第百八十五話 パティの懸念
「トロフィー……」
ミーアから話を聞いたパティは、そっと眉をひそめる。
「あら、パティ……どうかしましたの?」
いつでも沈着冷静な幼き祖母が顔を曇らせている。その事実を前に、ミーアはちょっぴり不安を覚えた。やおら姿勢を正し、パティのほうを窺う。
パティは眉間に皺を寄せたまま、しばし黙り込んだ後、心配そうな目を向けてきて……。
「特別初等部の子どもたちは……その制作に関われないのではないでしょうか?」
ぽつり、とつぶやくように言った。
「ああ、なるほど。確かにセントノエルにいたら、関われないかもしれませんわ」
当然、トロフィーを作るのはミーア学園で、ということになるだろう。セントノエルからは手伝いようがないわけで……。
不意に、あの金の木像を嬉しそうに差し出してきた子どもたちの顔を思い出す。
あれはあれで、十分にトンデモネェ仕事をしてきたと思うが……、セントノエルにいる間に関われないことを、残念に思うかもしれない。
「……それに、今後のことを考えるなら、特別初等部の生徒自身が顔を出す機会を作ってあげたほうが良いのではないかと考えます」
「ふむ……」
パティの言葉の正しさを認め、ミーアは深々と頷く。
各国の貴族たちに、有望な人材であることをアピールするため、成果物だけではなく、彼ら自身の存在を印象付けるような出番を……、という発想は極めて理に適っている。
特別初等部のような機関を各国に作り、孤児院の子どもたちに学びの場所を作る。そのために、各国の上層部に、子どもたちの人材としての有用性を訴える、というのも、パライナ祭を開く目的の一つだ。
――あるいは……もしかしたら、パティは、いずれこの時代から去ることが決まっているがゆえに、仲間たちにできるだけのものを残したいと考えているのかもしれませんわね。
聡明な幼き祖母を横目に、そんなことを考えるミーアである。
「わかりましたわ。何かしら、特別初等部の子たちにお願いできそうな仕事を考えましょうか」
などと言いつつ、またまた考えるべきことが増えてしまい、ミーアは、唸り声をあげる。
――うーむむ、当然、危ないことには巻き込めませんわね。子どもたちですから、新しいキノコ料理を作るようにお願いするとか、そういったことは難しいはずですわ。となると何をお願いするべきか……。
実際のところ、キースウッドなどに言わせれば、素直に言うことを聞いてくれる分、どこぞのお姫さまたちよりも、よっぽど子どもたちのほうが安全なわけだが、それはさておき。
ミーアは浴槽のふちに頭を預けて、ぽけーっと天井を眺める。
「ううぬ……もろもろの課題を一発で解決する天啓が降ってこないものかしら……」
当然、そんなものは降ってはこない。降ってくるのは、天井についた水滴のみ。
ぽた、ぽた、と……落ちる水滴の数を数えること、一つ、二つ、三つ……百……。
良いアイデアは、一向に、降ってこなかった!
っと、その時だ。ミーアの耳に、変わった曲調の歌が聞こえてきた。
ぬぅっと視線を転じると、浴槽のふちにパティとヤナが座っていた。歌っているのはヤナのほうで、その歌に合わせて、パティが目を閉じ、こくこく、と首を上下させながら、ハミングしている。
どうやら、ヤナから歌を教わっているようだ。
――なんだか変わった感じの曲ですわね。なんとも穏やかで落ち着く曲ですわ。ヴァイサリアン族の歌なのかしら……。
耳馴染みのない曲だった。
思わず、じーっと見つめていると、ミーアの視線に気付いたのか、パティがハッとした顔をして、それから、ちょっぴり恥ずかしそうに……。
「……あ……えっ、と、せっかくなので、この前からヤナに、ヴァイサリアン族の歌を、教わっています」
なにやら、言い訳のように、もにゅもにゅ言った。
「ふふふ、良いですわね。そういう機会もなかなかないでしょうし……」
ミーアとて、ヤナたちと面識を持つまでは、ヴァイサリアン族の歌など聞いたことがなかった。
それに、あのパティが友だちから歌を教わっている……そのことに、ちょっとした感慨すらも抱いてしまって……思わず嬉しくなるミーアである。
「それにしても、ヤナは歌が上手いですわね」
先ほどから聞いていたが、ヤナはなかなかの歌い手のようだった。音の運びが少し難しい感じの歌に聞こえたが、はっきりと一定のリズムを刻み、音程も安定している。声の伸びも、実に見事だった。
「かっ、からかわないでください」
ミーアの称賛を受けて、ヤナがパタパタと手を振った。その頬が、恐らくは、お湯の熱さ以外の理由で赤く染まる。あー、などと言いつつ、バシャバシャとお湯を顔にかけているヤナを微笑ましく思いつつも、ミーアは小驪のほうに目を向けた。
「歌と言えば、騎馬王国も歌で歴史を伝える、みたいな話がございましたわね」
「はい。特に林族の族長さまなんかは、優れた歌い手として知られている、ですの」
「そうでしたわね。うふふ、懐かしいですわ」
いつも飄々としている馬龍が、気持ちよさげに歌う父親を前に、珍しく、バツの悪そうな顔をしているのが、とても印象的だった。
「あの歌も趣深い歌でしたけど……。お国柄というのがございますわね……歌には……」
っと、穏やかに微笑んでいたミーアであるが、ふと、その顔に真剣な表情が浮かんで。
「はて……歌……歌? ダンス……曲……あっ」
ミーアの脳内に、鋭い稲妻が走り抜けた!
「そうですわ! ホースダンスの際に歌を流せば……歌に合わせればタイミングを合わせやすくなるかもしれませんわ。その場で、特別初等部の子どもたちに、母国の歌とかを歌ってもらうことで、その国の貴族たちへのアピールにもなるはず……」
それから、ミーアはざんぶ、ざんぶっとお湯をかき分け、ヤナの前までやってきた。
戸惑うヤナに、堂々たる口調で、ミーアは告げる。
「ヤナ、特別初等部の子どもたちを率いて、パライナ祭で歌っていただけないかしら……?」
「…………はぇ?」
突如、飛んできたミーアからのお願いに、きょとん、っと目を瞬くヤナであった。




