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Re:incarnation of Fate   作者: ヴィシュヌ
第6章:【ミラージュ・エデン】

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シーン4:魔女の気まぐれ

 旧魔導領域ネルガルの深淵にそびえる、黒曜石の古城。


 その裏手に広がる石畳の中庭には、夜空に浮かぶ巨大な『青い月』の冷たい光が降り注いでいた。


「さあ、遠慮はいらないわよ、マリア。あなたがその器の中にどれだけのものを隠し持っているのか、私に全部見せてちょうだい」


 中庭の中央に立ち、黒いローブの裾を夜風に揺らしながら、城の主――SSランクの魔女『九龍(クーロン)』が妖艶に微笑んだ。


 高橋優子と寸分違わぬその美しい顔立ちから放たれるのは、肌が粟立つほどの純粋で強大な魔力のプレッシャーだ。


「っ……! わ、分かりました……!」


 私――如月美憂は、白と黒の侍女(メイド)服の裾を翻して距離を取り、右手を虚空へと差し出した。

 闇の粒子が渦を巻き、私の手の中に黒銀の巨大な刃――【刈り取る者(リーパー)】のレプリカが実体化する。


 今の私の身体(マリアの器)の中には、後藤光彦さんの魂が宿してくれた『光と闇の古代魔法』だけでなく、これまで私が大鎌で刈り取ってこの世界へ送り出してきた転生者たちの能力――夏芽ちゃんの水と土、藤原姉妹の風と共鳴、朋美さんの黒い糸、そして南の冷血な魔力までが、バイパスを通じて流れ込んでいる。


 潜在的な力の総量だけなら、目の前の魔女にも引けを取らないはずだ。


「へえ、面白い大鎌じゃない。……じゃあ、まずは挨拶代わりよ」


 九龍が細く白い指先を、軽くひと振りした。


 略式詠唱すら存在しない、完全な無詠唱魔術。


 ――ゴオォォォォッ!!


 中庭の空間が瞬時に赤熱し、巨大な『紅蓮の火球』と、空気を切り裂く幾千もの『真空の風刃』、地面から隆起する『岩石の槍』、そして高圧の『水流の鞭』――火・水・風・土の四属性の高度魔術が、寸分の狂いもない多重展開で私へと到達した。


「きゃあっ……!?」


 視界のすべてを埋め尽くす四属性の暴威。


 私は反射的に地面を蹴り、身体の奥から湧き上がる「彼女たち」の力を無意識のうちに引き出した。


「――【泥壁の城(グラディ・アクア・ウォール)】! それに、糸よ……ッ!」


 左手を突き出して夏芽ちゃんの水土複合の防壁を展開し、正面の火球と岩槍を強引に受け止める。同時に、右手の指先から朋美さんの『極細の黒糸』を中庭の木々や柱へと張り巡らせ、その糸を足場にして空中へと跳躍することで、足元を薙ぎ払った水流の鞭と風の刃をギリギリで躱してみせた。


「ほう……!? 水と土の複合魔術に、魔力を編み上げた糸の機動……!?」


 爆煙を突き抜けて空中に躍り出た私を見て、九龍の紫の瞳が驚愕に見開かれた。


 私はそのまま空中で大鎌を大きく振りかぶり、双子の姉妹の『暴風の加速』を背中に受けて、九龍の懐へと一気に急降下した。


「はああぁぁぁっ!!」


 大鎌の刃に、光彦さんから受け継いだ冥界の『白い光』と『漆黒の闇』を同時に纏わせ、空間を塗り潰すような一撃を振り下ろす。


「っ、なっ……!? その魔力、光と闇の古代魔法まで……!?」


 九龍の顔から、初めて余裕の笑みが消えた。


 私が放った規格外の光と闇の斬撃を前に、九龍は即座に四属性の魔力を幾重にも重ねた複合防壁を展開して受け止めたが――ガキィィィンッ!! と激しい火花が散り、その圧倒的な出力の重さに九龍の華奢な身体が石畳の上を数メートル後方へと滑った。


(いける……! 私の力の方が、魔力の出力も手数も上回ってる……!)


 着地した私が、そのまま追撃の二撃目を繰り出そうと大鎌を引き戻した――その瞬間だった。


「……ふふ。なるほどね、器に宿るポテンシャルと異能の引き出しだけは、私より上というわけか」


 土埃の向こうで、帽子のつばを押さえた九龍が、冷や汗を拭いながら不敵に口角を上げた。


「だけどね、マリア。――『力を持っていること』と『戦えること』は、全く別物なのよ」


 次の瞬間。

 私が大鎌を振るうよりもコンマ数秒早く、九龍が立っていた場所からその姿がブレるように消えた。


「え……っ!?」


 空間跳躍ではない。風属性の魔術を足裏で爆発させただけの、純粋な歩法と体捌き。


 それなのに、私の視線がまったく追いつかない。なぜなら彼女は、私が大鎌を引き戻す際の「重心の偏り」と「視線の動き」という素人ゆえのわずかな予備動作を完璧に読み切り、私の死角へと最小限の動きで滑り込んでいたからだ。


「大振りすぎるわ。それに、能力を切り替える瞬間に魔力の呼吸がコンマ一秒止まっているわよ」


 背後から涼やかな声が響いた直後、私が張り巡らせていた黒糸の網が、九龍の放った極小の『火と風の複合刃』によって支点だけを正確に焼き切られた。


「あ……っ!?」


 さらに足元の石畳が瞬時に『泥濘(ぬかるみ)』へと変えられて踏ん張りを奪われ、バランスを崩した私の手首に、下から伸びてきた『水の縄』が絡みついて大鎌の軌道を完全に逸らされる。


 光と闇の魔力を放とうにも、呼吸を吸うタイミングごとに的確に『土の礫』や『風の衝撃波』を撃ち込まれ、発動のプロセスそのものを根こそぎ潰されていく。


「く、ううっ……!? な、なんで……私の動きが全部読まれている……!?」


 半年間、元の世界で警察の目から逃げ続けてはきたけれど、私は本物の強者と正面から命のやり取りをした「実戦の場数」なんてほとんど踏んでいない。


 対する九龍は、この過酷な異世界でSSランクの頂に君臨し続けてきた百戦錬磨の魔女だ。私の多彩な異能のタネが割れた途端、彼女は圧倒的な戦闘経験と四属性魔術の緻密なコントロールだけで、私の大味な攻撃をすべて手のひらの上でいなしてみせたのだ。


「――はい、そこまでよ」


 最後の悪あがきで突き出した大鎌の柄を、氷結させた水の障壁でピタリと固定され、私は足元をすくわれるようにして中庭の石畳にドサリと尻餅をついた。


 見上げれば、私のすぐ目の前に、九龍が突き出した高熱の『炎の槍』の穂先がピタリと静止していた。


「はぁ、はぁ……っ。ま、参りました……」


 大鎌が光の粒子となって消え、私は悔しさと自分の未熟さに唇を噛みしめた。


 これだけの力をもらいながら、私はそれを全然使いこなせていない。もし今ここに、私をこの世界へ突き落としたあの悪魔――メフィストが現れたら、私はまた何もできずに負けてしまう。恭くん/に顔向けするためにも、私はもっと、本当の意味で強くならなければならないのに。


 そんな私の悔しげな表情を見下ろしながら、九龍は炎の槍をパッと消し去ると、心底楽しそうにクスクスと笑みを漏らした。


「……いやはや、驚いたわ。最初はただの運動相手のつもりだったのに、まさか私の防壁を力づくで押し込むほどの化け物じみたポテンシャルを秘めているなんてね」


 九龍は私の前にしゃがみ込み、侍女服を着た私の顎を白い指先でクイと持ち上げた。


「戦闘の場数を踏んでいない素人だから私の経験で封じ込められたけれど、もしお前がそのすべての異能と『光と闇』を完璧に制御できるようになれば……間違いなく、この私すら超えるわね」


「え……?」


「気に入ったわ、マリア。そんな宝の持ち腐れ、研究者として見過ごせないもの。今日から掃除と洗濯の合間に、私が直接お前の戦闘技術と魔力制御を徹底的に鍛え上げてあげる」


「わ、私を、鍛えてくれるんですか……!?」


 思わぬ申し出に、私は目を見開いた。


 今の私にとって、SSランクの魔女から実戦の戦い方を教われるなんて、これ以上ない好機だ。私が「ぜひ、お願いします!」と勢いよく頷くと、九龍は満足げに微笑んで立ち上がった。


 だが――その直後、九龍はふと夜空に浮かぶ巨大な『青い月』を見上げ、その美しい眉をわずかにひそめた。


「……もっとも、のんびり基礎から手解きしている時間は、あまり残されていないかもしれないわね」


「え? 時間がないって、どういうことですか……?」


 私が不思議そうに尋ねると、九龍は世界の空気の軋みを肌で測るように目を細め、静かに言った。


「さっきから、世界の理が嫌な音を立ててきしんでいるのよ。空の向こう側でも、この地上でも、大きな嵐が近づいている匂いがする……。どういうわけか『急がないと間に合わない』と、私の勘が告げているの。――さあ、立ちなさいマリア。今夜から早速、地獄の特訓を始めるわよ」


 私が知らないところで進んでいるタイムリミットを、魔女の本能が正確に嗅ぎ取っていたことなど露知らず、私は強くなる一心で再び大鎌を握りしめ、立ち上がったのだった。



 ◆



 ――一方、その頃。


 北方の雪国ヴァルハイトを抜け、黒き瘴気が漂う『旧魔導領域ネルガル』へと続く荒涼とした街道。


 ネルガルの国境まで「あと三日」の距離に迫る岩場の道を、ひとりのフード姿の女性――高橋優子が、愛用の馬を走らせて先を急いでいた。


(ヴァルハイトのギルドで集めた情報によれば、この街道を抜けた先の瘴気の谷を越えれば、私の半身である魔女『九龍』の居城がある領域に入るはず……)


 優子は吹雪とは違う、乾いた砂塵の舞う風を受けながら手綱を握りしめた。


 と、その時である。


 ――ギャオオォォォォッ!!


 ――キィィィンッ! ドゴォッ!!


 前方の街道脇にある開けた岩場の陰から、凶暴な魔獣たちの咆哮と、激しい金属の衝突音が響いてきた。


(戦闘……? こんなネルガル近くの危険地帯で、冒険者が魔獣の群れに囲まれているのかしら)


 優子は馬の足を止め、岩場の影から前方の様子を覗き見た。


 そこでは、体長二メートルを超える鎧のような外殻を持った凶暴な魔獣――『装甲蠍(アーマード・スコーピオン)』の群れ五体に対し、二人組の女性冒険者が背を預け合うようにして必死に戦っていた。


 一人は、両手に握った二本のナイフに赤黒い闘気を纏わせ、猛烈なスピードで蠍の脚を斬りつけている大人の女性。


 そしてもう一人は、その女性の後ろで革表紙のスケッチブックのような魔導書を開き、そこから異形の黒い獣を具現化させて群れの突進を食い止めめている、まだ十歳前後の小さな少女だった。


挿絵(By みてみん)



(……あれは、親子?……? いえ、それよりも――)


 激しい立ち回りの中で、ナイフを振るう母親のフードがバサリと後ろへ外れた瞬間、優子の目がハッと見開かれた。


 砂塵の風に舞った二人の髪は、このエデンの住人には極めて珍しい、艶やかな『黒髪』だったのだ。さらに、その顔立ちや醸し出す雰囲気は、紛れもなく優子が見慣れた「日本人」のものだった。


「くっ……! 愛奈、私の後ろから離れないで! こいつら、聞いていた討伐クエストの数より多いわ……っ!」


「うん、ママ! でも、もう魔力が……黒い獣たちが維持できないよぉ……っ!」


 風に乗って微かに届いたその言葉は、間違いなく『日本語』だった。


 彼女たちは、この世界へ転移していた宮本玲奈と、その娘の愛奈である。この少し離れた麓の村でパーティメンバーが情報収集の聞き込みを行っている間、母娘の二人は冒険者としてのランクを上げるため、近場の魔獣討伐クエストを受注してこの岩場へ来ていたのだが、想定外の群れに遭遇して窮地に陥っていたのだった。


 愛奈が具現化していた黒い獣の一体が装甲蠍の巨大なハサミに砕かれ、空いた隙から二体の魔獣が、毒針を振り上げて小さな愛奈へと同時に飛びかかった。


「愛奈ッ!!」


 玲奈が血相を変えて飛び込もうとするが、別の個体に阻まれて間に合わない。

 優子は迷うことなく馬から飛び降りると、地面を蹴って岩場の戦場へと疾風のように割り込んだ。


「――させるものですか。光よ、貫け!」


 優子が右手を突き出した瞬間、その手のひらから純白の輝きを放つ『光の魔力槍』が二本同時に放たれた。


 ――ズガァァァンッ!!


 玲奈のナイフですら傷をつけるのがやっとだった装甲蠍の分厚い外殻を、優子の光の槍は紙切れのように容易く貫通し、愛奈に迫っていた二体の魔獣を空中で一撃のもとに消滅させた。


「「えっ……!?」」


 突如として割って入った凄まじい魔術に、玲奈と愛奈が目を丸くして息を呑む。


 優子は二人の前にスッと降り立つと、フードを脱ぐと、同じ黒髪をなびかせながら、日本語で静かに声をかけた。


「怪我はありませんか? ……あなたたちも、日本から来た方ですね。残りの三体は、一緒に片付けてしまいましょう」


「っ……! に、日本人……!? あ、ありがとうございます、助かります!」


 突然現れた同郷の美女に驚きながらも、玲奈はすぐにナイフを構え直し、愛奈も「お姉ちゃん、ありがとう!」と再びスケッチブックに力を込めた。


 そこからは、一方的な蹂躙だった。


「私が闇で動きを縛ります! ――闇よ、絡みつけ!」


 優子が左手を振るって地面から『闇の荊(いばら)』を噴出させ、残り三体の装甲蠍の脚を完全に拘束する。


 そこへ愛奈が具現化させた黒い獣が突撃して外殻をこじ開け、生まれた隙間に玲奈が飛び込んで、赤黒い殺意の刃を纏わせたナイフで魔獣の急所を的確に抉り抜いた。


 わずか十数秒の鮮やかな共闘によって、五体の魔獣の群れはすべて砂塵の中へと沈んだのだった。


「ふぅ……助かりました。あなたが来てくれなければ、娘が危ないところでした。私は宮本玲奈、この子は娘の愛奈です」


 ナイフを収めた玲奈が、愛奈の頭を抱き寄せながら深く頭を下げた。


 優子も魔力を収め、穏やかな微笑みを浮かべて自己紹介を返した。


「どういたしまして、無事で何よりです。私は高橋優子といいます。……それにしても、こんな異世界の果てで同じ日本人の親子に出会えるなんて驚きました。お二人だけで旅をされているのですか?」


 優子が尋ねると、それまで無機質だった愛奈の表情にふっと無邪気な笑みが浮かび、こくりと首を横に振った。


「ううん、ちがうよ。『せんせい』もいっしょなの。いまね、あっちの村でせんせいが調べものをしてて、わたしとママはランクを上げるために、新しい『おともだち』とここでお仕事してたんだよ」


「ええ。この世界へ来て途中で途方に暮れていた私たち母子を保護して、戦い方まで教えてくださった『松岡さん』という方が、近くの村で待っているんです。元々はあちらの世界で高校の教師をされていた、とても頼りになる優しい方で……。もしよろしければ、優子さんも村までご一緒しませんか? 同じ日本から来た方に出会えたと知れば、先生もきっと喜ぶと思います」


 玲奈が申し訳なさそうに、けれど温かい目で誘ってくれる。


 同じ故郷を持つ仲間が近くの村にもう一人いるというのは興味深い話ではあったが、自分の半身である『九龍』の居城まであと三日という距離まで迫っている今、優子には寄り道をしている時間の余裕はなかった。


「お気持ちは嬉しいのですが、遠慮しておきますね。実は私、どうしても急ぎで向かわなければならない場所があるんです。……頼れる方が一緒なら安心ですね。このあたりは魔獣も多いですから、気をつけて村へ戻ってください」


「そうですか……残念です。でも、本当にありがとうございました、優子さん。どうかお気をつけて」


「ばいばい、おねえちゃん……」


 見送る玲奈と、小さく手を振る愛奈に微笑み返し、優子は再び馬に跨がると、黒き瘴気の漂うネルガルの方角へ向けて颯爽と駆け去っていった。


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