シーン5:希望への道標
宿の裏手にある開けた場所での手合わせを終え、俺――神崎恭と『アニマの器』の五人は、再び最上階の作戦室へと戻ってきていた。
テーブルを囲んで座る冬夜たちの俺を見る目は、先ほどまでとは百八十度変わっている。 まだ白煙の残る左の義手をさすりながら豪快に笑う冬夜も、少し頬を上気させて背筋を伸ばす瑞希も、そしてキラキラとした尊敬の眼差しを向けてくる夏芽や藤原姉妹も、俺を「自分たちを導くリーダー」として完全に受け入れていた。
「――よし。それじゃあ改めて、ここからの具体的な動きを決めるぞ」
俺がテーブルの上に広げられた大陸全土の古地図を指先でトントンと叩くと、五人が一斉に真剣な表情へと引き締まった。
「さっきも言った通り、俺たちに与えられた猶予は、光彦たちが天獄でメフィストを食い止めてくれている『一週間(七日間)』だけだ。この一週間のうちに、エデンのどこかにいる同位体の器へ飛ばされた美憂を見つけ出し、全員で空の天獄へ突入する」
「でも恭さん、ひとつ問題があります」
瑞希が地図の上に視線を落とし、冷静に口を開いた。
「恭さんの『観測窓』は、恭さんが電車で直接送り出した私たちには繋がっていても、メフィストの大鎌で飛ばされた美憂さんには繋がっていないんですよね? しかも、私たちの中にある魂のバイパスからも位置を探知できないとなると……この広大なミラージュ・エデンから、どうやって一週間以内に美憂さんを見つけ出すんですか?」
「ああ、そこが一番のネックだ。闇雲に歩き回っても絶対に間に合わない。だからこそ、世界で十四人目のSランク冒険者になったお前の『特権』と、この商業都市連合アルディシアのギルド情報網を使う」
俺は瑞希を見据えて言った。
「美憂はつい数時間前、エデンのどこかにいる『美憂の同位体』の身体に魂ごと押し込まれた。お前たちや佐伯朋美の時と同じなら、器が切り替わる瞬間には一時的な昏倒や魔力の暴走、あるいは周囲に不自然な空間の揺らぎが起きているはずだ」
「なるほど……! つまり、大陸全土のギルド支部からここアルディシアの【黄金の天秤】に集まってくる通信網を使って、『今夜、突然倒れて人格や雰囲気が変わった人物』や『原因不明の魔力異常が起きた場所』の報告を洗い出すんですね!」
「そういうことだ。Sランクの特務調査権があれば、各国が秘匿している異常報告や、裏ギルドの情報屋が握っている些細な噂まで強制的に開示させられるだろ?」
「はい! 明日の一番と言わず、今からでもギルドの夜間緊急窓口を動かして、大陸中の支部に照会をかけさせます!」
瑞希が力強く頷く。 すると、隣で話を聞いていた悠希と莉子が、ふと何かを思い出したように顔を見合わせた。
「あの、恭さん。情報網で探すのと一緒に、もうひとつ気になることがあるんですけど……」
「なんだ?」
「さっき恭さんが見せてくれた『観測窓』のお話で、恭さんより少し前に、元の世界からもう一人……『高橋優子』さんという女性がこのエデンに渡ってきているって言ってましたよね?」
悠希の言葉に、冬夜も「ああ、そういやさっき恭さんが使ってたあのすげえ『光と闇の魔力』、その優子って人から受け継いだ力なんだよな?」と身を乗り出してきた。
「その高橋優子さんは、今どこで何をしてるんですか? もしかして、美憂さんを探す前に、まずはその優子さんを電車で拾いに行って合流した方がいいんじゃないですか?」
莉子の真っ直ぐな疑問に、俺は顎に手を当てて少し考え込み、空中に小さな『観測窓』をひとつ展開した。 ウィンドウの中に映し出されたのは、北方のヴァルハイトをすでに離れ、黒い瘴気が漂う西方の荒野へと向かう街道を、馬に乗って一人で疾走している高橋優子の現在の姿だった。
「……いや、優子さんは今、北のヴァルハイトから西の『旧魔導領域ネルガル』の方角へ向かって、一人で移動してる最中だ」
「えっ、旧魔導領域ネルガルですか!?」
俺の言葉に、瑞希と冬夜が驚いたように目を見張った。
「ネルガルって……あそこは昔の魔導大戦の爪痕が残る危険地帯で、しかも世界に五人しかいないSSランクの一人、魔女『九龍』が城を構えて隠居してる領域ですよ! なんでその優子さんって人は、そんな危険な場所へ一人で向かってるんですか!?」
「優子さん――いや、彼女の本来の魂は、俺を女神ベルゼに引き合わせてくれた協力者・高橋先輩の妹で『サラ』っていう女神なんだが、十年前に魂を二つに割ってオリジンへ行ったせいで、エデン側に『魂の片割れ』が残ってるんだよ。本人はその片割れを回収するために動いてる。……ヴァルハイトの酒場で何か手がかりを掴んで、すぐさまネルガルへ針路を変えたところを見ると、どうやらネルガルにいるその『九龍』っていう魔女が、優子さん自身の魂の片割れだったみたいだな」
「「ええっ!? あのSSランクの魔女『九龍』が、優子さんの片割れ!?」」
五人が同時に仰天の声を上げた。 俺は画面の中で夜道を駆ける優子さんの横顔を見つめながら、肩をすくめた。
「もちろん、天獄へ殴り込む最終決戦までには優子さんとも合流するし、高橋先輩からも妹のことを頼まれてる。だが……今の段階で俺たちが無理に割り込んで拾いに行くのは、やめておいた方がいいだろうな」
「どうしてですか?」
「あの人は今、自分の失われた記憶と半身を取り戻すために、一人で決着をつけようとしてる。半身の『九龍』と向き合うのは、他の誰でもない優子さん自身の問題だ。それに、今の彼女は光と闇の古代魔法を完全にモノにしていて、さっきも道中で魔獣の群れを一瞬で消し飛ばしてたからな。並のSランクよりよっぽど強いし、自分の足でネルガルまであと三日ほどの距離まで迫ってるから、まずは本人の意思に任せて見守るのが筋ってもんだろ」
俺がそう説明すると、冬夜と瑞希も「なるほどな……」
「自分自身の半身との決着、ですか。確かに、私たちが中途半端に口を出すことじゃないかもしれませんね」と納得したように頷いた。
「とはいえ、優子さんが向かっている『旧魔導領域ネルガル』は、俺たちにとっても無関係じゃないかもしれないぜ」
俺はテーブルの上の古地図に描かれた、大陸西端の黒い領域――ネルガルを指差した。
「瑞希たちがルミナスの地下禁書庫で手に入れた羊皮紙にも、封印指定区画のひとつとしてネルガルの名が記されていたはずだ。それに、あれだけ広大な魔導領域なら、美憂が飛ばされた時の魔力の揺らぎが紛れ込んでいてもおかしくない」
「そうですね! では、ギルドの情報網で大陸全土を調べつつ、特にネルガル方面や各国の異常報告を重点的に洗い出してみます!」
瑞希が小剣のベルトを締め直し、凛とした瞳で立ち上がった。 冬夜も立ち上がって右拳で自分の胸をドンと叩き、夏芽や悠希、莉子も力強く杖と大剣を握りしめる。
「よし、役割分担は決まりだな。瑞希と俺で今すぐギルドの特務窓口へ行って情報網を動かす。冬夜と悠希たちは、いつどこへでも【幻影電車】で飛べるように出発の準備を整えておいてくれ」
「おう、任せとけ恭さん! いつでも飛び出せるようにしとくぜ!」
タイムリミットはあと七日。 俺と『アニマの器』は、それぞれの目的を果たすため、夜のアルディシアの街へと一斉に動き出した。




