シーン12:アルディシアの夜
霊峰での上位竜との死闘を越え、アルディシアの街へ帰還した【アニマの器】の面々を待っていたのは、冒険者ギルドの喧騒と、思いがけない高評価だった。
「――以上の結果を持ちまして、本クエストの達成を認定します。また、霊峰での多大な貢献と実力の向上を鑑み、ルナ様、ならびにエリス様、エレナ様は、冒険者ランク『B』への昇格とさせていただきます」
受付嬢の声がギルド内に響き渡ると、周囲の冒険者たちからどよめきとどよめきを越えた感嘆の息が漏れた。
無理もない。このミラージュ・エデンにおいて、冒険者として登録している者の総数は約七千人と言われている。その中で「Bランク」以上の冒険者は世界に208人程度しか存在せず、彼らは国やギルドから一目置かれる『上位ランカー』として扱われるのだ。
事故やその他の不確定要素はあったものの、今回、彼女たち3人がBランク入りを果たしたことで、その数は211人となった。
新しいランクが刻まれたギルドカードを受け取り、ルナは目を丸くして立ち尽くし、エリスとエレナは互いの顔を見合わせて小さく歓声を上げた。
「やった……! これでついに、冬夜お兄ちゃんと同じランクだね!」
「うん。私達も、胸を張ってこのパーティの主力だって言えるよ」
喜ぶ彼女たちを見て、今回ランク据え置きとなった瑞希(Aランク)と冬夜(Bランク)は、我が事のように目を細めていた。
圧倒的な力を持つ上位竜との戦いにおいて、誰一人欠けることなく生き残り、こうして成果を認められた。その事実が、パーティ間の実力差を完全に埋め、確かな結束を生み出していた。
「まあ、これで俺と同じBランクってわけだ。抜かれないように俺も気合い入れ直さねえとな」
冬夜が少しだけ照れくさそうに笑いながら口を開く。
「でも、Bランクの上……世界に五十人しかいない『Aランク』にちゃっかり上がってる瑞希には、まだ届かないけどな」
「だから、それは道中のポイントが合算されただけで……!」
エリスたちが感心したように見つめる中、瑞希は居心地悪そうに頬を掻いた。
◇ ◇ ◇
その日の夜。アルディシアの路地裏にある馴染みの酒場は、祝勝会を開く彼女たちの熱気で包まれていた。
テーブルには豪勢な料理と、エールがなみなみと注がれた木製のジョッキが並んでいる。
「それにしても……なんだか不思議な気分だよね」
ジョッキを傾けながら、姉のエリス——藤原悠希がふと息をついた。
元の世界では、彼女と妹の莉子は22歳の大学生だった。
瑞希にとっては本来、少し大人びた年上の先輩にあたる。
講義の合間にカフェで談笑し、サークルやバイトに明け暮れる、そんな平和な日常を送っていたはずだった。
「元の世界じゃ、命懸けで剣を振るうなんて想像もしてなかったのに。今じゃすっかり、こっちの冒険者生活に馴染んじゃってる。世界でたった200人ちょっとしかいないBランクなんて言われて、本気で喜んでる自分がいるし」
莉子の言葉に、瑞希も手元のグラスを見つめて小さく頷く。
隠密スキルを駆使し、血の匂いと死線が隣り合わせの毎日。元の世界の自分が見たら、今の自分をどう思うだろうか。
「……でも、忘れたわけじゃないよな」
不意に、冬夜が静かな、しかし熱を帯びた声で言った。
彼の言葉に、テーブルの空気が少しだけ引き締まる。
「俺たちがここまで必死に強くなってきたのは、ただ冒険者として名を上げるためじゃない。最上位である『Sランク』に辿り着き、このミラージュ・エデンの世界の秘密……システムの中枢を暴き出すためだ」
「Sランク冒険者……。現在、世界でたった十三人しかいないという、頂点の存在……」
夏芽が真妙な顔つきで呟く。しかし、瑞希はそこでふと、ギルドの資料室や情報屋から集めていた知識を思い出し、口を開いた。
「ううん、Sランクが頂点じゃないわ。その上に……世界でたった五人だけ、『レジェンドランク』と呼ばれるSSランク以上の化け物たちがいるの」
「五人……?」
悠希たちが息を呑む中、瑞希は記憶を辿るように語り始めた。
「一人は、強さを求めて世界を放浪するSSランクの求道者、アレク。水と土を操る格闘術の達人で、相手が強いほど能力が上がるっていう戦闘狂らしいわ」
「もう一人は、旧魔導領域ネルガルの奥地に隠居している魔女、九龍。人体と魔導の研究を長年続けているSSランクよ」
「それから、辺境樹海国グラニア出身のSSランク、フランジール。空間に関わる能力を持っていて、世界唯一のSSSランク冒険者と共に行動しているとか」
「……ちょっと待って。唯一のSSSランク?」
冬夜が眉をひそめた。
「ええ。エリオット・ヴァンガードっていう名前の伝説の冒険家よ。妖精を連れていて、千年の時を旅した経験があるっていう逸話すらあるわ。世界の真実を見つけるために旅をしていて、『精霊剣』という規格外の力を使うらしいの」
そのスケールの大きさに、テーブルは一瞬、静まり返った。自分たちが目指す遥か頭上には、文字通り神話や伝説レベルの存在が君臨しているのだ。
「でもね……私の一番気になっているのは、最後の五人目よ」
瑞希の声のトーンが下がる。
「そのSSランク冒険者は、五年前に突然現れて、たった一年でSSランクに到達したの。ギルドには興味がないらしく、助けられた人々が勝手に評価してSSランク扱いになっているらしいんだけど……その冒険者、ギルドへの登録名を、日本語で『匿名希望』にしているのよ」
「……『匿名希望』!?」
藤原姉妹が同時に声を上げた。冬夜も目を丸くしている。
「この世界には無い物体を操るっていう噂もあるわ。間違いないと思う。その人はきっと……私達と同じ、原典世界からの転移者か転生者よ」
「俺たち以外にも、そんな途方無いレベルに到達した日本人がいるのか……」
冬夜がギュッと拳を握りしめた。驚きと共に、確かな希望が込み上げてくる。
もしその『匿名希望』に会うことができれば、世界の秘密や、原典世界へ帰るための手がかりを知っているかもしれない。
原典世界と鏡像世界。なぜ自分たちはここにいるのか。この歪な世界の理の裏に何が隠されているのか。
その真実を掴み取り、運命を切り拓く。それこそが【アニマの器】というパーティの最大の目的だ。
「ええ。どんなに過酷でも、絶対にそこまで辿り着いてみせる」
瑞希の決意に満ちた言葉に、夏芽も、悠希も莉子も深く頷いた。
異世界に呑み込まれ、最初は生き残るだけで精一杯だった。しかし今は違う。彼らは確かな目的と絆を持ち、自らの意志でこの世界に立ち向かおうとしている。
「――いいツラ構えになったじゃねえか、お前ら」
ふいに、背後から野太い声が響いた。
振り返ると、そこには腕組みをしたギルドマスターが立っていた。周囲の喧騒を意に介さない、鋭く重い気配。彼は瑞希たちを見回し、ニヤリと口角を上げた。
「上位竜のプレッシャーを跳ね除け、一皮むけたって顔をしてるな。……今の見どころのあるお前たちだからこそ、回したい話がある」
ギルドマスターは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、ドンッとテーブルの中央に置いた。
それは、通常のクエストボードには決して貼り出されない、特秘の依頼書だった。
「次の舞台は、生半可な覚悟じゃ生き残れねえ。どうだ、お前ら。受ける覚悟はあるか?」
瑞希と冬夜は顔を見合わせ、そして迷いなくギルドマスターに向き直った。
次なる過酷な運命へ向けて、【アニマの器】の新たな旅が幕を開けようとしていた。




