第百七十八話 ウマ……ノリ……
さて、うっかりノリで小驪に『ホースダンス・デュオ!』のお誘いをしてしまった手前、ミーアは後に引けなくなってしまった。
よくよく考えれば、パライナ祭後には世界会議が待っている。そちらへの影響を考えなければならないのではないか、と気付いてしまったのである。
――かんっぜんに忘れておりましたけど、ホースダンスをやった後の世界会議で、なにかの演説をしなければならないんでしたわ……。
ミーアの中で騎馬王国の人々は、なんというか……こう、ノリが良い人々である。ノリで生きている人々なのである。
まぁ、馬にノリながら生きている人たちだし――などというしょーもないダジャレはさておき……さておき!
ともかく、彼らはノリの人たちなのである。
かつて決別した、失われた火の一族を、馬合わせの勝負結果で受け入れるような人たちなのだから、間違いないだろう。
そんなノリの良い人たちの前で、仮にホースダンスを失敗したらどうなるだろうか?
きっとテンションがすごーく下がることだろう。
そんなどんよりしたテンションを引きずったまま、世界会議に突入し……きっと会議の雰囲気がすごく重くなるだろう。
――そんな場所で、ホースダンスを失敗したわたくしが演説しなければならないというのは……なかなかの苦行ですわ。
大舞台で失敗し、馬に恥をかかせた姫の話など、騎馬王国の誰も聞いてはくれないだろう。
逆に言えば、ホースダンスが大成功して、テンションが上がりに上がりまくった騎馬王国の連中だったらどうか? ミーアが多少、演説でミスっても流してもらえるのではないか? 否、むしろ、どんなヘンテコなことを言ったとしても、勢いで盛り上げてもらえるのではないか?
なぜなら、彼らはノリの人たちだから。
さらには、馬ノリの人たちでもあるから。
ホースダンス>演説であることは、想像に難くないわけで……。
「世界会議の成功にも多少は関わってきそうですし……。ヒルデブラントさんのことも気にはなりますし……。なにより、相談を受けた以上、小驪さんの幸せな未来のことも考えてあげる必要がございますわ」
そんなこんなで、とりあえず、ミーアは厩舎を訪れた。
相棒の様子を見るため、である。
「荒嵐、いるかしら?」
小驪と一緒に練習する前に、とりあえず、荒嵐のご機嫌うかがいをする。順番を決して間違えない、馬ファーストな天馬姫ミーアである。
さて、厩舎に入って早々に、人懐こそうな馬が鼻を寄せてきた。
「あら……あなたは……銀月。久しぶりですわね」
荒嵐と花陽の子、ミーアが名付け親でもあった仔馬は、すっかり美しく成長していた。若々しい体躯は、しなやかな筋肉で覆われ、シュッとしてスマートだった。
「これはすごくモテそうですわね。とても美しい馬になりましたわ。このたくましい足といい……ふふふ、お母さまの花陽は心配なのではないかしら?」
っと、銀月の首筋に手を伸ばそうとしたところで……気付いた。
「うん? 銀月の隣にもう一頭おりますわね」
きょとん、と小首を傾げるミーアに、厩舎の担当職員が言った。
「実は、荒嵐の二匹目の子なんです。まだ名前はないのですが……」
「ほほう。新たな子が……」
まだ、仔馬と言っても差し支えのない、ちびっこい馬が、ミーアのほうにチロリ、と目を向けてきた。それから、突如、可愛らしい鼻をムグムグさせて――っ!
ミーア、しゅしゅっと軽快に身を引く!
直後、くちゅん、っとくしゃみを見せる仔馬に、ミーア、思わず眉をひそめて……。
「ふぅむ……この子、間違いなく荒嵐の子ですわね……。そっくりですわ、ふふふ、憎らしげな目つきとかも……」
それから、母馬である花陽のほうに目を向けると、なにやら、困り顔をしている……ように見えた。
――花陽のお行儀の良さは、引き継がなかったようですわね。ふふふ、本当に、荒嵐そっくりの馬ですわ。
愉快そうに笑ってから、改めて厩舎の奥に目をやる。
そこに、堂々と佇んでいたのは、今や二頭の父となった荒れ馬、荒嵐だった。
「荒嵐、神聖図書館ではお世話になりましたわね。また乗りに来ましたわよ?」
声をかけると、荒嵐はチラリと横目に見た後、ぶーふっとため息を吐いた。
やれやれ、面倒な……とでも言いたげな顔をする荒嵐に、ミーアは苦笑いを浮かべる。
「相変わらずですわね、荒嵐」
今さらこの程度で気を悪くしたりはしない。むしろ、可愛いものだと微笑んで、ミーアは続ける。
「良い話を持ってきましたのよ? あなたの名誉になるようなお話ですわ。あなたには何度も助けられましたし、そのお礼ということで……」
ちろり、と再び目を向けてから、荒嵐は、ぶーふっと鼻を鳴らした。
『そんなものより、なにか、美味い食いものでも持ってこい!』的なメッセージを読み取り、ミーアはニッコリ笑みを浮かべる。
「無論、あなたの功績に対しては、それ相応の美味しい物を用意するつもりですけど……どうかしら? せっかく、新しい子どもも生まれたようですし、家族に格好いい姿を見せるというのは……」
そう話しかけるミーアに、
『やれやれ、またこいつ、面倒そうなことを言い出したぞぅ』
などと、いぶかしげな目を向ける荒嵐であった。
そして、何気に荒嵐と会話らしいものを成立させているミーアであった。名実ともに天馬姫になってきているっ! のかもしれないが……もともと考えるとミーアもノリの良い人ではあるので、割と天馬(乗り)姫適性もあったのかもしれなかった。
……まぁ、どうでもいいが。




