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Re:incarnation of Fate   作者: ヴィシュヌ
第6章:【ミラージュ・エデン】

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シーン6:調査開始

 夜の帳が下りた商業都市連合アルディシアの中心街。 無数の魔導灯が石畳を照らし出す大通りを抜け、俺――神崎恭と岡田瑞希の二人は、街の中央にそびえ立つ白亜の巨大建築――冒険者ギルド支部【黄金の天秤(メルカトル)】へと足を踏み入れていた。


 夜遅い時間帯にもかかわらず、ギルドの一階ロビーは夜間の討伐から戻った冒険者や情報屋たちでごった返し、熱気と喧騒に満ちている。


 だが、瑞希がフードを脱ぎ、腰に佩いた小剣を揺らしながらロビーの中央を真っ直ぐに歩き始めると、周囲の冒険者たちが次々とその顔に気づいて道を開けた。


「おい、あれ……『見えざる閃光』の瑞希様だぞ……」


「世界で十四人目のSランク冒険者様が、こんな夜更けに何の用だ……? 隣にいる黒いコートの兄ちゃんも、見たことねえ顔だがただ者じゃなさそうだぜ……」


 ひそひそと囁かれる畏敬の声。


 当の瑞希は「……恭さん、あの『見えざる閃光』って二つ名で呼ばれるの、やっぱり胃が痛くなります……」と小さく肩をすぼめながらも、対外的には凛としたSランクの仮面を崩さず、ロビー最奥にある『夜間特務窓口』へと進み出た。


「――Sランク冒険者、岡田瑞希です。緊急の特務調査権を行使します。今すぐ情報統括部の責任者を通してください」


 瑞希がカウンターの上に、黄金に輝く『Sランクのギルドカード』を置いた瞬間、居眠りしかけていた当直の職員が弾かれたように跳び上がった。


 わずか三分後。俺と瑞希は、一般の冒険者は立ち入ることすら許されない地下の『中央通信魔導室』へと案内されていた。


 青く光る大型魔導具『魔導通信核(マドゥ・コア)』と無数の通信機が並ぶ室内で、恰幅のいい老齢の情報統括官が恭しく頭を下げる。


「これは瑞希様。このような夜分に特務調査権の発動とは、一体いかなる事態でしょうか」


「単刀直入に言います。大陸全土の各支部、および裏ギルドの情報網すべてに、最優先で緊急照会をかけてください」


 瑞希は俺と一瞬視線を交わしてから、統括官に向かって明確な条件を告げた。


「探してほしいのは、つい数時間前――今夜の宵の口頃に、大陸のどこかで起きたはずの『異常事例』です。第一に、原因不明の昏倒を起こし、目覚めた直後から別人のように口調や雰囲気が変わった若い女性の報告。第二に、それと同じ時間帯に観測された、通常の魔術とは異なる不自然な空間の揺らぎや高次元の魔力反応。……些細な噂や、各国の検閲で止められている秘匿報告も含めて、すべて洗い出してください」


「な、なるほど……。しかし瑞希様、いかに当ギルドの『魔導通信核(マドゥ・コア)』のネットワークといえど、対象となる人物の名前も、年齢も、所属する国すら不明となりますと……」


 統括官が困惑したように眉をひそめる。


 その言葉通り、それが今の俺たちが直面している最大の壁だった。


(……そうなんだよな。俺たちは『エデンにいる美憂の同位体』が、今この世界で何という名前で、どこの国のどんな立場で生きているのかすら知らない)


 夏芽がフェリシア族の少女『ルナ』に入り、藤原姉妹がハーフエルヴンの『エリスとエレナ』に入ったように、同位体とはいえ千年の間に輪廻転生を繰り返している以上、育った環境や種族、立場まで同じとは限らないのだ。 統括官はすぐに部下たちへ指示を飛ばし、各国の主要支部から上がってきている今夜の定時報告と魔力観測データを次々と照合させたが――そこから浮かび上がってきたのは、俺たちの期待を裏切る厳しい現実だった。


「……瑞希様。現在リアルタイムで繋がっている主要都市および各国のギルド支部からの報告を照合いたしましたが、今夜、そのような条件に該当する人物の報告は一件も上がっておりません。また、大陸の広域魔力観測網におきましても、今夜は夜空を横切る奇妙な高次元波長が一度観測されたのみで、地上における局所的な空間異常は記録されていないようです」


「そんな……一件も、ですか?」


「はい。もっとも、辺境の村々からの報告が支部に届くまでには数日の遅れが生じますし、ルミナスの聖庁内部や、西方の『旧魔導領域ネルガル』の深淵のようにギルドの通信網が遮断されている危険地帯で起きた事象までは、この魔導通信核でも即座には捕捉できないのが実情でして……」


 瑞希が悔しそうに唇を噛む。


 だが、俺は腕を組んだまま冷静にその言葉を受け止めていた。簡単に見つかるほど甘くはないと、最初から分かっていたことだ。


「……いや、主要都市に該当者がいないって分かっただけでも大きな収穫だ。つまり美憂は、人目の多い街中じゃなく、ギルドの通信網がすぐには届かない辺境か、あるいは外部から隔離された特殊な領域の同位体に飛ばされた可能性が高いってことだからな」


 俺は統括官に向き直り、瑞希の横から声をかけた。


「おっさん、引き続き大陸中の支部と裏の情報屋に網を張っておいてくれ。明日以降、遅れて入ってくる辺境の報告や、ネルガル方面を含めた危険地帯の魔力の揺らぎについて、少しでも引っかかる情報があれば昼夜を問わず俺たちの宿へ最優先で届けるんだ。報酬はSランクの口座からいくらでも弾む」


「は、はっ! かしこまりました、必ずや!」


 統括官に徹底的な調査を命じ、俺と瑞希はギルド支部を後にした。

 夜の冷たい風が吹く大通りへ出ると、瑞希が申し訳なさそうに視線を落とした。


「すみません、恭さん……。私のSランクの権限を使えば、今夜中にでも美憂さんの居場所の手がかりが掴めると思っていたのに……」


「気にすんなって、瑞希。お前が今夜のうちに網を張ってくれたおかげで、明日には世界中から情報が集まってくる。何もせずに朝を待つより、何百倍もマシな一歩だ」


 俺は瑞希の頭を軽くポンと叩いて励ますと、ふと足を止め、アルディシアの夜空の天頂に浮かぶ巨大な『青い月』――【天獄(ゲート)】を見上げた。


(……地上からの捜索には、どうしても情報のタイムラグがある。もし、美憂が入ったことで玉突きになって天獄へ弾き出された『向こう側の同位体の魂』を光彦たちが保護できていれば、そいつがどこの誰なのか一発で割れるんだがな……)


 俺はポケットの中で拳を握りしめ、青白く輝く月に向かって胸の内で呟いた。


(光彦、ベルゼ……。そっちの状況は、どうなってる?)


 ◆


 ――その頃。 一層世界と二層世界の狭間に浮かぶ、静寂と暗黒の箱庭【天獄(ゲート)】。


 その最奥部にある巨大な封印の間では、幾重もの神聖な鎖に繋がれた女神ベルゼの周囲で、温かな神気の光に守られながら五人の少女たちの半透明な魂――フェリシア族のルナ、ハーフエルヴンのエリスとエレナ、アラクネのセシリア、そしてラミアのメーリアが静かに身を寄せ合っていた。


「……ベルゼ様。やっぱり、あなたがその封印陣から一歩も動けない状態は変わらないんすね?」


 封印陣のすぐ外側で、半透明の魂の姿のまま宙に浮き、ポリポリと頬を掻きながら問いかけたのは、冥界の調査員・後藤光彦だった。


 光彦の問いに、ベルゼは忌々しげに自身を縛る鎖を見つめ、悔しそうに頷いた。


『……うむ。この封印陣に縛られておる上、今の我はルナたち五人の魂をメフィストの瘴気や干渉から護るための神気領域を維持するだけで精一杯じゃ。外から恭やブラフがこの天獄へ突入してこの封印の鎖を断ち切り、さらにこの子たちの魂を安全な場所へ退避させぬ限り、我が本来の権能を解放して戦うことはできん』


「なるほど。つまりベルゼ様が動けるようになるには、神崎さんたちの突入と、ここにいるみんなの安全確保が絶対条件ってわけっすね」


『そういうことじゃ。……腹立たしいが、外回りの調査と防衛網の構築は、今は貴様に頼るしかないぞ、光彦』


「任せてくださいよ。……それに、不幸中の幸いと言うべきか、天獄へ逃げ帰ってきてまだ一日足らずのメフィストは、いまだに動けていませんからね」


 光彦は封印の間の遥か外側、どす黒い瘴気が渦巻いている方角へと鋭い視線を向けた。 原典世界(オリジン)の廃工場で神崎恭の【死神】の刃によって左腕を切り落とされたメフィストは、その深手を癒やし、失われた神力を再生させるために天獄のどこかに潜伏しており、まだこちらへ本格的な侵攻を仕掛けてきてはいなかった。


「奴が傷を癒やして活動を再開するまでの、このわずかな時間が俺たちの最大のチャンスっす。今のうちに、エデンで美憂さんの同位体から玉突きとなってこちらへ弾き出されてきたはずの『新しい魂』を保護してきます。それと並行して、先日ルナちゃんたちが言っていた『黒い霧の障壁の奥』も調べてみるつもりっす。もしかしたらそこに、十年前の犠牲者の魂たちがすり減りながらも集まって生き延びている場所があるかもしれませんから」


『うむ、頼んだぞ。まずは外郭にある、先日ルナたち五人の魂を見つけた場所を覗いてみるがよい。美憂の大鎌でエデンへ送られた者たちから弾き出された魂は、すべてそこへ流れ着いておったからの。今回の魂も、きっとそこに出現しておるはずじゃ』


 ベルゼの言葉に力強く頷き、光彦は「みんな、ここで大人しくベルゼ様のそばにいるんだよ」とルナたちに手を振って、最奥の封印の間から暗黒の外郭へと一人で飛び出した。


 まずは先日ルナやセシリアたちの魂が集まっていた場所へ行って、新しく落ちてきた美憂の同位体の魂を回収する。そのあとで、黒い霧の障壁の奥に本当に十年前の生存者たちの集まりが存在するのかどうかを確かめに行く――光彦はそう段取りを描きながら、暗黒の空間を泳ぐように進み、先日五人を保護した外郭の漂流地点へと辿り着いた。


「ここだ。このあたりに、新しく落ちてきた魂が漂っているはず――」


 光彦は速度を落とし、周囲の暗闇へと視線を走らせた。

 しかし、次の瞬間。光彦の動きがピタリと止まり、その双眸が困惑に見開かれた。


「……え? ……いない……?」


 冷たく淀んだ外郭の空間には、十年前に実験で擦り減らされた希薄な残滓がわずかに漂うばかりで、先日ルナたちが放っていたような「新しく澄んだ魂の輝き」はどこにも存在していなかったのだ。


 光彦は慌てて周囲の空間波長を隅々まで探知してみたが、やはり新しく落ちてきた魂の反応はどこにもない。


「どういうことだ……? 新しく来る同位体の魂も、当然これまでと同じここに出現すると思っていたのに……なんでどこにもいないんだ!?」


 完全に予測が外れたことに、光彦は眉をひそめ、冥界の調査員としての頭脳をフル回転させてその理由を推論した。


(待てよ……。これまでのルナちゃんたちは、すべて美憂さんが持っていた『レプリカの大鎌』の力で転移したからこそ、同じ軌道を通ってこの場所に流れ着いていたんだ。だが、神崎さんから聞いた話では、今回美憂さんをエデンへ飛ばしたのはメフィスト自身が振るった『オリジナルの大鎌』だったはず……!)


 光彦の脳裏で、ひとつの仮説がカチリと音を立てて繋がった。


(そうか! レプリカではなく『オリジナルの大鎌』で刈り取られたせいで、流入の軌道そのものが違ったんだ! だとしたら、今回弾き出された魂は、同じくオリジナルの大鎌で刈り取られた『十年前の事件の犠牲者たち』と同じ正規の流入座標――つまり、あの黒い霧の障壁の奥にある領域に出現している可能性が高いのか……?!)


 だとすれば、向かうべき場所はひとつしかなかった。


 先日ルナやセシリアたちが「向こう側からたくさんの魂の気配がした」と証言していた、黒い霧のような障壁の奥。そこに本当に十年前の被害者たちが生き残って集落のようなものを作っているのかどうかはまだ分からないが、もし彼らが今もそこに実在し、十年前と同じ流入座標の近くで身を寄せ合っているのだとすれば――そこにこそ、新しく落ちてきた魂の手がかりがあるはずだ。


「……よし。ここにいない以上、迷っている暇はない。あの黒い霧の向こう側に、本当に十年前の魂たちが集まっている場所があるのかどうか……メフィストが動き出す前に、自分の目で確かめてくるしかねえ!」


 一縷の望みに賭けた後藤光彦は、まだ見ぬ領域が広がる天獄の外郭深部を見据え、暗黒の空間へと力強く飛び込んでいったのだった。


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