シーン11:その白銀は霊峰に眠る
銀竜の咆哮が吹雪を切り裂き、大気が震える中、5人の影が白銀の雪原を疾走した。
猛吹雪の中、冬夜が正面から突撃する。しかし、銀竜はただ的になるような愚かな獣ではなかった。
「ガアアァァァッ!!」
竜が咆哮と共に巨大な翼を羽ばたかせると、圧縮された無数の氷の礫が散弾のように降り注いだ。
「くっ……『共鳴増幅』、出力最大!」
莉子が増幅させた風の障壁を展開するが、上位竜の放つ質量を持った氷弾は、瞬く間に障壁を削り取っていく。
「させないわ……ッ! 【水土複合流・泥壁の城】!」
夏芽が追撃防ぐために泥壁を隆起させる。だが次の瞬間、竜の巨体が弾丸のように突進し、分厚い泥壁ごと夏芽たちを吹き飛ばそうと激突した。
「がっ……ぁぁッ!」
「悠希!」
最前線で大剣を盾にした悠希が、凄まじい衝撃に血を吐くような呻き声を上げ、数十メートルも雪原を後ずさる。
「悠希、耐えろ! 俺が気を引く!」
冬夜が竜の側面へ回り込み、牽制の炎を放つ。だが、竜の纏う『絶対零度の鎧』は、通常の炎など表面に届く前に凍りつかせて霧散させてしまう。
「ハァッ、ハァッ……くそっ、これじゃ最大火力を撃ち込む隙がねえ……!」
冬夜が焦燥に歯を食いしばる。
鎧を熱衝撃で割るための大技――【極限圧縮の雷炎】を放つには、義手に莫大な魔力を練り上げるための長いチャージ時間が必要だ。だが、銀竜の猛攻は一瞬の隙も与えてくれない。
「私が隙を作るわ! 冬夜はチャージに集中して!」
瑞希の声が吹雪の中から響いた。
彼女は【透明な拒絶】で気配を完全に絶ちながら、竜の死角を高速で移動し、小剣で関節の隙間を執拗に狙う。
ガキンッ! キィンッ!
刃は尽く障壁に弾かれ、瑞希の手首から血が滲む。だが、ハエのようにまとわりつく不可視の攻撃に、銀竜のヘイトが完全に瑞希へと向いた。
巨大な顎が、瑞希を噛み砕こうと大きく開かれる。
「今よ、冬夜ッ!」
瑞希が雪を蹴って竜の視界から跳び退いた瞬間。
「恩に着るッ! 限界突破……燃え尽きろォォォッ!!」
十分なタメを完了した冬夜の左腕から、紫電を纏った【極限圧縮の雷炎】が、凄まじい推進力と共に銀竜の胴体へと叩き込まれた。
ドバァァァンッ!!
「今だ! 夏芽、莉子!」
「任せて! 全魔力解放……【水土複合流・瀑布の檻】!」
「お姉ちゃんに合わせて増幅するよ! ――『極低温圧縮』!!」
冬夜が強引に作り出した灼熱の空間に対し、夏芽が叩きつけた大量の水を、莉子の魔力増幅を受けた冷気が一瞬にして凍てつかせた。
超高温から、絶対零度への急転直下。
パァァァンッ……!!
悲鳴のような音を立て、絶対に砕けないと思われた魔力障壁に巨大な亀裂が走る。
「ガァァァッ!?」
熱衝撃による予期せぬ破壊に、銀竜が初めて明確な焦りを見せた。竜は慌てて山頂方向からの吹雪を吸い上げ、砕けかけた鎧を強引に修復しようとする。
だが、その一瞬の隙こそが、彼女の狙いだった。
「遅いわ」
猛威を振るう吹雪の中、完全に気配を絶っていた瑞希が竜の首元へと肉薄する。
「繋がりは、断ち切らせてもらうわ」
「【領域の切断】!!」
瑞希の小剣が、空間そのものを裂くように一閃された。
竜と、この雪山の『吹雪』を繋いでいた魔力の供給ラインが、鮮やかに断ち切られる。
パリンッ……!!
冷気の供給を絶たれた銀竜の障壁が、ついに限界を迎え、粉々になって虚空へ散った。白銀の鱗が、完全に無防備な状態へと晒される。
「これでトドメだぁぁぁっ!」
悠希が泥壁の装甲を纏った大剣を構え、地響きを立てて突進する。障壁を失い体勢を崩した竜の足元に強烈な一撃を叩き込み、その巨体を大きく傾かせた。
宙に舞い上がっていた冬夜が、再び左腕に限界突破の紫電を集中させる。
「終わりだ、トカゲ野郎ッ!」
落雷の如き速度で急降下した冬夜の拳が、無防備になった銀竜の頭部へ、渾身の雷炎を撃ち抜いた。
閃光。そして、遅れてやってくる鼓膜を破るような大爆発。
「グ、ギャアアアァァァァァ…………ッ」
断末魔の叫びと共に、美しい上位竜はどすんと雪原に墜落し、二度と動かなくなった。
◆
「……すげぇ……」
岩陰でその一部始終を見ていた伊藤南――ザックは、男の低い声を震わせ、ガチガチと鳴る歯を食いしばりながらへたり込んでいた。
上位竜のブレスで、他の冒険者たちは一瞬で全滅した。だが、あの5人はたった一度の機転と連携で、自分たちでは傷一つつけられなかった怪物を完全に沈めてみせたのだ。
(冗談じゃないわ。まともにやり合って勝てる相手じゃない……ッ!)
絶望的な実力差。だが、同時に南は冷や汗を拭い、急速に冷静さを取り戻しつつあった。
そもそも、彼女がこのレイドクエストに紛れ込んだのは、この異世界の仕組みや冒険者の実態を知るための情報収集に過ぎない。元の世界の人間たちとこんな場所で遭遇したのは、ただの偶然だ。
(私の目的は、あくまで『先生』を見つけ出すこと……。あいつらに無駄な執着をしてる場合じゃないわ)
もし今後、あの圧倒的な力を持つ5人が、愛する先生探しの障害になるというのであれば話は別だ。その時は、どんな手を使ってでも確実に排除する。
(今は引くわ。でも……もし私の邪魔をするなら、その時は容赦しないんだから……)
南が内心で冷たく言い放った直後、吹雪が完全に晴れ渡った。
彼女はすぐさま『腰を抜かした三流冒険者ザック』の仮面を被り直すと、ふらつく足で立ち上がり、息を整える冬夜たちへとおずおずと歩み寄った。
「あ、あんたたち……すげえな。本当に助かったよ……」
「あんた、無事だったか。まあ、怪我がないなら何よりだ」
愛想笑いを浮かべるザックに、冬夜が気さくに笑い返す。
「ああ……命拾いしたぜ。俺は他の連中と一緒に下山させてもらうよ」
「気をつけろよ」
そう短く挨拶を交わし、南は他の生き残った冒険者たちの群れへと紛れ込んでいく。その背中を、瑞希が微かな違和感を覚えたように一瞥したが、すぐに視線を外した。
◆
銀竜が絶命したことで、中腹を覆っていた異様な猛吹雪が嘘のように晴れていく。
雲の隙間から、冷たくも澄んだ月光が雪原を照らし出した。
「はぁー……っ、死ぬかと思ったわ」
瑞希が小剣を鞘に収めながら、雪の上にどっかりと座り込む。
「無茶しやがって。でも、お前のあの技がなきゃ詰んでたぜ」
冬夜が義手からくすぶる煙を払いながら笑いかけた。
「それにしても……」
息を整えながら、夏芽がふと、雪が晴れたことでくっきりと見えるようになった霊峰の『山頂』へと険しい視線を向けた。
「どうして上位竜が、あんな必死にこんな中腹に陣取ってたのかしら?」
「ええ。まるで、ここから先へは誰も通さないって言わんばかりの執念だったわ」
悠希が怪訝そうに呟く。
「俺たちの任務はあくまで『中腹までの威力偵察』だ。ワイバーンの群れが消え、代わりに上位竜が陣取っていた……これだけでも十分すぎるほどの異常事態だ」
冬夜が警戒を解かずに周囲を見渡す。
「これ以上踏み込むのは危険すぎる。負傷者もいるし、一度ギルドに持ち帰って報告を急ごう」
その判断に異を唱える者はいなかった。
5人は銀竜の討伐部位を素早く回収すると、不気味に静まり返った霊峰に背を向け、足早に下山を開始した。
◆
彼らが去った後。
猛吹雪が晴れたとはいえ、いまだ分厚い氷に閉ざされた霊峰の『山頂』。
そこは、強固な結界によって守られた、静寂と冷気の聖域だった。
月光が差し込む広大な氷の洞窟の最奥に、先ほどの銀竜が命を懸けて守ろうとしていた『それ』はあった。
冷たい雪を避けるように丁寧に集められた枯れ草と土のベッド。その中央で、白銀に輝く巨大な卵が、静かに脈打っている。
――ピキッ。
誰もいない静寂の空間に、小さな音が響いた。
銀竜が中腹で絶命したことで、母竜からの魔力供給が途絶えたのか、それとも『時』が来たのか。
ピキ、ピキキキッ……。
白銀の殻に次々と亀裂が走り、内側から眩いほどの冷たい光が溢れ出す。
そして、殻の隙間から、黄金の瞳がぬらりと闇の中を覗かせた。
静まり返る山頂では、新たな命が静かに産声を上げていた。




