シーン11:禁書庫に眠るは・・・
異様な執念が生み出した「凍てついた死体の山」。その背筋の凍る悪意の残り香を振り払うように、冬夜たちはさらにルミナスの地下深層へと足を進めていた。
辿り着いたのは、重厚な金属の扉。教団の最奥を隔てる封印だ。
「ここから先は教団の本気ってわけか。正面からぶっ壊せば、地上の連中に一瞬でバレるな」
冬夜の呟きに、瑞希が静かに前に出る。彼女の『透明な拒絶』による神業的な隠密。夏芽の空間感知と、エリス・エレナの微細な魔力干渉がそれをサポートする。
幾重にも張り巡らされた防衛結界の「網目」を縫うように、完璧な連携で一切の音を立てず、一行は分厚い扉のロックを内側から解除した。
扉の先には、冷気と埃の匂いが支配する果てしない書架の空間が広がっていた。魔導的な真空保存結界が張られているのか、呼吸をするだけで肺から魔力を吸い取られるような息苦しさがある。
「……なんだよ、これ」
冬夜がランタンの灯りをかざすと、闇の奥までびっしりと本棚が続いているのが見えた。
並べられているのは、表の世界では決して見かけない異端の魔導書や、教団の教義と真っ向から矛盾する歴史書の数々だった。教団にとって都合の悪い事実は、全てこの地下に押し込められている。
「手分けして探そう。何か、元の世界や俺たちの状況に繋がる手がかりがあるはずだ」
冬夜の指示で、一行は静かに書架の間へと散った。
静寂の中、古紙をめくる微かな音だけが響く。やがて、夏芽が息を呑む声を漏らした。
「お兄ちゃん、これ……『魔力覚醒理論』に、『魔力不活性理論』……それに『魔力結合理論』。表の魔導ギルドじゃ完全に異端扱いされてるような研究記録ばかりだよ」
「こっちの棚はもっとヤバいかも……」
別の通路から、エリス(悠希)が分厚い革表紙の本を抱えて戻ってくる。その顔は青ざめていた。
「『魂と世界のつながり』……それに『二つの分かれた世界に関する考察』。見て、ここに『原典世界』って言葉があるわ」
「オリジン……? なんだそれ」
聞き慣れない単語に、冬夜が眉をひそめる。
「わからない。地面の記述の断片を見る限り、このエデンとは別の『外側の世界』を指してるみたい。……ひょっとして、私たちがいた現世のこと……?」
確信には至らないものの、その推測に冬夜たちの間に衝撃が走る。教団は何もかも知っていたのだ。世界が分かれていること、そして得体の知れない「外側」の世界が存在していることすらも。
「こっちには『転生』に関する記述もある。……でも、肝心の魂を分離させて元に戻すような術式は見当たらないな」
「冬夜、これを見て」
瑞希が一枚の古い羊皮紙を広げた。
「『特級封印指定・保管区画一覧』……。どうやら、教団が本当にヤバいと判断した術式や情報は、ここだけじゃなくて世界中の別の拠点に分散して隠されてるみたい」
世界の真実の断片と、次なる道標。圧倒的な情報量を前に、一行が時間を忘れて文献を読み解こうとした、まさにその時だった。
「――熱心な探求心は評価しよう。だが、教義に背く知的好奇心は身を滅ぼすぞ」
一切の感情を交えない、氷のように冷酷な声。
張り詰めていた空気が一瞬で凍りつき、冬夜たちは弾かれたように声の方向へ武器を構えた。
背後の書架の影から、音もなく複数の人影が現れる。純白の法衣を纏っているが、その目はひどく冷徹な視線を放っていた。
「我々は特務異端審問局。『白の執行者』だ」
その名を聞き、ルミナスで長く冒険者をしていたエリスが顔を強張らせる。
「白の執行者……嘘でしょ。教団の意に沿わない政治家や貴族を、秘密裏に消して回ってるっていう裏の部隊……。じゃあ、あなたが隊長の……」
「クロムウェルだ」
細身の男が、淡々と名乗る。瑞希は息を呑んだ。
隠密は完璧だった。扉を開けた後も、気配など一ミリも漏らしていないはずだ。
その疑問を察したように、クロムウェルは手元の本から視線を外し、静かに告げた。
「上層に作られた『あの悪趣味な肉の山』。その出処を監査しに来てみれば……まさか、幾重もの結界をすり抜けるネズミが入り込んでいるとはな。気配は無かった。だが、空間の魔力流にあり得ないほどの完全な『空白』があれば、そこに何かがいると嫌でも気づく」
理詰めの看破。上の階層で暗躍する「何者か」の異常行動を内偵していた彼らにとって、冬夜たちの侵入は偶然とはいえ、飛んで火に入る夏の虫だった。
「星の真理に触れた罪。慈悲はない。ここで塵となれ、異邦の迷い子たちよ」
クロムウェルが、手にした特殊な金属製の『音叉』を静かに打ち鳴らす。
キィィィィン……ッ!
高く澄んだ音が響き渡った瞬間、空間を満たしていた魔力波長が強制的にフラットに塗り潰された。
「なっ……!?」
臨戦態勢に入った冬夜の右腕。そこに宿るはずの『雷炎』の熱量が、火の粉すら上げずにすっと消滅する。夏芽やエリスたちの周囲に渦巻いていた魔力も、嘘のように霧散した。
音叉の残響だけが、冷たい書庫に響き続ける。圧倒的な火力を誇る彼らの力が、何の抵抗も許されず『虚無』に飲み込まれていく。
逃げ場のない地下深く。静寂と冷気が、冬夜たちの身体にじわじわと死の予感を絡みつかせていた。




