第百七十三話 訪問客
サンクランドでのゴタゴタを解決し、ミーアはオリエンス領を後にした。
クラリッサはもうしばらく、ロタリアやナホルシアなどと女学校構想を詰めたいとのことで、ここでお別れし。アベルやシオン、ティオーナなどいつものメンバーと共にセントノエルに帰還を果たしたのだ。
なにしろ、こう見えてミーアは忙しいのだ。実は……こう見えても!
キノコ狩りや乗馬デートをエンジョイしたり、アップルパイを心行くまで満喫するなどと言う無駄な時間に興じている暇はないのだ。
ミーアは、忙しいのだ! ……ほっ、本当なのだ!
ということで、セントノエルに戻って早々にミーアを待ち構えていたのは、特別初等部の子どもたちだった。
冬の間、各自の故郷には帰らず、聖ミーア学園でパライナ祭の準備に明け暮れていた子どもたち。聖ミーア学園の様子が、少々気になるミーアとしては、すぐにでも話が聞きたいところであったが……。
――まぁ、とはいえ、しっかり者のパティがついていたのですから、滅多なことにはならないはず。とりあえず、まずは、旅の汗を流しましょうか。
自らの祖母に対し、篤き信頼を置くミーアである。過信でなければ良いのだが……。
そんなわけで、馬車旅で、若干しんなりしていたミーアであったが、お風呂のお湯で戻されて、しゃっきり、パリッとして部屋に戻ってきた。
すっきりした顔をするミーアを見て、アンヌが、うんうん、っと満足げに頷いていた。それから、服の寸法を確認して、うん……う、うー、ん? という顔をしていたが、特に気付いていないミーアであった。
さて、そのまま久しぶりにベッドの上にポーンッとダイブ、それから、今後の予定を確認する。
「とりあえず、特別初等部の子どもたちを労って、お話を聞くべきですわね。聖ミーア学園の動向には常に目を光らせておく必要がございますわ。大丈夫だとは思いますけど……」
否、それは心の平静を保つために、そう思い込もうとしているだけかもしれない。ミーアは自分に対して、常に、疑いのまなざしを向けるのを忘れない。
「やはり、きちんと確認しておく必要がありますわ。それとレアさんですわね。ヴェールガ国内の準備についてもお聞きしておかないと……」
パライナ祭は中央正教会の祭りである。開催場所は、ヴェールガ国内の、セントノエルにほど近い土地。契約の高原と呼ばれる場所だ。
かつて、そこでヴェールガ公国の始祖が、神より、契約の石碑を示されたという伝承が残された場所である。
「初開催というわけではありませんし、基本は前例踏襲で良いかと思いますけど……。それでも、各国の展示場所の調整や警備のことなんかもありますし、考えることは山積みのはず……。リオネルさんやお父さまのルシーナ司教のサポートはあるにしても、あまり負担はかけられませんわ」
なにしろ、レアは、司教帝になった実績がある。下手に挫折させてしまうとヤバイ。挫折するにしても、立ち直って、より成長できるように手立てを講じる必要があるのだ。
……風呂上りは知能が1.15倍ぐらいになる帝国の叡智なのである。
回転数を増した脳みその赴くまま、これからすべきことを黙想することしばし……コンコンっと控えめなノックの音が響いた。
応対のために、アンヌがドアのほうに急ぐ。っと、すぐに戻ってきて、
「お休みのところ申し訳ありません。ミーアさま」
どうやら、目を閉じたまま考えごとをしていたせいで、昼寝をしていると勘違いされてしまったらしい。
すぅっと目を開けたミーアはのっそりと上半身を起こし……。
「ふわぁむ……いえ、別に問題ございませんわ。別に寝ておりませんし……」
あくびをしつつ、そんなことを言う。説得力は……ない。
けれど、アンヌは特に指摘することなく言葉を続ける。
「ヒルデブラント・コティヤールさまが、面会にいらしたとのことです」
「あら、ヒルデブラントさんが……? はて……。わざわざセントノエルまでいらっしゃいましたの?」
確かあの人、馬になりたいとか言って、騎馬王国に行ったんじゃなかったかしら……? なんて首を傾げる。
ミーアの中で、若干、いくつかの記憶の混濁が見られたが……、まぁ、大まかには間違っていないので問題ないだろう。
「面会室でお待ちとのことですが、いかがなさいますか?」
「ふぅむ、そうですわね……」
ミーア、刹那の判断。
「直接、セントノエルに来たということは、なにか事情があるのでしょう。話をお聞きしておいたほうが良さそうですわね」
面倒事は早めに把握し、大事になる前に対処する。それこそが楽をする方法なのだ。
ぐっぐっと体を伸ばしつつ、ミーアは起き上がった。
さて、面会室にはヒルデブラントと、そして……。
「あら、あなたは、小驪さんではありませんの……?」
山族の姫、山小驪がちょこんと座っていた。
久しぶりに会う好敵手にミーアはニッコリ笑みを浮かべる。
「ご無沙汰しております、ですの。ミーア姫殿下」
「ええ。お元気そうで何よりですけど……ヒルデブラントさんと一緒にいらっしゃいましたの?」
ミーアは軽く首を傾げる。はて……この想定外の組み合わせが自分に会いに来た理由はなんだろう、と……。
そんなミーアにヒルデブラントは品の良い笑みを浮かべて言った。
「ミーア姫殿下、実は折り入ってお願いがございまして……」
面倒事の香りに……ちょっぴり嫌な予感を覚えるミーアであった。




