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Re:incarnation of Fate   作者: ヴィシュヌ
第6章:【ミラージュ・エデン】

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シーン7:黒霧の守護者

 天獄の外郭をさらに奥深くへと進んだ暗黒の空間。 そこに、まるで巨大な黒い海流のように渦を巻く『黒い霧の障壁』が立ちはだかっていた。先日、ルナやセシリアたちが「近づこうとしても弾き返される」と言っていた場所だ。


「……ふむ。こいつが例の黒い霧っすか。見た目はメフィストの瘴気みたいにドロドロしてるけど……近くで見ると全然別物だな」


 宙に浮いたまま霧のすぐ手前で足を止めた後藤光彦は、顎に手を当てて目を細めた。 肌を刺すような悪意や腐食の気配はない。むしろ、外からの探知を遮断し、内側の存在をメフィストの目からひた隠すために精密に編み上げられた、古びた高次元の魔力(神気)によるカモフラージュ結界だ。


(これだけ大掛かりな隠蔽結界が張られてるってことは、やっぱりこの奥に十年前の生き残りの魂たちが隠れ住んでる可能性が高い。……よし、ちょっとお邪魔しますかね)


 光彦は両の手のひらに『光』と『闇』の古代魔法を薄く纏わせると、障壁の波長に干渉して小さな綻びを作り出し、そのまますり抜けるようにして黒い霧の向こう側へと滑り込んだ。


 一歩内側へ抜けた瞬間、外郭の凍えるような暗闇が嘘のように静まり返った。 そこは、淡い燐光がほのかに漂う静かな空間だった。遠くの岩陰や古い遺構のような場所には、向こう側が透けて見えるほど淡く頼りない『半透明の人影』がいくつも身を寄せ合うように息づいている。十年前の事件で第一層(オリジン)から理不尽に拉致された犠牲者たちの魂が、メフィストの実験から逃れて作った小さな避難所だった。


「おお、本当にコミュニティができてるじゃん。これなら新しく落ちてきた魂も――」


 光彦が周囲を見渡そうとした、まさにその時だった。


 ――ヒュッ!!


 音もなく霧の死角から滑り込んできた白銀の刃が、光彦の首筋すれすれの場所でピタリと止まった。


「……動くな。この結界の奥まで、これほど色の濃い第二層の魂が踏み込んでくるとはな。貴様、メフィストの犬か」


 凛としていながらも、絶対零度のように冷徹な女性の声だった。 刃が放つ高次元の魔力の圧だけで、魂のみの状態である光彦の表層がピリピリと削れるように粟立つ。 だが、光彦がそれ以上に目を丸くしたのは、刃を突きつけてきたその銀髪の美しい女性の『存在そのもの』だった。


(……おいおい、マジかよ。第一層の半透明な魂でもなけりゃ、今の俺みたいな魂だけの状態でもない……。この人、天獄に『生身の肉体』を持ったまま潜んでるのか!?)


 封印の間にいるベルゼやメフィストと同じ、確かな質量と血の通った『生身の器』。しかも、この広大な避難所全体を覆うカモフラージュ結界の途方もない出力が、すべて目の前の彼女の身体から、まるで呼吸をするかのように自然に供給され続けている。


「いやいや、ちょっと待ってくださいよ、お姉さん! いきなり首チョンパは勘弁してほしいっすね!」


 光彦は首筋の刃から逃げる素振りも見せず、お気楽な調子で両手をひらひらと挙げて降参のポーズをとった。そして、手のひらに宿していた『光と闇の古代魔法』の波長を、あえて無防備に彼女の前へと晒してみせる。


「俺は後藤光彦。冥界管理委員会の穏健派から派遣された調査員っす。ほら、この魔力の質を見てもらえれば、俺があの悪趣味なメフィストの手下じゃないことくらい分かるでしょ?」

 光彦の手のひらで揺らめく、清冽な白い光と深い闇の輝き。 それを見た女性の瞳が、わずかに細められた。

「……ほう。冥界管理委員会などという名は知らんが……その古臭い魔力の練り方、たしかにあの男の泥水のような瘴気とは似ても似つかないわね」


 ふっと殺気が抜け、首筋から白銀の刃が引かれる。 光彦は「ふぅ、助かった〜」と大げさに胸を撫で下ろし、ポリポリと頬を掻きながら目の前の女性を見つめた。


「しかし驚いたな。俺みたいに魂だけの状態じゃなく、ベルゼ様たちと同じ『生身の肉体』を持ったまま天獄に隠れて、これだけの結界を一人で維持してるなんて……。お姉さん、俺たち第二層の住人の中でもただ者じゃないっすよね? 失礼ついでに聞くんすけど、いったい何者なんすか?」


「ソレイユよ。……もっとも、七百年前にあの道化師に敗れて表舞台から消えた敗残者の名なんて、今の第二層の若い連中には残っていないでしょうけれど」


(ソレイユ……!? おいおいマジかよ、七百年前の抗争でメフィストに討たれて全滅したと言われてた、旧世代の古株の生き残りか!)


 光彦は内心で舌を巻いた。下層の人間たちから見れば、光彦も彼女も同じ『神』と呼ばれる第二層の住人だが、その中でも彼女は、今の体制ができる遥か昔から生きる旧世代の実力者だ。道理で、十年前に設立されたばかりの『冥界管理委員会』の名前を出してもピンとこないわけである。


「ずっと一人で静かに潜んでいたのだけれどね。十年前、すぐ近くの流入座標に突然大量の魂が降ってきてからは、ご覧の通り、すっかりこの子たちの子守役よ」


 ソレイユは忌々しげに肩をすくめながらも、背後の集落を庇うように立つその姿からは、か弱い第一層の魂たちを見捨てられなかった不器用な誇りが滲んでいた。


「それで、冥界の調査員とやら。メフィストの差し金でないというなら、何の用で私の庭へ踏み込んできたの?」


「あ、そうだった! 実は俺たち、そのメフィストの暴走を止めるために動いてましてね。ついさっき、オリジナルの『刈り取る者(リーパー)』の因果でエデンから玉突きになってこっちへ落ちてきたはずの『新しい魂』を探してるんすよ。十年前と同じ正規の流入座標を見張ってるソレイユさんなら、何か知らないかと思って!」


 光彦がパッと表情を引き締めて告げると、ソレイユは面白そうに唇の端をわずかに吊り上げた。


「あの男と戦う、ね。外の連中が今さら何を考えているのかは知らないけれど……あいつを潰すというのなら、私たちと利害は一致しているわ。いいでしょう、話が早いのは嫌いじゃない。ついてきなさい」


「おっ、話が早くて助かるっす!」


 踵を返したソレイユの背中を追い、光彦は集落の奥へとふわりと進んでいく。 やがて案内されたのは、古い魔力(神気)によって静かに守られた小部屋だった。


「十年前と同じ流入座標のすぐ脇で、つい先ほど私たちが拾い上げたものよ。あの男の回収部隊に嗅ぎつけられる前に引き上げておいたわ」


 ソレイユが手で示した先――簡易的な寝台の上に、一人の若い女性の姿が静かに横たわっていた。


「……おお、これだ……!」


 光彦は思わず息を呑み、寝台のそばへと歩み寄った。 第二層の住人である光彦の濃い輪郭とは違い、彼女の姿は向こう側が透けて見えるほど淡く、半透明に揺らいでいる。ソレイユの結界に守られて傷一つなく深い眠りに落ちてはいるが、まだ意識が戻らない以上、彼女がエデンのどこの誰で、どんな名前なのかまでは今の光彦には判別がつかない。


 だが、その半透明な魂が帯びている新しい波長と、現世の肉体から強引に押し出されたばかりの痕跡は、光彦が追っていた条件と完全に一致していた。


(間違いない。これがエデンで美憂さんが器に入ったことで、玉突きで弾き出された『美憂さんの同位体』の魂だ……!)


 まずは第一目標クリアだ。この魂が目を覚まして素性が分かれば、エデンにいる神崎恭たちへ「美憂がどこの誰の身体に入ったか」を伝える決定的な手がかりになる。 静かに眠り続ける半透明の女性を見下ろし、光彦が「よしっ」と拳を握り締めた、その瞬間だった。


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