第百八十話 小驪、騎馬王国民の血が騒いでしまう
「ミーア姫殿下、その馬、是非、乗せていただきたいですの」
小驪は、顔を拭き拭き綺麗にしてから、改めてミーアに頭を下げた。
「まぁ、荒嵐に乗りたいんですの?」
からかいがてら、くしゃみを吹っ掛けてくるような生意気な馬に乗りたいだなんて、なんと物好きな……っと驚くミーアであるが……。小驪はいたって真面目な口調で言った。
「一緒にホースダンスをする馬の実力を、自分で体感しておきたいんですの。それに……」
っと、静かに、荒嵐のほうに視線をやって……。
「ミーア姫殿下が信じている馬に、ぜひ乗ってみたいんですの」
「ああ、それはもちろん構わないでしょうけど……」
どうやら、騎馬王国の熱き魂を刺激されたらしい小驪を見て、それから、荒嵐のほうに、確認するように目を向ければ……。
『まぁ、ちょっと走り足りないと思ってたところだし? 別に構わねぇがな、がはは!』
とばかりに、ぶーふっ! っと鼻を鳴らす荒嵐がいた。こちらもやる気十分だった。少しばかり心配になって……。
「ええと、乗るのは別に問題ないと思いますけど……荒嵐は、暴れん坊ですから、くれぐれも気を付けて乗ってくださいましね」
そう注意すると、小驪は、こっくり、緊張の面持ちで頷き、
「わかってる、ですの。もう油断しない、ですの」
まるで、にっくき敵を前にしたような戦意を漲らせながら、小驪は鐙に足をかけた。
そして……小驪は風になった!
「じゃあ、荒嵐、よろしくお願いするですのぉおおおお!?」
駆け出しから数歩でトップスピードに乗る荒嵐。その急加速になんとか耐えて、懸命に体幹を支えて、前傾姿勢を維持しようとする小驪。その目が、前方の地形の変化を捉える。
大きな土の盛り上がり、表面も全体的に荒れている。
――こっ、このままの速度で突っ込んだら、ちょっと危ないですの!
咄嗟に、足を緩めるように指示を出そうとするも、時すでに遅く! 荒嵐は勢いそのまま登り切り、あろうことか、そこでさらに速度を上げた! 下りに合わせての加速。小驪は危うくバランスを崩しそうになる。
そうなのだ、テールトルテュエ種ほどではないにしろ、月兎馬とて、戦場を駆ける馬である。多少の地面が荒れていたとしても、そうそうつまずくようなことはない。
まして荒嵐は、月兎馬の中でも非常に頑健な馬である。ミーアが、革命軍の手から逃れるのにちょうど良い馬だと評したほどなのだ。かの狼使いからミーアとベルを守り切った馬なのである。
相応の力強さとタフさを持った馬なわけで、多少の地面の荒れや、上り下りなどなんの問題にはならない。
「くっ、こっ、この、言うことを聞け、ですの! やっ、そっ、そっちじゃないですの! は、はやっ! そこで加速するんですのっ!? これは、予想外の……お、おお、こっ、このぉっ!」
などと、キャッキャウフフと笑いつつ、荒嵐との乗馬を心行くまで楽しむ小驪であった。
「すっ……すごい馬だった……ですの」
戻ってきた小驪は、なんか……こう、キラキラしていた!
どうやら、荒嵐という好敵手を乗りこなすのが、すごく楽しかったらしい。
「ふー、今までにない乗馬体験だったですの」
額の汗を拭いながら、深々と息を吐く。
どうやら、騎馬王国の姫たる小驪であっても、今の乗馬には相当な体力を使ったらしい。
「この馬に言うことを聞かせるのは、騎馬王国の者たちでも大変だと思いますの」
などと感想をこぼす小驪。
――騎馬王国の方でも大変……と。そこまでですのね……。
それを聞いて、ミーア、ちょっぴり焦る。
荒嵐に乗るというのは、やはり、少しばかり早まったかもしれない。
――ううむ……荒嵐にも日頃の感謝も込めて、栄誉ある出番をと思いましたけど……。今からでも花陽か銀月……もしくは、レッドムーン家にお願いして夕兎あたりを借りたほうが無難かしら……? 恐らく、小驪さんと出るならば、月兎馬で揃えたほうが良いでしょうから、東風は使えないかもしれませんけど……。ううむ……。
っと、考えているところで……。
「ふふふ、それにしても、これだけ難しい馬と共に大舞台に臨むとは、さすがは天馬姫ですの! 私も、一緒に出られることを誇りに思うですの! 一緒に頑張りましょう、ですの、荒嵐!」
キラッキラしつつ、荒嵐に語りかける小驪。荒嵐のほうも、ぶーふっと鼻を鳴らして答える。
どうやら、共に駆けることで心が通じ合っちゃったらしい!
これだから騎馬王国の連中はっ! っと思いつつも、ミーアは悟る。
――ああ……ダメですわ。荒嵐以外の選択肢は、もうなさそうですわね。ま、まぁ……ちょうど運動不足もございましたし、ここは練習に励んで、もろもろの問題を解決してしまいましょうか。
そもそも、ミーアの乗馬は逃亡の乗馬。どんな状況、どんな馬であっても乗りこなし、逃げなければならない時というのが、人生にはあるのだ。
であれば、暴れ馬だから乗りこなせないなどと言い訳している場合ではないし……ましてその相手は知らぬ仲ではない荒嵐なのである。
「小驪さんのためにも、ここは頑張ることにいたしましょうか」
そう気合を入れ直すミーアであった。




