第百八十四話 天馬姫ミーア、うっかり世界観から解き放たれかける
「ふふぃー!」
セントノエル学園、大浴場にて、お湯に浸かり、なんとなく馬っぽい声を上げる天馬姫ミーアである。
荒嵐と会話をしようとするあまり、若干、言語野が馬になりかけている……のかもしれない。
「あー、やっぱり、セントノエルのお風呂は気持ちいですわね、アンヌ」
「はい、ミーアさま……うん、今日はたっぷり運動したから、良い感じですね」
ミーアの隣、アンヌが真面目な顔で頷く。グッと拳を握りしめ、なにやら、手応えを感じている様子で……。
「パライナ祭に向けて、頑張りましょうね、ミーアさま!」
気合の入った声で言うアンヌであった。
「そうですわねぇ……。頑張らねばなりませんけど……ううむ……どうしたものかしらー」
お湯で温まった頭で、ポヤァッと考える。
その時だった。ガラガラっとドアが開く音が聞こえ、誰かが入ってきたのがわかった。
うんっ? っとそちらを見れば、恐る恐るといった感じで入ってきた、黒髪の少女が一人……。
それは、セントノエルのゲストとして滞在している小驪だった。
「あら? 小驪さん、こっち、こっちですわ」
「あ! ミーアさま……」
小驪は、ミーアを見つけると、パァッと顔を明るくした。それからいそいそと体を洗い、長い髪を丁寧に洗い、頭の上でまとめてから、湯船に近づいてきた。
そのまま、お湯につま先を付けて、
「あっつ!」
ビックリした様子で足を引っ込める。
それから、信じられないという顔をミーアのほうに向けるが……。うーん? っと首を傾げるミーアに気にする様子はない。
帝都っ子のミーアは熱いお湯が好みなのだ。あっつぅいお湯に浸かって、おーうふ、っと、ちょっぴりアレな低い声を出すのが、大変、気持ちいいのだ。
小驪は信じられないという顔でミーアを見つめてから、もう一度、湯面を見つめてから、意を決した様子で身を沈めた。
しばし、体を固めていたが、やがて、力を抜き、ふーっと息を吐く。それを確認したところで、
「ところで、ホースダンスですけど、小驪さんに目立っていただこうと思っておりますの。いかがかしら?」
ミーアはおもむろに話し出した。
「と言いますと、ですの?」
きょとん、と小首を傾げる小驪に、ミーアは目を閉じたまま、重々しい口調で言う。
「ヒルデブラントさんにアピールしなければならないでしょう? ですから、派手な動きは小驪さんにお任せして、わたくしはできる限り目立たないようにしようかと……」
きちんと、小驪に見せ場と責任をセットでパスするミーアである。
……いや、別に、楽しようというわけではない。
荒嵐に言うこと聞かせるの大変だし疲れそう……じゃなくって! 実質的に無理そうだから、小驪にお願いしておくほうが無難そうだなぁ、という極めて合理的な判断である。
これは言い訳ではない……。あくまでも、クソメガネ仕込みの合理的な判断ゆえの帰結である。決して、言い訳ではない!
「でも、騎馬王国の族長たちは、ミーア姫殿下の乗馬に期待している、ですの。それで大丈夫ですの?」
「ふふふ、見映えをよくするためには、なにも、乗馬の腕前を誇るような、無理に派手なことをする必要なんかないのですわ。ホースダンスは、乗馬技術を競い合うものではない。あくまでも、美しく魅せるためのものですもの」
難易度の高いことをするのは、確かに、わかりやすく相手の目を惹く見せ場ではあるだろうが、ダンスの場合はそれ以上に、総合的な美しさが重要となってくる。
基礎的な動きの完成度を上げることで、相手を魅了することだって、十分にできるのだ。
ダンスの達人、ミーアは知っているのだ!
「息を合わせて、共に馬を動かす。同時に止まり、同時に動き出す。それが、完璧に揃っていれば、十分に美しいですわ。というか、むしろホースダンスデュオにおいては、それこそが肝要だと思いますわ」
自信満々に言うミーアに、
「なるほど、ですの。私はダンスにはあまり詳しくないですけど、そういうものですの」
小驪は、ふと思いついた様子で、
「それなら、より人数を増やしたら、もっとすごいものになりそうですの」
「ふふふ、確かにそうですわね。息を合わすのが大変そうですけど、ホースダンス・団体というのも、なかなか迫力がありそうですわ」
もっとも、それはそれで、息を合わすのが、ものすごーく大変そうではあるが……。
――その場合、どうやってタイミングを合わせるのがよろしいかしら……?
そんな感じで頭を悩ますミーア。気分はすっかり敏腕プロデューサーである。
将来的に、世界観の縛りからすら解き放たれて、騎馬王国のご当地聖女ユニットUMA13の総合プロデューサーに就任してしまいそうなミーアなのであった。
ううむ、っと腕組みしつつ、唸っていると……再び、がらがらとドアが開く音が聞こえる。
視線を向ければ……。
「あっ、ミーアさま……」
ヤナとパティが連れ立って入ってくるところだった。
「あら、二人とも、今からお風呂なのですわね」
「……はい。金の木像を磨くのがようやく一段落したので」
コクリ、と頷くパティ。どうやら、まだあの教室に並べてあったのは完成品ではなかったらしい。いや、もしくは、あれがすべてではなく、まだ磨いていない金の木像がたくさん秘蔵してあったと考えるべきか……?
あれが、よりつるつる、すべすべに光り輝くのと、より数を増して凄みを増すのとどちらがマシなのか……真剣に悩みつつも、ミーアは無理やりに笑みを浮かべる。
「そう、それはお疲れさまでしたわね……。あ、そう言えば、すでに聖ミーア学園には手紙を送ったのですけど……」
せっかくだし、大ミーアピックとトロフィーのことを教えておこうと思ったミーアであったが……話を聞いたパティは、なぜだか、眉間に皺を寄せて難しい顔をするのだった。




