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Re:incarnation of Fate   作者: ヴィシュヌ
第5章:交錯する因果と月下の夜想曲

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シーン12:道化の仮面~後編~

 廃工場の錆びた空気を震わせ、メフィストの手にあるオリジナルの【刈り取る者(リーパー)】から、どす黒い神気の奔流が噴き上がった。


『さあて、それじゃあ余興を始めようか。……と言っても、相手は神界の監視者ブラフと、ちょっと変わった権能を持った人間の青年だ。いくら僕が不正規のルートでこの原典世界(オリジン)に降りている身とはいえ、ただの人間に遅れを取るほど落ちぶれちゃいないよ』


 メフィストが軽やかに大鎌の柄を振るった。 その瞬間、大鎌の刃に刻まれた禍々しい紋様が赤黒く脈動し、かつて彼が刈り取ってストックしていた「神々の能力」が同時に解放された。


『まずはこれなんかどうだい? かつて僕が刈り取った、神界の武神と冥界の腐食神のコンボさ!』


 ゴオォォォォッ!!


 廃工場の空間そのものを押し潰すような無数の『黒金の神槍』が虚空から生成され、同時に床のコンクリートをドロドロに溶かす猛毒の『腐食の黒霧』が津波のように押し寄せてきた。


「神崎、下がれ! この広域干渉は僕が抑える!」


 ブラフ先輩が一歩前に踏み出し、両手を強く打ち合わせた。 十年前、メフィストが引き起こした大量虐殺を鎮圧した監視者としての本来の神気が爆発し、廃工場の内部に巨大な黄金色の防壁陣が展開される。 降り注ぐ黒金の神槍の群れと腐食の黒霧が防壁陣に激突し、耳をつんざくような轟音と激しい火花が散り、ブラフ先輩の足元の床がミシミシと音を立てて陥没していく。


「くっ……! 流石に複数の神の力をオリジナルの大鎌にストックしているだけあって、手数が多すぎる……! 僕がこの広域攻撃と美憂ちゃんの周囲の結界を維持するから、神崎、お前は奴の本体を叩け!」


「了解です、先輩。……一発で黙らせてやりますよ」


 俺はブラフ先輩の張った黄金の防壁をすり抜け、単身でメフィストの正面へと躍り出た。

 それを見たメフィストが、心底愉しそうに口角を吊り上げる。


『ハハッ、本当に人間が一人で突っ込んでくる気かい!? 忘れたのかい少年、ここは「オリジン」だ! 世界の中心核であるこの星では、いかなる異能も九割方封じられる。神である僕ですら出力が落ちるこの場所で、人間の君が僕に傷一つつけられるわけが――』


「――うるせえよ、道化野郎。お前の知ってる『常識』で俺を測るな」

 俺はメフィストの御託を最後まで聞かず、右手の指をパチンと軽く鳴らした。


 ――『時間停止』。


 松岡雅紀から吸収した、時を凍らせる権能。 その瞬間、廃工場の天井から降り注いでいた雨粒も、ブラフ先輩の防壁で弾けていた火花も、そして余裕の笑みを浮かべていたメフィストの表情すらも、すべてが灰色の静寂の中にピタリと凍りついた。


(オリジンでの上限は三秒。……だが、今の俺にはそれで十分すぎるほどのお釣りが来る)


 静止した世界の中、俺はさらに岡田瑞希から得た空間跳躍の歩法――【次元の刺突(ディメンション・スラスト)】を重ね掛けした。 足元の空間がグニャリと歪み、数十メートルあったメフィストとの距離が文字通り「ゼロ」へと短縮される。


 凍りついたメフィストのすぐ目の前に立った俺は、左手に佐々木冬夜から得た『極限圧縮の雷炎』を、右手に宮本玲奈から得た『殺意の波長刃』と優子さんの『白い光』を同時に収束させた。 一人の人間が扱えば器が破裂するはずの多重能力の同時行使。だが、【死神】の権能の本質である「能力の吸収と改変」によって最適化された俺の身体は、それらの暴力的な力を何の負荷もなく一つの拳へと束ね上げていた。


「まずは一発目だ。――歯を食いしばれ」


 俺がメフィストの鳩尾へと拳を叩き込んだ直後、三秒が経過し、世界の時間が再び動き出した。


 ――ズドォォォォォンッ!!


『ガ、ハァッ……!?』


 何が起きたのか理解する間もなく、メフィストの身体が雷炎の爆発と光の衝撃波に呑み込まれ、砲弾のように後方へと吹き飛んだ。 廃工場の分厚い鉄骨を三本まとめてへし折り、奥のコンクリート壁に激突して巨大なクレーターを穿つ。


「なっ……!? いま、何が起きた……!? 一瞬で間合いが消えて、メフィストが吹き飛んだぞ……!?」


 後方で見守っていた高橋先輩が、信じられないものを見るように驚愕の声を上げる。

 土煙が舞い上がる瓦礫の中から、口元から血を流したメフィストが、よろめきながら立ち上がった。先ほどまでの余裕に満ちた笑みは完全に消え失せ、その真紅の瞳が驚愕と困惑に大きく見開かれている。


『な……なんだ、今のは……!? 時間が、飛んだ……!? いや、それだけじゃない、空間干渉に、雷と炎、それに冥界の光と闇の魔力まで……!? バカな、ここはオリジンだぞ!? なんでただの人間のお前が、複数の異能を制限もなしにフル出力でぶっ放しているんだ!?』


「言っただろ、お前の常識で測るなって。俺がエデンへ送った連中が向こうで強くなればなるほど、俺の手札は勝手に増えて進化していくんだよ」


 俺はゆっくりと首を鳴らし、今度は左手で虚空をなぞるように指を滑らせた。 宮本愛奈からフィードバックされた具現化の能力。指の軌跡からドロリとした漆黒の泥が溢れ出し、それに優子さんの『闇』の重力魔力を混ぜ合わせることで、身の丈三メートルを超える異形の『黒い処刑獣』が三体、瞬時に実体化して廃工場の床に降り立った。


『そ、そんなデタラメな能力があるものか……! 近づくな、化け物めぇっ!!』


 焦りを露わにしたメフィストが、オリジナルの大鎌を振り回して神々の斬撃を乱れ撃つ。 だが、実体化した三体の黒い処刑獣が壁となってその斬撃を強引にねじ伏せ、メフィストの退路を左右から完全に塞いだ。


 そして、正面から踏み込んだ俺の右手には、空間そのものを削ぎ落とす青白い刃――瑞希の奥義である【次元領域の切断(ディメンション・ブレイク)】が収束していた。


「お前が美憂に味わわせた絶望の分だ。その自慢の大鎌ごと、空間の彼方へ切り飛ばしてやる」


『く、くそっ……!【刈り取る者】の防御結界よ、展開しろ――ッ!』


 メフィストがストックしていた神々の魔力をすべて防壁へと変換し、大鎌の柄を盾にして俺の一撃を受け止めようとした。 俺が振り抜いた次元切断の手刀が、メフィストの防壁に激突する。


 ――パァァァァンッ!!


 ガラス細工が砕け散るような澄んだ音が響き渡り、神々の力を束ねたはずのメフィストの絶対防壁が、たった一撃で真っ二つに断裂して霧散した。 余波の斬撃がメフィストの左肩を深く切り裂き、神の鮮血が雨の廃工場にぶちまけられる。


『ぐ、あぁぁぁっ!? ば、馬鹿な……! 僕のオリジナルの力が、真正面から押し切られるだと……!?』


 片膝をつき、傷口を押さえて荒い息を吐くメフィスト。


 その目の前へ、俺は一切の慈悲なく次の一撃――大鎌を持つ奴の右腕を根元から切り落とすための刃を振り上げた。


(……これで終わりだ。こいつの腕を落として無力化し、美憂にかけられた呪いのバイパスを強制的に解除させる!)


 完全に勝負あった――俺も、後方の高橋先輩も、そう確信した瞬間だった。


 追い詰められ、死の恐怖に顔を歪めていたメフィストの瞳が、俺の背後の遥か遠く――先輩の防壁の後ろで立ち尽くしている『美憂』の姿をチラリと捉えた。 その瞬間、メフィストの引きつっていた唇が、ゾッとするほどおぞましい三日月型へとグニャリと吊り上がったのだ。


『……ああ、そうか。ハハッ、なんだ、そんな簡単なことじゃないか!』


「……なに?」


 メフィストは、自分の左肩から噴き出す血も、目の前に迫る俺の刃も完全に無視した。 奴にとって、自分の肉体が傷つくことなどどうでもよかったのだ。美憂が最大限苦しみ、そして自分の【ソウルイーター計画】を進めるための『都合の良い強い魂』さえ手に入れば、手順など途中でどう変えようと構わないという愉快犯の狂気。


『この場で君に邪魔されて、彼女を直接僕の手駒にできないっていうなら……発想を変えればいいだけだ! いくつもの異能を溜め込んで熟成されたその「如月美憂の魂」を、今ここで僕が直接刈り取って、エデンへ送り込んでしまえばいい!!』


「……ッ!? やめろ、メフィストォォッ!!」


 奴の意図に気づき、俺の背筋が凍りついた。

 俺が振り下ろした刃がメフィストの首元に届くよりもコンマ一秒速く、メフィストはストックしていた神の力を脚部へ暴走気味に注ぎ込み、自分の左腕を俺の刃で切り落とされながらも、爆発的な『超高速移動』で床を蹴って強引に間合いをすり抜けた!


 ズバァッ!! と宙を舞うメフィストの左腕。 だが、隻腕となったメフィストの本体は、弾丸のような速度でブラフ先輩の防壁の展開の隙を突き、無防備に立ち尽くしていた美憂の目の前へと肉薄していた。


「なっ……!? 左腕を捨てて防壁の隙を突破してきただと!? 美憂ちゃん、危ないッ!!」


 ブラフ先輩が叫び、俺が『時間停止』を再発動しようと指に力を込める。だが、先ほど使ったばかりのスキルのわずかなクールタイムが、そのコンマ数秒の介入を阻んだ!


「え……? あ……」


 突然目の前に現れた血まみれの悪魔を見て、美憂の瞳が見開かれる。 メフィストは残った右腕でオリジナルの【刈り取る者】を大きく振りかぶると、愉悦に満ちた狂気の声で吼えた。


『さあ、僕のオリジナルの大鎌(リーパー)でエデンへと旅立つがいい、美憂!! 君の強くなった魂がエデンの「もう一人の君(同位体)」の器を乗っ取れば……玉突きで弾き出されたエデン側の「如月美憂の魂」が、僕の待つ天獄へと直接転がり込んでくる!! それを材料にして、僕の新しい計画――【ソウルイーター計画・改】の幕開けだァッ!!』


「美憂ーーーーーーーッ!!」


 俺の喉が裂けんばかりの絶叫が、廃工場に木霊した。 俺が空間を跳躍して伸ばした右手が、美憂の肩に触れるほんのわずか手前で――メフィストの振り下ろしたオリジナルの大鎌の黒銀の刃が、美憂の胸元を音もなく薙ぎ払った。


 ――ズキンッ。


 肉を断つ音はしない。 だが、美憂の胸の奥から、眩い光と深い闇、そしていくつもの異能の色彩を帯びた『如月美優の魂』が根こそぎ引きずり出され、オリジナルの大鎌が作り出した次元のバイパスへと吸い込まれていくのがはっきりと見えた。


「……きょう、くん……っ」


 美憂の唇が小さく俺の名前を紡ぎ、その瞳からスッと意識の光が消え失せる。 魂を抜かれた美憂の華奢な身体が、糸の切れた人形のように前のめりに崩れ落ちるのを、遅れて到達した俺は両腕で必死に抱きとめた。


『ハハハハハッ! 間に合わなかったねぇ、神崎くん! 彼女の魂は今ごろ次元の壁を越えて、ミラージュ・エデンにいる彼女の同位体の肉体へとポゼッションしている頃さ!』


 隻腕から血を流しながらも、メフィストは空間に天獄へと通じる黒い裂け目を開き、その中へと後ずさっていく。


『そして、器を押し出されたエデン側の彼女の魂は、今まさに天獄へと吸い込まれている! 僕はこれから天獄へ戻って、その「もう一人の美憂」の魂と、天獄に隠れている十年前の生き残りどもを全部まとめて回収させてもらうよ! せいぜい、抜け殻になった恋人を抱いて泣いているといい! アハハハハハハッ!!』


 俺が放った雷炎の追撃が空間を焦がした時には、すでに黒い裂け目は閉じ、メフィストの狂った哄笑の余韻だけが廃工場に残されていた。


 静寂が戻った雨の廃工場。 俺の腕の中には、呼吸だけを残し、魂を奪われて完全に意識を失った美憂の冷たい身体だけが残されていた。


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