第百八十三話 天馬姫、啓蒙す
さて……聖ミーア学園に早馬を送り、後顧の憂いを断ってから、ミーアは本格的にホースダンス・デュオに取り組み始めた。
幸い、すでに東風とホースダンスを経験済みのミーアである。基礎的な乗馬自体は問題ない。
「ほーら、荒嵐、言うとおりにしたら、絶品、ニンジンを差し上げますわよー? 花陽や銀月、もう一匹の子にも特別に差し上げますわよ? ほらほらー。可愛いですわねー」
ぶるるーふ! っと馬撫で声……否、馬声で語りかけてくるミーアを見て、荒嵐は……なにやら、ものすごーく気味の悪そうな顔をしていたが……それでも一応は、どこに向かうかぐらいは聞いてくれるようになった。
……三回に一回ぐらいは、だが……。
――ううむ、ポイントは、いかにして荒嵐にやる気を出させるか、ですわね……。
当初、そのように考えていたミーアであったが……小驪と合わせてみて思わぬ難しさにぶち当たっていた!
――これ、荒嵐がイマイチ言うこと聞かないのはまだしも、小驪さんと息を合わすのが意外と難しいですわ!
そう、なにを隠そうミーアはダンスの達人である。ダンスだけは、紛れもない達人なのである。
だからこそ、その問題にいち早く気付いてしまった。
仮に、なんとか荒嵐にやる気を出してもらい、完璧に指示通りに動いてもらったとして……、小驪と合わせられないのであれば、デュオにする意味がない。
――そのようなホースダンス・デュオでは格好がつきませんし、騎馬王国の方々に満足してもらえるようなものにはなりませんわ。ヒルデブラントさんの心を掴むことも難しいのではないかしら……? というか、逆に考えるのでしたら……。
ミーアはさらに考えを進める。
――これ……たぶん、タイミングさえバッチリ合えば、あんまり難しい動きとかしなくっても、見映えがする気がしますわ。
それは、デュオだからこそ出てきた発想。
ミーアと荒嵐だけでは成立しない。一頭の馬と乗り手の技術を見せるのではなく、二頭の馬と乗り手の動きの一致で魅せるという発想!
ホースダンス・デュオの神髄にいち早く迫るミーアである。
いやもう本当に、ダンスについてだけは、紛れもなく達人なのである!
上手く踊ることなどお手のもの。ミーアほどの者になれば、ダンスをしながら相手の練習に付き合ったり、それどころか、手を抜きながらも見映えがするダンスの仕方なども心得ているわけで……。できるだけ楽をして、ダンス会場の華になることなど、朝飯前なわけで……。
――これは、上手くすると、わたくしのほうは、走る、止まるだけでも見映えよくできるかもしれませんわね。一回ぐらいはジャンプするにしても、難しい動きは全部小驪さんにやってもらうのが良いですわ。
ダンスの達人であると同時に、手数の少ない状態での戦い方に関しても熟知しているミーアである。クソメガネ・ルードヴィッヒのもとで、そのやり口を散々見てきたのである。
恐らく、荒嵐のやる気を上手いこと引き出したとして、させられる動きは、そこまで多くはない、とミーアは考える。であれば、大技勝負ではなく、小技を小驪と揃えることで、大技のような見映えを演出することが最善。
「ふむ……。とすると、課題は二つ。荒嵐にやる気を出させることと、小驪さんとタイミングを合わせることですわね」
パライナ祭開催までの間、小驪にはセントノエルに留まってもらい、一緒に合わせの練習をすることになっているが……。
「ともあれ、まずは、荒嵐のやる気を出させるのが先決かしら……。ふぅむ……」
腕組みしつつ、考え込んでから……ミーアはカッと目を見開き……!
「ここは荒嵐にダンスの啓蒙をする必要がございますわね!」
天馬姫ミーアは、正々堂々、正面突破! 荒嵐に語りかけることで問題の解決を図ることにしたのだっ!
アンヌを伴い、意気揚々と厩舎にやってきたミーア。荒嵐の前までやってくると、腕組みしつつ、ニヤリと笑みを浮かべて……。
「ふっふっふ、荒嵐、あなたは良い馬ですわ」
流れるようにヨイショをする。荒嵐の耳がぴくっと動いた。
「大陸広しと言えど、あなたほどの駿馬はなかなかにおりませんわ。騎馬王国にだっているかどうか……」
関心なさげにそっぽを向いている荒嵐だったが、耳だけはしっかりこちらを向いている。
それを確認しながらも、ミーアは小さく首を振る。
「けれど……まだまだ。未熟と言わざるを得ませんわね」
ふーう、っとため息を吐くミーア。
ウーフ、っと鼻を鳴らし、ジロリと見つめてくる荒嵐。
「物事の理非を、速さでしかとらえられていない。速ければ良い、遅ければ悪い……そのような狭い視野では、未熟者とのそしりを、残念ながら免れることはできませんわ。あなたも二児の父となるのですし、これからはもっと広い視野を持つべきですわ。速いだけでなく、美しいという価値にも目を向……あら?」
ミーアは見た。
荒嵐の鼻がムグムグッと動きくのをっ! 直後っ!
ぶぇえええくしょん!
びょうっと、嵐の暴風のようなくしゃみを受けて、ミーアは……小さく肩をすくめて……。
「……まぁ、やっぱり、そうですわよねぇ」
びっしょり、イロイロなモノに塗れたミーアは諦め顔をする。
馬と言葉を交わすと言われる天馬姫であったとしても、さすがに馬を啓蒙することは、ちょーっぴり難しいようだった。
「馬の耳に聖句とも言いますし……。語りかけてわからせるのは、なかなかに難しそうですわね」
首を振りつつ、ミーアはアンヌからタオルを受け取って……。
「ありがとう、アンヌ。とりあえず、お風呂に行きますわよ」
脳みその回転を速めるべく、大浴場を目指すのであった。




