シーン6:黄泉の国の冒険者
「――なるほどな。ここは『ミラージュ・エデン』。で、俺たちのような能力者は『探索者』としてギルドに登録するのが一般的ってわけか」
異形の魔腕をボロ布で固く巻き、上着の袖を重ねて隠した冬夜は、路地裏で助けた老人の言葉に深く眉をひそめた。
見上げれば、この街――探索者たちが拠点とする境界都市『黒鉄の楔』は、奇怪な熱気と死の匂いに満ちていた。幾何学的にねじれた石造りの街並み。至る所に立つ掲示板には、未知の魔物の討伐依頼や、異界からの「流れ者」に関する情報が書き殴られている。街を行き交う者たちの皮膚には、怪物めいた紋様や異形の身体部位が見え隠れしていた。
電車に飛び込み、死んだはずの自分が流れ着いたこの異質な世界。すべてを目の当たりにし、冬夜の頭の中で一つの考えが浮かぶ。
(……やっぱりな。ここは間違いなく『黄泉の国(死後の世界)』だ。あの世へ渡った魂が、各自の執念や未練に合わせて姿を変え、生き蠢いている場所なんだ)
自嘲気味な笑みが漏れる。
死んだこと自体に未練はない。だが、あの惨劇のバス事故で、自分より先に逝ってしまった夏芽も――この「黄泉の国」のどこかに流れ着いているのだとしたら。
老人の案内で踏み入れた冒険者ギルド『誓約の天秤』支部の酒場は、酒と血の匂いが充満していた。冬夜は周囲の探索者たちの雑談に耳をすませ、この街の「情報流通」の仕組みを冷徹に分析する。
・階層構造(エデンの広域): この街は広大な「エデン」の最下層・外郭に過ぎず、上層へ向かうほど強力な魔物と古代の遺構が眠っている。
・『流れ者』の噂: 街の外縁や路地裏に「身元不明の人族(人間)」が突如として現れることがあったらしい。多くは怪物に喰われるか、人買いに買われるか、生き残って探索者になる。
・情報網としてのギルド: 探索者ランクを上げ、上位の掲示板や「情報屋」へアクセス権を得なければ、広大なエデン全域に散った「流れ者」の捜索依頼など出せない。
(待ってろ、夏芽。お前がこの街のどこかに保護されているのか、それとも別の階層へ吹き飛ばされたのか……僕が絶対に突き止める)
自分の置かれた状況と、妹を探すための「手はず」は整った。
無鉄砲に街を彷徨うのではなく、ギルドの力を利用して広大な黄泉の国全域に網を張る。そのためには、まず自分自身がこの街で「力と実績」を示す必要があった。
「おいあんた、その左腕の魔力……タダもんじゃねえな。冒険者ギルド『誓約の天秤』に登録していくかい?」
カウンターの奥から、傷だらけの顔をした受付の男が手渡してきた鉄製のプレート。それを左手で掴もうとし――一瞬躊躇ってから、冬夜は右手に握り直した。ボロ布の隙間から、紫電の火花がバチッと散る。
「ああ、登録する。……僕の目的は一つだ」
右目に赤熱の火炎、左目に紫電の光を鋭く宿らせ、冬夜はプレートに己の名を刻み込んだ。
「まずはこの街の討伐依頼を片っ端から受ける。金を稼ぎ、ランクを上げ、この黄泉の国全域に妹の捜索票をバラ撒く。……邪魔する奴は、誰であろうとこの左腕で焼き尽くす」
妹・夏芽との再会という狂気的な執念を糧に、異形の手を持つ青年は、目的達成への第一歩を踏み出した。




