シーン7:半年の刻、交差する足跡
採掘と迷宮の街『黒曜の谷』。
エデンの中層へと穿たれた巨大な大穴の縁に広がるこの街は、鉱物の輝きよりも、探索者たちの流す血と鉄の匂いが色濃く立ち込めていた。
あの日、境界都市で冒険者プレートを握りしめてから半年。 佐々木冬夜の置かれた立場は激変していた。
「おい、見ろ……『雷炎の狂腕』だ」
「また単独で中層の魔物を狩ってきたらしいぞ。あの左腕、相変わらず化け物じみてる……」
ギルドの酒場に冬夜が踏み込むと、群がる探索者たちが蜘蛛の子を散らすように道を空ける。
冬夜の左腕は、あの日隠していたボロ布から、無数の符が刻まれた黒い拘束具と頑強なレザーベルトへと変わっていた。抑えきれない紫電の火花が隙間から爆ぜ、右目には変わらず赤熱の熾火が宿っている。
この半年間、冬夜は不休で討伐依頼をこなし続けてきた。
目的はただ一つ。
ギルドランクを『C』まで引き上げ、上位の情報屋に膨大な情報提供料を支払うためだ。
(……まだ見つからない。「佐々木夏芽」という名前の転移者も、それに該当する特徴の少女も、この階層のどこにも引っかからない……)
擦り切れるような焦燥感が冬夜の心を塗りつぶしていく。死後の世界(黄泉の国)に落ちたはずの妹の消息が掴めない恐怖が、背中に冷たく張り付いていた。
その時、ギルドの中央掲示板に真っ赤な警告の魔道具が点灯し、けたたましい鐘の音が響き渡った。
『緊急レイド召集! 大迷宮深層より【変異種・岩甲獣】を筆頭とする大型群勢が急速に接近中! ランクD以上の全探索者は直ちに第一防衛線へ集結せよ!』
狂乱する酒場の中で、冬夜は冷め切った瞳で依頼書を見つめた。 大規模レイド戦。その報奨金と貢献度は破格だ。
これさえ手に入れば、目標のランクCになり、さらに上の階層の情報網へアクセス権が届く。
「……待ってろ、夏芽。どこにいても、僕が絶対に引っ張り出してやる」
拘束具をキュッと締め直し、冬夜は一人、殺気立った戦場へと歩みを出した。
◆
同じ頃、第一防衛線の簡易診療所に隣接した前線基地。
「ルナちゃん! こっちの怪我人の止血と、防壁の補強をお願いできるかい!?」
「はい! 今行きます!」
元気な声で応えたのは、フェリシア族のしなやかな猫耳をピンと立てた少女――『ルナ』として生きる夏芽だった。
あの日、罪悪感に押し潰されそうになりながら薬草店を飛び出して半年。 夏芽はこの異世界に順応し、自立して生きていくために、ルナの身体に眠る素養と自らの魔力を必死に磨き続けてきた。
本来のルナが得意としていた【風】ではなく、現世から持ち込んだ自らの魂に刻まれた【土】と【水】の双属性。
地面を隆起させて仲間を守る土壁を築き、澄んだ水の魔力で傷を癒やす。後衛の支援術士として実績を重ねた夏芽は、いつしかギルドで『碧土の術士』として信頼を集める探索者(ランクD)となっていた。
この身体に何が起きたんだろう……? なんで私は、ルナちゃんの身体を奪ってまでまだ生きているのだろう?
そんな疑問と葛藤しながら精一杯に生にしがみついているのだ。
見知らぬ自分の力と、成り代わりの謎。 そして何より、「どうすれば、あの大好きな兄ちゃんが待つ元の世界へ帰れるのか」。
その手がかりを掴むためには、過酷なエデンで生き残り、探索者として世界を知る必要があった。
ルナの両親から奪ってしまった命だからこそ、ただ怯えて過ごすわけにはいかないのだ。
『第一防衛線、防壁接敵まであと五分! 後衛部隊は詠唱を開始せよ!』
防衛線の外から、地響きのような魔物の咆哮が轟く。夏芽は魔法触媒の短杖を両手で強く握りしめ、前線へと駆け出した。
(私……絶対に生き抜いてみせる。元の世界へ帰る方法を見つけて、もう一度お兄ちゃんに会うために!)
死の国で妹の魂を探し続ける兄と、生の理由と帰還の術を求めて足掻く妹。 すれ違った二人の想いが、大迷宮から溢れ出す絶望の戦場で、ついに交差しようとしていた。




