第百八十七話 最後のピース
曲も決まり、特別初等部とセントノエルの楽団による練習は、急ピッチで進んでいった。
さすがに、一日、二日でできることでもないということで、彼らには彼らで練習してもらい、その裏で時間を無駄にすることなく、ミーアたちもまた、練習に勤しんでいた。
「さぁて、今日も頑張りますわよ!」
気合を入れつつ、ひょーい! っとミーアは荒嵐に飛び乗った。
実に身軽な動きであった!
な、なんと! 身軽な! 動きであったっ!!
そうなのだ! ここ数日、ミーアは非常に健康的な生活をしているのだ!
よく食べ、よく運動して、よく寝る。
栄養を取り、目いっぱい体を動かし、疲労を癒すために寝る。
人として、実に理想的な生活を送っていた!
以前までは、よく食べ、たまに運動し、よく寝る、だったのが、運動の割合が増えたことで、バランスが取れるようになったのだ。
そんなミーアを見守るアンヌも、アクティブになったミーアにニコニコと嬉しそうな顔を向けていたが……ふと、何事か思いだしたのか、ハッとした顔をして……。
「あの……ミーアさま、お疲れは溜まっていませんか? こう連日、練習していると……」
きちんと、ミーアの疲労蓄積まで気を向ける。ミーアに健康的かつ美しくいてもらうべく、常に気配りを忘れない忠義のメイドである。
「ふふふ、ありがとう、アンヌ。でも、問題ありませんわ。むしろ、体を動かすと、頭もスッキリしますし、ちょっと気持ちいいぐらいですの」
というわけで、ミーア個人については絶好調と言っても良い状態だったのだが、荒嵐のほうは相変わらず、と言ったところだった。
一応は、機嫌が良い時はミーアの指示通りに走ってくれるし、鼻歌混じりに素晴らしいジャンプまで披露してくれるが、気分が乗らないと、ぶひひん、っと鼻で笑って、まぁーったく! ミーアの言うことを聞かなかった。
「実に生意気なやつですわ……」
うぐぬぬ、っと歯ぎしりするミーアであるが、それでも、荒嵐のほうは当日の機嫌次第という感じには仕上がってきた……と言える……のかもしれない。甘めに見れば……。
それよりも、課題はやはりタイミングのことだった。
「これは、徹底的に歌に合わせて、リズムを作るしかありませんわね。今日からは、楽団と子どもたちが合流してくれますし……」
そうして荒嵐を軽く走らせて、準備運動をしていると、ヤナを筆頭にした特別初等部の子どもたちがやってきた。そのそばに、伴奏のための楽団の者たちもやってくる。
「おっ、来ましたわね……」
ミーアは荒嵐の首筋を撫で、
「さー、こうらーん、ちょーっとあの子どもたちのところに行って……ひゃっ!」
ミーアの指示を待たずして、荒嵐が走り出す。
どうやら、練馬場には珍しい光景に興味を惹かれたらしい。
ものすごい速度で走ってくる荒嵐を見て、子どもたちは一瞬、怯んだ様子だったが、みなの目前で、荒嵐が急ブレーキ。
危うく、ぽぽーんっ! と吹き飛ばされそうになるミーアだったが……まぁ、無事だったので、問題ないだろう。
「みんな、今日は感謝いたしますわ。楽団の方たちも突然、お願いしてしまい、申し訳ございませんでしたわ」
馬から下りて、深々と頭を下げれば、楽団長の男が慌てた様子で手を振った。
「いえ、そのような。お礼をいただくまでもございません。むしろ、パライナ祭で出番があるとは光栄ですし。精一杯、演奏させていただきます」
グッと拳を握りしめて、気合の入ったことを言ってくれた。
「ヤナも、今日はよろしくお願いいたしますわね」
次にミーアは特別初等部のほうへ。先頭に立っていたリーダーのヤナに声をかける。
歌自体は、すでに聞かせてもらっている。曲数は五曲。いずれも、子どもたちの母国の民謡だった。
元気の良いものから穏やかなものまで。順番や編曲などは、楽団のリーダーが大まかに作ってくれ、そこにミーアたちがダンスの動きを組み合わせていく感じだ。
小驪とも打ち合わせは終わっているが、とりあえず、この場所で、音がどの程度聞こえるのか、聞きながら合わせることは可能か、やってみないことには、なんとも言えないところである。
「では、小驪さんのほうも準備はよろしいかしら?」
「準備万端、ですの。いつでもいけるですの」
ちなみに、小驪が乗っているのは、合流した落露だった。
問題の荒嵐と落露の関係だが、速駆け競争をしていないからか、今のところ悪くない。別に良いわけでもないが、夕兎のようにちょっかいをかけてこないので、特に喧嘩になるようなことはなかった。
一緒にホースダンスをすることを考えると、なによりである。
「ふむ……。では、スタートはこの楽団のそばからということで……」
大体の位置についたところで、振り返る。
楽団のメンバーが、そして特別初等部の子どもたちが頷いたところで、静かに歌が始まった。
馬が驚かないよう、最初は子どもたちの歌から入る。
ヤナの伸びやかな声が、心地よく響いた、その瞬間、ミーアが荒嵐に合図を送る。
っと、荒嵐はすーっと滑らかに走り出した。
意外なほどゆっくりと、スムーズな走り出し……。ミーアは、そっと眉をひそめる。
――妙ですわね……。荒嵐、こんなにも素直に……それに、なんだか、走りがいつもみたいにひねくれてませんわ。良いリズムで……リズム?
不意に、ミーアは気が付いた。
――もしや、荒嵐……音楽とか、結構好きなんじゃ……?
前を向いた荒嵐の表情はうかがえない。けれど、走りから感じるのは、荒嵐が上機嫌に、気持ちよく走っているということ。
――音楽は国に左右されない共通言語。それはなにも人間だけのことではなかったということかしら……?
言葉でダンスを啓蒙することはできなかった。
しかし、楽しい音楽を感じることで、荒嵐にダンスの楽しさが伝わったのかもしれない、っと、ミーアは思った。
そうなのだ、天馬姫はついに、音楽を通して馬と心を一つにすることに成功したのだ。
――これは、いけますわ!
直後、ご機嫌に、びょーんっと跳んだ荒嵐に、危うく落とされそうになりつつも、ミーアは自信を深めるのであった。




