。
主の名誉をしっかり守る、アンヌは忠義のメイドなのである。




