第百七十四話 新たなる挑戦
「それで、わたくしに相談事とはなにかしら?」
用意してもらった紅茶を一口。それで頭をシャキリさせつつ、ミーアはヒルデブラントのほうに目を向けた。
ヒルデブラントは、いつも通りの爽やかな笑みを浮かべて、
「実は、昨年から騎馬王国に留学させていただいているのですが……」
「そうでしたわね。小驪さんも一緒にいるということは、もしや、留学先は山族でしたの?」
世間話がてら尋ねると、ヒルデブラントは嬉しそうに頷いた。
「はい。そうなのです。山族の方たちは他の部族と違い、町に定住しているとのこと。それに、レムノ王国の王族とも付き合いがあるとのことで、貴族文化にも理解がある、とのことで、私もやりやすいのではないかとお気遣いいただきまして……」
「なるほど。確かに、騎馬王国の方たちは独特な生活をしておられますしね。帝国貴族がいきなり馴染むのは難しいかもしれませんわねぇ」
「私としては、定住する地もなく、着の身着のまま馬と共に草原を駆け巡るという生活にも憧れがあったのですが……」
「それは、さすがにやりすぎですの。他の部族も草原に幕屋を建てて、一定期間はその場所に定住はしているですの」
小驪がちょっぴり呆れた顔でツッコミを入れる。
「ははは、小驪嬢からそのように聞かされて驚いてしまいましたよ。我ながら、不明を恥じるばかりです」
特に気を悪くした様子もなく、ヒルデブラントが上機嫌に笑った。
相変わらずの好青年ぶりである。基本的には、誰か友人の結婚相手に推薦するには申し分のない男なのである。時々、真っ直ぐに進み過ぎてアレなことを言い出すのが玉に瑕ではあるが……。
――まぁ、慧馬さんの好みからは、残念ながら外れているみたいですけど、誰か良い方と巡り合えたらよいですわね。
ルヴィとの縁談を邪魔してしまったことで、少々の責任を覚えているミーアであった。
「それは楽しそうでなによりですけど……それで?」
「ええ。実は、その関係で、パライナ祭の、騎馬王国の出し物の準備をするよう仰せつかりまして……」
「まぁ! 帝国貴族のあなたが騎馬王国の?」
なぜ、そんなことに、と首を傾げるミーアにヒルデブラントは深々と頷いた。
「無論、私一人ではなく、正確には準備を担当する係の一人として抜擢された形なのですが……。レッドムーン公爵家で行った乗馬対決のことをお話ししたところ、似たようなことをやりたいというお声を受けまして……」
「ああ、あれ……。ふふふ、確かに、楽しかったですわね」
手に汗握る乗馬勝負。慧馬の愛馬である月兎馬、蛍雷とレッドムーン家の名馬、夕兎との対決など、実に見どころたっぷりの大会だった。
「聞くところによれば、ミーアさまは、オリエンス領でも乗馬対決をなさったとか……?」
小驪の問いかけに、ミーアは頷いてみせて、
「ああ、馬上弓術ですわね。なかなか良い勝負でしたわ」
ミーアの説明を受けて、ヒルデブラントはご機嫌に笑みを浮かべた。
「ほほう、それも良いですね。実に楽しそうだ。使えるかもしれませんね。パライナ祭ではいろいろな乗馬勝負を見せて、馬の素晴らしさが伝わるようにしたいと考えていまして……」
「なるほど……。楽しそうですけど、パライナ祭の出し物として、それで大丈夫なのかしら?」
各国の、さまざまな技術を披露しあい、人間全体の進歩を促す……。そんな大目標を据えているパライナ祭である。
ただ、乗馬技術を披露し合うというのはどうなのか? と思うミーアであったが……。
「戦の技術としてではなく、もっと別の……馬と共に生きる姿を見せられればと思ってます、ですの」
小驪が言う。その言葉を、しばし吟味して、それから、ミーアは頷いた。
「なるほど。乗馬の技術は、戦争の技術にあらず、と。本来、馬は騎兵の道具ではなく、共に生きる友である、と……そういうことですわね」
騎馬隊は戦争の主力だ。ティアムーンのテールトルテュエ種も、本質的に、戦場に適した形で育成されてきた馬である。けれど……殺し合うことしかできないわけではない。
ミーアとしては、自分を遠くへ逃がしてくれるだけの足の速ささえあればよいわけで、馬が戦場を駆ける必要を必ずしも感じない。できるだけ、馬を戦に使いたくない、という騎馬王国の考え方に反対する必要はまったくないのだ。むしろ……。
「馬と言えば、まず戦、などと物騒なことを考える貴族の視野を広げるためには良いかもしれませんわね。ふふふ、パライナ祭の出し物としても実に相応しい気がいたしますわ」
なにかあれば、戦で解決すれば良いなどと、短絡的に考えるから世界が殺伐としてきて、断頭台などという物騒なものを作ろうという気になるのだ。
世界はもっとのんびりと、みんなでベッドでゴロゴロするようなものであって良いはずだ、と主張したいミーアである。
馬を見て、すぐに戦を連想するような世界はアブナイと思うミーアなのである。
「ありがとうございます。つきましては、お願いがあるのですが……」
ヒルデブラントは爽やかな笑みを浮かべたまま、
「実は、ミーア姫殿下のホースダンスのことを伝え聞いた騎馬王国の方たちが、ぜひとも自分たちも見てみたいと言っておられて……」
「ああ……あれ」
ミーア、再び、遠い目になる。
無茶振りでやらされることになったホースダンスだったが……。まぁ、あれと同じことをやるのであれば、それほど大変なことでもないだろう。
――東風は良い馬ですし、もう一度、あれをやるのは、まぁできなくも……。
っと、そこまで考えた時だった。不意に、脳裏に一頭の馬の姿が思い浮かんだ。
――パライナ祭の出し物に出るのは栄誉ですわ。であれば……次は荒嵐と一緒に出てやるのも良いかもしれませんわね。まぁ、別に東風と出たところで荒嵐がなにか思うということはないでしょうけど……。
そう考えかけて、ミーアは首を振る。
――いいえ、馬は頭がいい生き物ですわ。荒嵐ももしかしたら、そういうことがわかっているのかもしれませんわ。拗ねて、いざという時に力を発揮しないなどということになれば、一大事ですわ。それに、なんだかんだで荒嵐にはだいぶ助けられておりますし。
ミーアは忠勤にはきちんと報いを与える人として定評があるのだ。キースウッドの働きにだけ報いを与えているのではない。馬にだって、きちんと気を使えるのだ。
「ふむ……。せっかく、騎馬王国の方たちが見に来るのであれば、月兎馬でホースダンスというのは、いかがかしら?」
良いことを思いついた、とミーアはニッコリ笑みを浮かべるのだった。




