シーン9:輝く月は・・・
この狂った世界に放り出されてから、季節がひとつ巡ろうとしていた。
俺たちは良くも悪くも、この血と暴力にまみれた日常に慣れ始めていた。
「ルナ、右を抑えろ! 瑞希、射線を空けるぞ!」
「わかってるって!」
薄暗い森の中、俺の叫びに呼応して瑞希が牽制の矢を放つ。鋭い矢尻が魔獣の複眼を射抜いた瞬間、盾を構えた悠希が巨体の突進を真正面から受け止め、弾き返した隙に長剣を一閃する。
「莉子ちゃん、今!」
「はいっ! 【ウィンド・カッター】!」
後衛から莉子が放った真空の刃が魔獣の関節を正確に削ぎ落とし、ルナ(夏芽)が地面を隆起させて体勢を完全に崩す。
「これで……終わりだッ!」
俺は雷炎を纏わせた左の義手を、渾身の力で振り抜いた。空気を焦がす爆音と共に魔獣の分厚い装甲が吹き飛び、化け物は物言わぬ肉塊へと変わった。
「……ふぅ、一丁上がり。みんな、怪我はない?」
剣の血振るいをして息をつく悠希に、全員が頷く。
首都ルミナスを拠点にして約一ヶ月。俺たち『アニマの器』の連携は、見違えるほど洗練されていた。最初は他人の肉体を奪った罪悪感に押し潰されそうだった藤原姉妹も、少しずつ本来の笑顔を取り戻しつつある。
それでも、ここは俺たちの居場所じゃない。
その夜。ルミナスの街角にある馴染みの宿屋で、俺は一人、バルコニーの手すりに寄りかかって夜空を見上げていた。
「お疲れ。ホットミルクだけど……飲む?」
背後から声がして、瑞希が二つのマグカップを持って現れた。
「サンキュ」
カップを受け取り、二人で並んで夜空を仰ぐ。そこには、ぽっかりと『青い月』が浮かんでいた。
「……なぁ、瑞希。エデンの月って、なんで青いんだろうな」
「さあね。大気中の成分が違うとか? ま、地球とは別の星なんだから、色が違ってもおかしくないでしょ」
「そうなんだけどさ。……でも、じっと見てみろよ。あの表面の模様」
俺が指差すと、瑞希がマグカップを両手で包みながら目を細めた。
「……ん? あれ、なんか……ウサギが餅をついてるみたいな……?」
「だろ? 形も大きさも、クレーターの模様も、地球で見上げていた月とそっくりなんだ。色が青いってだけで」
「……ホントだ。気持ち悪っ。なんで別の星の月が、地球の月と同じ模様してんのよ。……ただの偶然? それとも、この世界が地球の景色をコピーしてるとか?」
「わからない。でも、なんか引っかかるんだよな……」
「それ、私たちが使っているこの身体の記憶に、ヒントがあるかもしれない」
ふと、背後の窓から夏芽と藤原姉妹が顔を出した。
「ヒントって?」
瑞希が振り返ると、夏芽は自分のこめかみをトントンと軽く指差した。
「ルナの記憶だよ。エリスとエレナも、同じ神話を知ってるよね?」
夏芽が話を振ると、藤原姉妹も深く頷いた。
「うん。エデンの子供たちが必ず聞かされて育つっていう、古い『おとぎ話』。……他人の記憶が頭にこびりついてるのって、自分がいなくなるみたいでずっと怖かったけど、今はちょっと感謝してるかな」
悠希の言葉に、夏芽もどこか寂しそうに、けれど力強く同意する。
「そうだね。私達にしか分からない感覚だけど……この記憶の中に、あの月と、元の魂を救う手がかりがあるかもしれない」
「……で、そのおとぎ話ってのはどんな内容なんだ?」
俺が促すと、夏芽は夜空の青い月を見上げながら、静かに語り始めた。
「大昔、世界は一つだったんだって。でも、天空を裂く『厄災』が現れて、世界の理を捻じ曲げて、一つの星をいくつもの世界に引き裂いてしまった……そういう神話」
「引き裂かれた星……」
「うん。その伝承の証拠として、エデンのあちこちの遺跡には、こんな四行詩が刻まれてるの」
夏芽が透き通るような声で、その詩を紡ぐ。
――星の危機訪れし時、世界の理を捻じ曲げて獣を7つに分かつだろう。
――星の危機去りし時、借り宿を離れた光は一つとなるだろう。
――星の祈りは果てしなく、数多の空を飲み込むだろう。
――星の果てより、天空を裂きし厄災が降り注ぐだろう。
バルコニーに沈黙が落ちた。
「……ちょっと待って」
最初に沈黙を破ったのは、瑞希だった。
「『借り宿を離れた光は一つとなる』……借り宿って、あんたたちが今囚われている『ポゼッション』のことじゃないの?」
その言葉に、夏芽と藤原姉妹がハッと息を呑んだ。
「魂が宿る器……つまり、この状態を解決して、元の魂と光が一つに戻る方法があるってこと!?」
「ただの神話とは思えない。月が似ている理由も、俺たちがここに呼ばれた理由も……この世界の成り立ちを調べれば、誰も消滅せずに魂を救える方法が絶対に見つかるはずだ」
俺は手すりを強く握りしめた。ようやく、前に進むための明確な光が見えた気がした。
「オススメの図書館なんかにあるわけないよね……」
不安げに呟く藤原姉妹に、瑞希がニヤリと笑う。
「普通の図書館にはないかもね。でも、情報屋からちょっと面白い噂を聞いたんだけど……ルミナスの地下深く、教団の特級権限がないと入れない『禁忌の地下図書館』があるらしいわよ。そこなら、神々の歴史だろうが星の成り立ちだろうが、埃を被って眠ってるはず」
「地下図書館か。……行くしかないな」
俺の言葉に、迷う者は誰もいなかった。
誰の命も犠牲にしない、本当の未来を取り戻すために。俺たちはルミナスの暗部――地下深層へと足を踏み入れる決意を固めた。




