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Re:incarnation of Fate   作者: ヴィシュヌ
第5章:交錯する因果と月下の夜想曲

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シーン9:ソウルイーター計画

原典世界(オリジン)、東京の静まり返った神崎恭の自室。 空中に浮かぶ半透明の『観測窓』がバチリと音を立てて大きく広がり、天獄(ゲート)の最奥部の光景を鮮明に映し出した。


『――おい、恭! ブラフ! 二人とも聞こえておるな!? 大変なことになったぞ!』


画面の向こうで、幾重もの神聖な鎖が張り巡らされた封印陣の中から、女神ベルゼが切迫した声で呼びかけてくる。 その封印陣のすぐ外側には、半透明の青白い光を帯びた青年の姿――つい先日、如月美憂の大鎌によって魂を刈り取られたはずの後藤光彦が、バツが悪そうにポリポリと頬を掻きながら宙に浮いていた。


「よっ、神崎さん。それに……そっちにいるのは、優子さんのお兄さんっすよね? いやー、お騒がせしちゃってどうもすみません」


「……後藤、お前なぁ……」


パイプ椅子に腰掛けていた恭は、画面の向こうから普段と何ら変わらないお気楽な調子で手を振ってくる隣人の姿を見て、深々とため息をついた。隣に立っていた高橋尚人――神たるブラフも、目を丸くして画面を凝視している。


「やっぱりお前の魂、天獄に直接吸い込まれていやがったか。肉体はこっちでブラフ先輩がカプセルに回収して保存してるが……まさか魂の状態でそのままピンピンしてるとはな」


「あ、俺の身体、回収してくれたんすか! あざっす、お兄さん! いや〜、流石に大鎌でスパッとやられた時は死んだと思ったんすけどね。二層世界(冥界)の魂で良かったっすよ」


ころころと笑っていた光彦だったが、すぐにハッとしたように表情を引き締め、画面の向こうの恭とブラフへ身を乗り出した。


「……それより、神崎さん! 優子さんは……高橋優子さんは、無事なんすよね!?」


身の安全よりも真っ先に飛び出したその問いかけに、恭が小さく肩をすくめた。


「ああ、無事だ。お前が体を張って守ったおかげで、あの場では傷一つ負わなかった。……ただ、お前が目の前で倒れたショックで【魂の呪縛】に亀裂が入ってな。女神サラとしての記憶を取り戻しちまったよ」


「えっ……!?」


「お前の魂とベルゼを救うために、エデンにある自分の『魂の片割れ』を取り戻すって言って聞かなくてな。俺の【幻影電車(ミラージュ・トレイン)】を使って、すでにミラージュ・エデンへ渡った。向こうで無事に目を覚ましたのも確認済みだ」


恭がそう告げると、光彦はしばらく呆然と瞬きを繰り返した後――ふっと、心の底から安堵したように胸を撫で下ろした。


「……そっか。優子さん、生きててくれたんすね。しかも、俺なんかのために向こうの世界まで……っ。うぅ、優子さぁん、俺、絶対に生き返ってまた映画デートに誘いますからねーっ!」


感激にむせび泣くようなポーズをとる光彦。


すると、それまで黙って画面を見ていたブラフの眉間がピクリと跳ね、同時に画面の向こうのベルゼの目つきが鋭く吊り上がった。


「……おい、後藤光彦。あらかじめ言っておくがな」


ブラフが一歩前に出て、神としての重低音を響かせながら画面を指差した。


「お前が身を挺して優子を守ってくれたことには、兄として心から礼を言う。感謝している。……だがな、それとこれとは話が別だ。僕の可愛い優子を、どこの馬の骨とも知れん冥界の男にやるつもりは毛頭ないからな!」


『うむ、ブラフの言う通りじゃ! 貴様がサラを庇ったのは殊勝じゃが、あやつは我の大切な親友ぞ! 貴様ごときが馴れ馴れしくデートなどと、百年早いわ! サラは断じてやらんからの!』


「えぇーっ!? お兄さんだけじゃなくてベルゼ様まで!? 俺、命懸けで庇って魂まで抜かれたんすよ!? ちょっとくらいボーナスポイントあっても良くないっすか!?」


「「ダメだ(ならん)!!」」


地上と天獄で完璧にハモりながら、全力で牽制の火花を散らすシスコン兄神と過保護な親友女神。 そのあまりにも緊張感のないやり取りに、恭はこめかみを押さえて氷のような視線を二人へ向けた。


「……何言ってんの、アンタら。人の部屋でくだらない保護者面してないで、さっさと本題に入れよ。胃が痛くなるだろ」


「っ、す、すまん神崎……」


「ぐぬぬ、つい口が滑ったのじゃ……」


恭の冷ややかなツッコミに、ブラフとベルゼが再び小さく縮こまる。 光彦は「あはは、厳しいっすね〜」と笑うと、すぐに表情を引き締め、冥界管理委員会の調査員としての鋭い眼差しへと切り替えた。


「じゃあ、本題にいきますね。さっきベルゼ様にもちょっと言ったんすけど、俺がオリジンで追っていた『十年前の事件』と、メフィストの野郎が企んでる【ソウルイーター計画】について、俺が掴んだ事実と推測を共有させてもらいます」


『ソウルイーター計画、じゃと……?』


封印陣の中でベルゼが眉をひそめ、地上のブラフも真剣な顔つきに戻って腕を組んだ。


「はい。そもそも俺が冥界の穏健派からオリジンへ派遣されたのは、十年前にメフィストが引き起こしたオリジン大虐殺の調査でした。ただの無差別な暴走にしては不自然な点が多すぎたんで、俺は冥界の古い文献や研究資料を洗い直してみたんです」


光彦は宙に浮いたまま、指を折りながら語り始めた。


「本来、千年前に二つに分かたれた魂は、元の持ち主――つまり『同位体』と合わさるのがこの世界の道理っすよね。でも、冥界の古い文献には、『魂の再利用方法』として全く別のアプローチが書かれていました。それが、『本来とは異なる別の魂同士を合体・結合させる研究』です。俺は、おそらくそれがメフィストの進める【ソウルイーター計画】に関係しているんだろうと睨んで、十年前に地上(オリジン)で奪われた魂の行方を追っていました」


光彦はそこで一度言葉を区切り、自分がいる暗黒の空間――天獄の周囲を見渡した。


「で、さっきこの『天獄』へ吸い込まれてくる途中、外郭のあたりで微かに残っていた魂の波長を感知して分かったんすよ。どうやら十年前にオリジンで奪われた魂も、この天獄に持ち込まれていたみたいです」


「なっ……!? 十年前の犠牲者の魂が、天獄に……?」


ブラフが息を呑み、ベルゼが『おのれ、メフィストめ……! 我の封印の裏で、この天獄にそんなものを隠し持っておったのか!』と悔しげに声を漏らした。


「たぶん、奴は持ち込んだオリジンの魂を使って、違う魂同士を繋ぎ合わせる実験を行っていたんだと思います。……ただ、オリジンは能力が封じられた世界っすよね。だからオリジン同士の魂をいくら繋ぎ合わせても能力は使えないし、奴にとっては失敗作にしかならなかったんじゃないかと」


その推測を聞いた瞬間、恭の脳裏に、ひとつの不気味な記憶がよぎった。 ――美憂が失踪してから二週間後の夜。美憂のアパートの前で、暗がりから突然現れたスーツにコート姿の男。 どこか焦点の合わない瞳と、生き物らしさを感じさせない異様に薄い唇。『私は独り言を喋っているだけですので』と耳奥にまとわりつくような声で言い残し、美憂の同期だった足利理沙の情報を恭に教えて闇へと消えていった、あの得体の知れない男だ。


「……待てよ」


恭は眉をひそめ、低く呟いた。


「焦点の合わない目をして、どろりとした嫌な気配を纏っていたスーツの男……。俺が美憂を探し始めた頃、アパートの前で接触してきた奴がいた。警察関係者のフリをして俺に美憂の手がかりを流していったんだが、どう見てもまともな人間じゃなかった」


「へえ、そんな奴がいたんすか?」


「ああ。今のお前の話を聞いて腑に落ちた。……おそらくあの男が、十年前の実験で造られて廃棄された失敗作――『魂(ソウル)キメラ・プロトタイプ』とでも呼ぶべき存在だったんだろう。わざわざ俺にヒントを渡してきたあたり、自分を弄んで捨てたメフィストへの復讐の機会を窺っているのかもしれないな」


恭の言葉に、光彦も「なるほど、味方になり得るイレギュラーってわけっすね」と頷いた。


「で、ここからが俺の推測の本丸なんすけど……オリジン同士の魂じゃダメなら、奴としては能力のある『ミラージュ・エデン側』の魂を手に入れたいはずっすよね。だけど、俺が地上をいくら調査しても、メフィスト自身がエデンへ向かった形跡が一切なかったんすよ」


「エデンへ向かった形跡がない……?」


「ええ。十年前に優子さんが開けた次元の綻びでオリジンには来られても、エデンへ向かった痕跡がない。……つまり、奴はエデンに行きたくても行けないんじゃないかと思うんすよ。エデンへ繋がるゲートを自力で開ける手段を持っていない可能性が高い」


光彦の目が細められ、その声に強い警戒の色が滲んだ。


「自分が直接エデンへ行けないからこそ、奴はエデン側の魂を抜き取るための『装置』――あの【刈り取る者(リーパー)】を作って、十年前の惨劇の生き残りである如月美憂さんに渡したんじゃないでしょうか。彼女にオリジンの魂をエデンへ送り込ませれば、器を押し出されたエデン側の魂が玉突きでこの天獄へ弾き出されてくる。……おそらくメフィストの狙いは、そうやって回収した魂を天獄で合体させて使える『魂(ソウル)キメラ』を造り、その力でエデンへの道をこじ開けることなんじゃないかと」


光彦が語り終えると、室内にピンと張り詰めた空気が流れた。


断定こそできないものの、これまでバラバラだったメフィストの不可解な行動が、光彦の推測によって一つの恐ろしい計画の輪郭として浮かび上がってきたのだ。


『……筋が通っておる。だが、まだ奴の狙いのすべてが見えたわけではあるまい。十分に警戒せねばならんな』


ベルゼが険しい声で言い、自身を縛る鎖を忌々しげに見つめた。


『くそっ、我はこの封印陣のせいで、この部屋から身動きが取れん。外郭の方に魂が溜め込まれている気配までは感じておったが、実際に今どうなっておるのかまでは確認できんのじゃ』


実体として部屋に封じられているベルゼの言葉に、恭が画面の向こうの光彦へと視線を向けた。


「後藤。魂の状態のお前なら、その部屋の外も自由に動けるんだよな?」

「ええ、俺は見ての通り魂だけの身軽な状態っすからね。さっきここへ来る途中にも、外郭の暗闇にたくさんの魂が漂ってるのを見かけましたよ」

「なら、天獄の内部を調査して、また報告してくれ。……何かあれば、そこからベルゼに連絡できるか? そうすれば、ベルゼ経由で情報は俺に伝わる」


恭には光彦との直接のバイパスがないため、光彦自身の視覚を『観測窓』で覗くことはできない。だが、天獄の主であるベルゼを中継地点にすれば、調査結果の共有はいつでも可能だ。


「了解っす! 何か分かったらすぐにベルゼ様へ念話を飛ばすか、この部屋に戻ってきて報告しますよ」


『うむ。この天獄の領域内であれば、我と念話を繋ぐくらいは容易い。頼んだぞ、後藤光彦』


「任せてください! じゃあ、ちょっくら外回りの調査に行ってきます!」


光彦は軽く片手を挙げると、ベルゼが封じられた最奥の部屋を飛び出し、それを見届けた恭も一旦『観測窓』の回線を閉じた。



◆



最奥の部屋を離れ、光彦は再び光すら届かない天獄の外郭へと戻ってきていた。 冷たく淀んだ暗黒の空間には、深海のクラゲのようにゆらゆらと漂う無数の『青白い光』の群れが広がっている。


「……さてと。さっきは素通りしちゃったけど、改めて見るとかなりの数だな」


光彦は速度を落とし、漂う光の間をゆっくりと浮遊しながら観察を始めた。 よく見れば、それらの青白い光の大部分は、輪郭がぼやけて今にも消え入りそうなほど希薄な残滓だった。おそらく十年前のオリジン大虐殺で持ち込まれ、実験材料として擦り減らされた魂の欠片だろう。 しかし、その無数の残滓から少し離れた一角に――明らかに他とは違う、ひときわ強く澄んだ輝きを放つ『五つの光』が、互いにはぐれないよう寄り添うようにして漂っていた。


(お……? あそこにある五つの魂だけ、波長がすごく新しいし、欠損もなくて綺麗に残ってるぞ)


光彦がその五つの光へと近づいていく。

目を凝らせば、それは単なる丸い人魂ではなかった。青白い光の膜の内側に、うっすらとではあるが「誰かの姿」のような半透明のシルエットが、眠るように丸まって揺らいでいたのだ。


(これが、如月美憂の大鎌によってエデンから玉突きで弾き出されてきた、『本来の持ち主たち』の魂か……)


光彦は、最も手前で小さく震えていた一つの光の球へとそっと近づいた。 いきなり見知らぬ暗闇へ飛ばされ、自分の肉体まで失って怯えているのだろう。光彦は、マンションの裏庭で野良猫に接していた時と同じように、できるだけ威圧感を消し、穏やかで優しい声色でその光に語りかけた。


「――もしもーし。もう怖いことはないっすよ。俺の声、聞こえますか?」


光彦の温かい声が静かな暗闇を揺らした、その瞬間だった。


――ポワン、と。

声をかけられた青白い光が、水面が波立つように大きく脈動した。

光彦の呼びかけによって「エデンから連れてこられた自分の意識」がはっきりと覚醒し、ぼやけていた半透明の光が収束して、明確な『エデンの姿の輪郭』を結び始めたのだ。


「……え……? あ、れ……わたし……?」


光の中心から現れたのは、頭頂部にふさふさとした三角形の猫耳と、しなやかな尻尾を持ったフェリシア族の幼い少女の半透明な姿だった。 佐々木夏芽の魂が流入したことで器を押し出された、薬草店の少女――本来の『ルナ』の魂である。


「おおっ、意識がハッキリして姿が出た!」


光彦が目を丸くする中、ルナの目覚めに呼応するかのように、隣で寄り添っていた二つの光へも光彦が「そっちの二人も、もう大丈夫っすよ」と声をかけると、そちらも同時に輝きを増し、みるみるうちに美しい輪郭を形作っていった。


「……ここは……? エレナ、無事なの……!?」


「お姉ちゃん……! よかった、お姉ちゃんが隣にいる……っ」


半透明のエデンの姿となって現れたのは、長い耳を持ち、互いの手をぎゅっと握りしめ合うハーフエルヴンの双子の姉妹――藤原悠希と莉子に器を奪われた、本来の『エリス』と『エレナ』だった。 さらに残る二つの光も、光彦の声に導かれるように意識を覚醒させ、それぞれの本来の姿を現した。 一人は、腰から下に八本の蜘蛛の脚を持ちながらも、どこか臆病そうで清らかな瞳をしたアラクネの少女――本来の『セシリア』。 そしてもう一人は、艶やかな長い蛇の下半身を持ち、突然の事態に戸惑いながらも凛とした気配を宿すラミアの女冒険者――伊藤南に肉体を乗っ取られたばかりの、本来の『メーリア』だった。


「わたし、たしか森の洞窟で黒い渦に呑み込まれて……」


「あれ? わたし、さっきまで野営地でみんなとスープを飲んでたはずなのに……どうなってるの、これ……!?」


光彦が声をかけたことで意識と輪郭を取り戻した五人の少女たちが、暗闇の中で困惑しながらも互いの顔を見合わせる。


「いや〜、驚かせちゃってごめんね、お嬢ちゃんたち。まずは落ち着いて俺の話を聞いてくれるかな」


光彦は不安そうに身を寄せ合うルナたち五人の魂の前にスッと立ち、優しい笑顔を浮かべて胸を叩いた。


(なるほどな。エデンから弾き出された魂たちは、こうやって意識を保ったまま天獄に囚われていたわけか。……よし、まずはこの子たちを安全な場所へ保護して、すぐにベルゼ様と神崎さんたちに報告しないとな!)


天獄の暗闇の中で目覚めた五つの魂と、彼女たちを見つけた冥界の調査員。 それぞれの世界で絡み合った因果の糸が、いま確かな形となって結び直されようとしていた。


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