シーン8:北の地の邂逅
永劫霊峰国ヴァルハイトの南端に位置する前線拠点、【銀嶺の誓約】のギルド支部前。
そこには、アルディシア、グラニア、そして旧魔導領域ネルガルという近隣三ヵ国のギルドで大々的に募集がかけられた「霊峰への威力偵察レイド」に参加するため、国境を越えて集結した凄腕の冒険者たちがひしめき合っていた。地元のヴァルハイトの冒険者たちも加わり、前線拠点はかつてないほどの熱気と緊張感に包まれている。
今回召集された参加パーティは全部で六つ。
南は被った『ザック』の皮に刻まれた記憶と立ち振る舞いを完璧にトレースし、グラニアから遠征してきたパーティ『翠緑の牙』のCランク冒険者として、その集団の中に違和感なく紛れ込んでいた。
「それでは、各パーティの代表者は手短に挨拶とランクの報告を」
ギルド職員の進行に従い、集まった冒険者たちが順に名乗りを上げていく。
南が退屈そうに周囲の顔ぶれを観察していた、その時だった。
「――【アニマの器】の、岡田瑞希です。ランクはAです。後衛の二人と共に、遊撃と火力支援を担当します。よろしくお願いします」
澄んだ、けれど凛とした声が響いた。
「Aランクだと……?」
「あの若さでか?」
冒険者たちの間にどよめきが走る。
挨拶を終えて一礼するその少女の顔を見た瞬間、南の思考は完全に凍りついた。
(……嘘でしょ? あれ、朋美先輩の後ろにくっついてた……岡田瑞希先輩?)
見間違えるはずがない。
南の視界に映っていたのは、現世と全く変わらない『人間の姿』のまま、周囲の畏敬の視線を浴びて堂々と立っている瑞希の姿だった。
その瞬間、心の中でどす黒い理不尽な怒りが爆発する。
(なんで……なんであの人が『元のまま』なのよ……!? 私はこんな醜い化け物にされて、血反吐を吐きながらやっと人間の皮を被れるようになったのに! どうしてあの人だけが、あんな綺麗な姿のままで……!)
ギリッと、ザックの顔面の下で牙が鳴る。
ギルド職員が言う。
「今回の威力偵察はホワイトワイバーンの群れの掃討と調査です。数が多く、大規模な戦闘が予想されます。参加しているパーティの中で一番ランクが高い【アニマの器】の皆さんを現場責任者として任命いたします。ご武運を。」
「わかりました。」
瑞希が、落ち着いた口調で答えた。
「そうか。あれが噂の【アニマの器】か。」
「彼女達の武勇は、ネルガルまで届いているしな。今回の活躍も期待しよう。」
口々に、他の冒険者達が言葉をかわしていた。
南は、口惜しさのあまり頭が沸騰しそうになる。感情的になりやすい彼女の悪い癖であった。
だが――その衝動は、直後に始まった霊峰での討伐戦の中で、冷水をぶち撒けられたように凍りついた。
乱戦の最中。
瑞希の隣で、異形の左腕を持つ青年が極大の雷炎を放ち、フェリシア族の少女が複合魔法で戦場を制圧する。そして瑞希自身は気配を完全に消し去り、死角から上位の魔獣を次々と屠っていく。
Aランクという肩書きは伊達ではない。異常なまでの隠密と殺傷能力。そして冷静なのだ。
(……冗談じゃないわ。なに、あの規格外の強さ……!)
南は岩陰で魔獣の攻撃をやり過ごしながら、背筋に冷たい汗を流した。
今の自分では、真正面から彼女達に挑んでも確実に殺される。あの雷炎の男に焼かれ、瑞希先輩の凶刃に首を落とされるのがオチだ。圧倒的な戦力差。それを理解した瞬間、南の煮えたぎる怒りは、極めて冷酷で理知的な「捕食者の思考」へとシフトした。
(……ふふ。いいわ、正面から潰せないなら……そのうち内側から腐らせてあげる。)
南は冷静に殺意を押し込めると、戦場の混乱に乗じて、わざと魔獣の群れが密集する地帯へと躍り出た。
「うわぁぁっ! た、助けてくれぇっ!」
悲痛な悲鳴を上げ、無様に地面を転がる。そこへ、雷炎を纏った青年と瑞希が駆けつけ、瞬く間に魔獣を吹き飛ばした。
「大丈夫ですか!?」
瑞希が駆け寄り、ザックに手を差し伸べる。
その綺麗で汚れのない手を、南は内心で噛み千切りたい衝動に駆られながらも、ザックの人の良さそうな笑顔を完璧に作って力強く握り返した。
「あ、ああ! 助かったよ、あんたたち強いんだな! 俺はグラニアの『翠緑の牙』のザックだ。本当にありがとう!」
「私たちは『アニマの器』です。怪我がなくてよかった」
ほっと微笑む瑞希。その無防備な笑顔に、南はうっとりとするほどの残酷な悦びを覚えた。
(馬鹿な女……。今はそうやって笑っていればいいわ。)
瑞希の温かい手をしっかりと握り返しながら、ザックの顔をした南は、誰にも気づかれないほど微かに、ひどく甘ったるい笑みを深めた。
かくして静かなる毒蛇は、獲物の懐へと潜り込むための最初の布石を打ち終えたのだった




