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Re:incarnation of Fate   作者: ヴィシュヌ
4章:輝く月の源に

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シーン14:魂の行方

冷たい空気が、肌を粟立たせる。

無機質なコンクリートに囲まれた地下の管理室。規則的な機械の駆動音だけが、静寂を際立たせていた。


部屋の中央に鎮座するカプセル型の保管装置の中で、後藤光彦は目を閉じていた。

霜が降りたガラス越しに見える彼の顔は、まるで深い眠りについているかのようだ。だが、その胸は上下しておらず、生命の律動は一切感じられない。ただの「物体」として、そこに保存されている。

魂の抜け落ちた、ただの器。


「……光彦、くん……」


優子は震える手をガラスに押し当て、息を呑んだ。

その瞬間、頭の奥でガンガンと鐘を叩くような激痛が走る。


――違う。ここは私の知る世界じゃない。


――私が探さなきゃ。あの子を。助けなきゃ。


脈絡のない映像、光、声。それらが濁流のように優子の脳内に流れ込んでくる。オリジンの「高橋優子」としての平穏な記憶を塗り潰すように、神界の女神としての記憶が、強引にその蓋をこじ開けようとしていた。


「少しずつ、思い出し始めているようだな」


背後から響いたその声に、優子は弾かれたように振り返った。


そこに立っていたのは、兄である高橋尚人だった。


いつもと同じ、端正で穏やかな顔立ち。しかし、その瞳には普段の「優しい兄」の面影は微塵もない。力を持つ者特有の、冷徹で底知れない光が宿っていた。


「……お兄ちゃん」


優子は荒い息を吐きながら、彼を睨みつけた。頭痛を堪えるように、自らのこめかみを強く押さえる。


「ううん。あなたは……『ブラフ』。そうよね?」


その名を聞いても、尚人――ブラフは眉一つ動かさなかった。ただ静かに、優子を見据えている。


「教えて……。私の中に蘇る、この記憶はなに? ここはどこ? 私は……私は誰なの? どうして、あなたは神としての記憶と力を保ったまま、この世界で平然としていられるの?」


矢継ぎ早に投げかけられる問い。それは優子自身の存在を揺るがす、悲痛な叫びでもあった。

ブラフはゆっくりと歩み寄り、光彦の眠るカプセルを一瞥した。


「なぜ僕が力を保っているか。それは単純な話だ。僕がこの一層世界(オリジン)にいるのは、統治者の『差金』による特例だからだよ」


「特例……?」


「そうだ。本来、この世界に神が直接干渉することは許されない。だが、君たちのように封印の理をすり抜けようとするイレギュラーが存在する以上、監視者が必要になる。……僕はその役割を負わされている。君の保護、そして囚われたベルゼの救出。さらには、不用意に他の神々がこのオリジンで暴走するのを防ぐためにね」


ブラフの言葉に、優子は息を呑んだ。ベルゼ。その名を聞いた瞬間、胸が締め付けられるような焦燥感が湧き上がる。


「10年前……」


優子は喘ぐように言葉を紡ぐ。


「10年前の、あの惨劇……あれも、あなたが……?」


「僕が抑え込んだ。冥界の過激派たちがゲートをこじ開け、このオリジンは崩壊の危機にあったからね。だが、その発端を作ったのは、他でもない君だぞ、サラ」


サラ。


その名で呼ばれた瞬間、優子の脳裏に決定的な記憶がフラッシュバックした。


親友であるベルゼが、フィストの罠に嵌められ、忽然と姿を消したあの日。


誰よりも早くその異変に気づいた彼女は、絶望と焦燥に駆られた。周りの制止を振り切り、誰に相談することもなく、彼女は禁忌に手を染めたのだ。


「私が……自分の意志で、飛び出した……?」


「そうだ」


ブラフの冷たい声が、事実を突きつける。


「君は、ベルゼを救いたいという感情だけで動いた。本来なら越えられない二層と一層の壁を越えるため、君は自らの魂を強制的に『分割』し、このオリジンへと身を投げたんだ。僕が止める間もなくね。……その結果が、今の君だ」


優子はよろめき、カプセルに背を預けた。


「魂の分割……」


「かつての侵略戦争で消耗した魂は魂が二つに分かれた。その魂を守るため、統治者は世界を分断した。ここ『オリジン』は、記憶を封じた魂を鎮魂する為の世界。そしてもう一つの世界『ミラージュ・エデン』は、魂の能力を封じる世界だ。この二つの世界に魂を切り離すことで、完全な封印としたのが『魂の呪縛』の理だ」


ブラフは冷酷なまでに淡々と、世界の構造を明かしていく。


「君は自らその理を利用し、魂を分割してこの世界にやってきた。その代償として、君は女神としての力を失い、記憶の大半を封じられたただの脆弱な『人間・高橋優子』になり下がった。それが今の君の正体だ」


突きつけられた真実に、優子の呼吸が浅くなる。


自分が無力なのは、誰のせいでもない。かつての自分が、親友を救うために選んだ代償だった。だが、それでも聞かなければならないことがあった。


「ベルゼは……ベルゼはどうなってるの!? 10年前、罠に嵌められて姿を消してからずっと……今、どこにいるの!? 無事なの!?」


優子はすがるようにブラフの胸ぐらを掴もうとしたが、見えない力に阻まれ、数歩手前で弾かれた。


「無事、とは言い難いな」


ブラフは冷徹に事実だけを告げる。


「フィストの手によって『天獄(ゲート)』に封じられた彼女は、今もあそこで世界の崩壊を食い止める人柱になっている。意識は混濁し、永遠にも等しい苦痛を味わい続けているだろう。僕が監視者としてここにいるのも、彼女をあの天獄から引きずり出す盤面を整えるためだ」


「天獄に……そんな……! じゃあ、早く助けなきゃ……!」


「慌てるな。盤面は既に動き出している。ベルゼは今、この現世にいる一人の青年と繋がっている」


「……誰と?」


「神崎恭だ」


ブラフの口から出た名前に、優子は微かに目を見開いた。


「僕は『高橋尚人』という人間の先輩として、彼に接触し、監視してきた。神崎恭を通してベルゼの干渉を促し、そして……彼自身の内に眠る『死神』の力を利用するためにね」


「死神……?」


「ああ。神崎恭の能力は、【魂の呪縛】によって引き出されたものだ。かの時代に【死神】と呼ばれ恐れられていた能力の一部を、ベルゼが権能として呼び起こしたのにすぎない。だが、彼は異世界(エデン)へ転移者を送るたび、その転移者の能力までも得て、かつての【死神】の力の片鱗まで使えるようになってきているんだ」


意味深な事を言いながら、ブラフは視線を落とし、カプセルの中で眠る後藤光彦を見た。


「そして、この後藤光彦の肉体を回収したのも僕だ」


「どうして……光彦くんがこんな姿に……魂はどこへ行ったの?」


「彼の魂は、恭の恋人である如月美憂の大鎌によって刈り取られ、エデンへと送られた」


「その人が……? どうして光彦くんの魂を……」


「彼女はフィストの甘言に乗せられ、複数の異能の過負荷に苦しみながらも【刈り取る者(リーパー)】として魂を刈り取っている。恭の能力とは全く別の因果で、彼女もまた盤面の中で踊らされているに過ぎない。……光彦の魂が肉体から切り離された直後、警察や他の神々が介入する前に、僕がこの器を回収し、ここに保存した」


恭の恋人だという見ず知らせの女性が、光彦の魂を奪った。そして兄は、異なる因果で動く彼らの状況をすべて把握した上で、止めもせずに傍観し、肉体だけを回収したというのか。


「どうして……っ。あなたが力を持っているなら、止められたはずじゃない! なのに、どうして光彦くんを見殺しにしたの!」


「見殺し? 勘違いするな、優子」


ブラフの瞳が、剣呑な光を帯びて細められた。


「彼は、ただの不運な人間ではない。後藤光彦の正体は、純然たる『冥界の住人』だ」


「……っ!」


予想外の事実に、優子は言葉を失った。


「冥界の、住人……? 光彦くんが……?」


「そうだ。彼がなぜこのオリジンに紛れ込み、何を企図して動いていたのか……それを含めて、彼は彼自身の因果で動いていたに過ぎない。君が同情するような、か弱い被害者ではないんだよ。肉体から切り離された彼の魂は、おそらくミラージュ・エデンに向かったはずだ」


残酷な真実に、優子は震える両腕で自らを抱きしめた。

それでも、優子にとって後藤光彦は、このオリジンで共に過ごした人間だった。彼がどんな素性であれ、魂を奪われ、抜け殻のようになってしまった彼を見捨てることなどできなかった。


「私……私が探しに行く。ベルゼも、光彦くんの魂も……!」


優子は顔を上げ、必死の覚悟で兄を睨みつけた。


「やめろ」


一言。


たった一言だったが、それは物理的な圧力を持って優子の身体を弾き返した。


「あ……っ……」


床にへたり込んだ優子を見下ろすブラフの目は、氷のように冷たかった。


「今の君に何ができる? 神としての記憶を取り戻しかけているとはいえ、君の『能力』はこの世界にはない。元の力を完全に取り戻すには、ミラージュ・エデン側にある『魂の片割れ』を回収しなければならないんだぞ」


「魂の……片割れ……」


「あちらの世界には、君の能力を受け継いだもう一人の君がいるはずだ。それと統合しない限り、君はただの記憶の器に過ぎない。この過酷な理の前では、何一つ変えることのできない矮小な存在だ。君が動けば、不用意に盤面を乱すだけだ。きっと後悔する。」


ブラフは踵を返し、出口へと向かう。


「大人しくしていろ、優子。君の身の安全は僕が保証する。……だが、それ以上の無謀は許さない。これ以上、僕の監視下で勝手な真似をすれば、兄としてではなく、監視者として君を拘束することになる」


「待って……お兄ちゃん……っ!」


優子の悲痛な叫びは、重い鉄扉が閉まる音にかき消された。


冷え切った管理室の中、機械の駆動音だけが再び響き始める。


無力感と絶望に苛まれながら、優子は光彦のカプセルの前で、ただ静かに涙を流すことしかできなかった。


かつて親友を救うために飛び出した彼女は今、何一つ救えない己の脆弱さに縛り付けられ、ただ真実の重みに押し潰されていた。


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