↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Re:incarnation of Fate   作者: ヴィシュヌ
第5章:交錯する因果と月下の夜想曲

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/97

シーン1:ゼロからイチへ

見渡す限りの荒涼とした大地を、冷たく澄んだ夜風が吹き抜けていく。


ここは鏡像世界『ミラージュ・エデン』の果て、地図にすら記されていない古代遺跡の頂。雲ひとつない夜空には、地上を青白く照らし出す巨大な『青い月』がぽっかりと浮かんでいた。


「……っ」


遺跡の縁に立ち、静かに夜空を見上げていた少女――フランジールが、突如として小さく息を呑んだ。 空間に関わる特異な能力を操る彼女は、今しがた世界の彼方から伝わってきた「異質な揺らぎ」を誰よりも敏感に察知していた。


「エリオット。……今の、感じた?」


フランジールが振り返り、緊張を滲ませた声で問いかける。


それは、ここ数ヶ月の間に何度か感じ取った微かな空間の歪みとは、明らかに次元が異なっていた。世界の理(ルール)そのものがミシリと音を立てて軋むような、重く、そしてどこか気高い波動。


彼女の問いかけに、傍らで古びた石柱に背を預けていた青年――エリオット・ヴァンガードがゆっくりと瞼を開けた。彼の肩のあたりでは、淡い光の粒子を纏った小さな妖精が、不安そうに羽を震わせている。


「ああ。はっきりとね。……ずいぶんと無茶な飛び込み方をする」


永きにわたりこの世界の変遷を見つめ続けてきたエリオットの深い瞳が、遥か遠くの空へと向けられる。 まるで、バラバラだった運命の駒が、ついにこの大地の上に揃い始めたかのように。

エリオットは青く輝く月を見上げ、誰に聞かせるでもなく、静かな決意を込めて呟いた。


「……いよいよ、始まるんだね……」


伝説と謳われる冒険者が紡いだその言葉は、冷たい夜風に乗って、静かに世界の闇へと溶けていった。



◆



――同時刻、原典世界(オリジン)。東京の静まり返ったワンルーム。


「おい、神崎……! まだ目が覚めないのか!? 本当に大丈夫なんだろうな、変な魔物の巣窟とかに落ちてないだろうな!?」


神崎恭の自室では、先ほどまでの重苦しい「反省会」の空気はどこへやら、一人の男が胃を押さえながらウロウロと部屋の中を歩き回っていた。


職場の頼れる先輩・高橋尚人――もとい、神界から派遣された監視者たる神『ブラフ』である。 正座での尋問から解放された彼は、エデンへ飛び込んだ最愛の妹・優子(サラ)の安否が心配でたまらず、結局そのまま恭の部屋に居座り続けていたのだ。


「落ち着きないのは貴方の方ですよ、高橋先輩。そんなにウロウロされると目が回るんで、少し黙って見ててください」


恭はパイプ椅子に深く腰掛け、呆れたようにため息をつきながら、空中に展開した半透明の『観測窓』を見つめていた。隣に浮かぶ別ウィンドウの中では、天獄の女神ベルゼがまだ少しバツの悪そうな顔で体育座りをしている。


その時、観測窓の映像がわずかに揺れた。 画面の向こう――蒼い月が照らすエデンの薄暗い森林地帯で、冷たい草の上に倒れ伏していた高橋優子の指先が、ピクリと動いたのだ。


「あ! 動いたぞ、神崎! 優子が目を覚ました!」


高橋尚人(ブラフ)が恭の肩を掴んで画面に身を乗り出す。

映像の中の優子は、ゆっくりと身を起こし、見知らぬ異世界の木々を見渡していた。転移の衝撃による外傷はない。


だが、安堵したのも束の間だった。


ガサリ、と背後の茂みが大きく揺れ、飢えた赤い目をギラつかせた巨大な魔獣――牙を剥き出しにした

『黒顎狼(ブラック・ハウンド)』の群れが、無防備な優子めがけて一斉に飛びかかったのだ。


「ゆ、優子ーーーっ!? おい神崎、危ないぞ! 今のあいつは神の力を失ってるんだ、なんとかしろ!!」


「だから、干渉はできませんって言ったでしょう。……それに、ちゃんと見ててくださいよ」


パニックになって叫ぶブラフを、恭は冷静な声で制した。 恭の目は、画面の中の優子の「瞳」を正確に捉えていた。迫り来る魔獣の牙を前にしても、彼女の瞳には恐怖も動揺も一切宿っていなかったのだ。


優子が、静かに両手を前へ翳す。 次の瞬間――彼女の右手から、夜の森を白昼のように染め上げる眩い『光』の奔流が迸った。同時に、彼女の左手からは、空間そのものを削り取るような深い『闇』の魔力が渦を巻いて溢れ出した。


光と闇。相反する二つの魔力が螺旋を描いて交差し、襲いかかってきた魔獣の群れを、悲鳴すら上げさせずに一瞬で呑み込み、跡形もなく消滅させた。


静寂が戻った森の中で、優子は自分の右手から消えゆく温かい光の残滓を見つめ、あの日自分を守って散った青年の姿を思い浮かべるように、そっと胸に手を当てていた。


「お、おお……っ!?」


『な、なんじゃ今の力は……!? サラのやつ、本来の力とは全く違う『光と闇』の古代魔法を操ったぞ!?』


ブラフが目を丸くし、画面の向こうのベルゼが驚愕の声を上げる。


「光と闇の古代魔法……? 待てよ、その魔力の波長……あの後藤光彦が持っていた冥界の力と同質だぞ。なぜ優子があいつの力を……?」


ブラフが呆然と呟くが、すぐに「い、いや、それより無事だった……! さすが僕の妹だ、天才か……!?」と感極まったように胸を撫で下ろし、その場にへたり込んだ。神としての威厳など、もはや欠片も残っていないただのシスコンである。


そんな兄神の姿を冷めた目で一瞥しつつ、恭は自分の両手のひらに視線を落とした。 ズキン、と熱い脈動が血管を駆け巡る。 意識を集中させると、恭の右手のひらに淡い白光が灯り、左手のひらから黒い影のオーラがゆらりと立ち昇った。


「……なるほどな。『光』と『闇』か。どうやら優子さんは、俺の電車を通ったことで、本来の力とは別の新しい能力に目覚めたらしい」


恭が軽く手を握り込むと、光と闇の魔力はすっと消え去った。 理由はどうあれ、これで恭の手札にも、また未知の力が二つ追加されたことになる。


「ま、何にせよ、優子さんはあの通り自分の身を守れる力を得たみたいです。エデンの方は、しばらくこうして『観測窓』から静観してるだけで問題ないでしょう」


恭は観測窓を小さく縮小して空間の隅へ追いやると、真剣な眼差しでブラフとベルゼに向き直った。


「それより、問題はこっち(オリジン)だ。……先輩、今の美憂の状態はどうなってます? さっきベルゼは『後藤を刈り取ったことで6人目だ、あと1人で暴走する』って言ってましたけど」


恭の問いに、妹の無事でようやく冷静さを取り戻したブラフが、スッと神としての鋭い表情に戻り、目を閉じてオリジン全域の気配を探った。


数秒後。目を開けたブラフは、困惑と警戒が入り混じった険しい声で告げた。


「……奇妙だな。美憂ちゃんの居場所はまだ掴めない。だが……暴走の兆候が、ピタリと収まっている」


「収まってる? どういうことですか?」


『む……そうか、後藤光彦の魂じゃ!』


画面の向こうで、ベルゼがハッとしたように声を上げた。


『あやつは1層世界の人間ではなく、2層世界(冥界)の住人じゃった。ただの人間の脆い器に5人もの魂を詰め込んでひび割れていたところに、強靭な2層世界の魂を刈り取って取り込んだことで……その魂が強力な「補強材(バイパス)」として機能し、器の崩壊を止めて安定させてしまったのじゃ!』


「器が補強されて、安定した……?」


「ああ」とブラフが重く頷く。


「メフィストの奴、最初からこれを狙って美憂ちゃんを優子にけしかけたのか?器のひび割れが落ち着いたということは、裏を返せば……美憂ちゃんが暴走せずに『まだ複数の魂を刈り取れるだけの余裕』が増えてしまったということになる」


恭はギリ、と奥歯を噛み締めた。 美憂が今すぐ自滅する危機が遠のいたこと自体は、不幸中の幸いだ。時間が稼げる。だが、器が補強されたとなれば、メフィストは必ずさらなる狩りへと美憂を駆り立てるに違いない。


「……時間稼ぎができたなら、それでいい。メフィストが次に美憂を動かす前に、俺が見つけ出して、あのふざけた呪いを引っ剥がす」


静かな殺意を込めて宣言した恭は、そこでふと、ひとつの疑問に気づいたように首を傾げた。


「……ところで。美憂の器の補強材(バイパス)に使われた後藤の魂自体は、結局どこへ行ったんです? 美憂の能力で刈り取られた魂は、エデンにいる『同位体』の肉体に成り代わるんですよね? でも、冥界の住人である後藤には、エデン側に乗っ取るべき同位体の器なんて存在しないはずですが」


恭の至極真っ当な指摘に、ブラフとベルゼの動きがピタリと止まった。


二柱の神は、ゆっくりと顔を見合わせる。


「「……あ」」



◆



――その頃。


光すら届かない、どこか見知らぬ暗黒の空間。


冷たく淀んだ闇には、青白い燐光を放つ無数の「何か」が、まるで深海のクラゲのようにゆらゆらと漂っていた。恐怖と絶望に震えるような微かな波長が、空間全体に重苦しく渦巻いている。


ボワン、と。 そんな静寂の真ん中に、突如として小さな空間の歪みが生じ、ひとつの「半透明の影」がポツンと吐き出された。


「……んー……? あれ……?」


うつ伏せに浮遊していた後藤光彦は、ゆっくりと身を起こし、ぱちくりと目を瞬かせた。 最後に覚えているのは、暴走した大鎌の女から優子を庇い、全身をズタズタに引き裂かれながら、優子の頬に触れて意識を失った瞬間だ。


光彦は自分の手を見下ろした。透けている。

足元を見る。地面がなく、ふわふわと宙に浮いている。


そして周囲を見渡せば、暗い空間の中で、無数の青白い人魂のような光が、突然現れた光彦をギョッとしたように遠巻きに見つめていた。


自分が今どういう状態になっているのかも、ここが世界のどこなのかも、まだ全く理解していない光彦は――。


とりあえず、いつものお気楽な調子でポリポリと後頭部を掻きながら、周囲の青白い光たちに向かって朗らかに手を振ってみせた。


「もしもーし? ……あれ、ここどこっすかね?」


場違いにも程がある間の抜けた声が、暗い空間に虚しく木霊した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。