シーン3:理不尽なる傀儡の双翼
「——『共鳴増幅』」
感情の消え失せたエレナ(莉子)の呟きとともに、旧ルミナス廃聖堂の空間が激しく歪んだ。 妹の掲げた短杖の先から解き放たれたのは、刃のように研ぎ澄まされた暴風の旋風。それが聖堂の石柱を容易く削り飛ばしながら、冬夜たちへと牙を剥く。
「くっ……! 夏芽、下がれ!」
冬夜は即座に前に躍り出ると、素手を構えて両手甲を締め直した。 左腕に宿る火炎と紫電の魔術回路を激しく脈動させ、迫り来る風の刃の群れに向かって、鍛え上げた拳を縦横無尽に突き出す。
「ハァッ!!」
——ドカァァンッ!! 雷炎を纏った拳が暴風を真っ向から撃ち砕く。激しい衝撃波が聖堂内に吹き荒れ、崩れかけた天井から砂塵がパラパラと舞い散った。
「なんなの……なんなのよ、これ!!」
爆風の中、瑞希は小剣を握りしめたまま、血の引いた顔で叫んだ。 その瞳は激しい動揺と、あまりの理不尽さに対する困惑に大きく揺れている。
日本にいた頃、クラス中から陰湿にいじめられ、居場所を失っていた自分。 そんな暗闇の中で、唯一手を差し伸べ、かばい、守り続けてくれた「世界でたった一人の味方」――それが佐伯朋美だったはずだ。 朋美にこれ以上迷惑をかけたくない一心で自ら命を絶ち、異世界へ逃げ延びた瑞希にとって、朋美はどこまでも「優しかった親友」の記憶のまま止まっていたのだ。
なのに、なぜ――。
なぜその朋美ちゃんが、こんな不気味な糸で他人を操り、狂ったような笑顔で自分たちを殺そうとしているのか。 なぜ、あの優しかったはずの親友が、こんな怪物のような敵になって目の前に立っているのか。
(意味がわからない……! どうして……どうして朋美ちゃんが、こんな恐ろしいことをするの……!?)
さらに、操られている双子(藤原姉妹)もまた理不尽な巻き込まれ方をしている。 異世界に転生し、同郷の人間を探そうとギルドに切実な指名公開依頼を出しただけの彼女たちが、朋美の身勝手な仕掛けによって意志を奪われ、凶器として使われているのだ。
「ふふ……どうしたの、瑞希? そんなに怯えた顔をして」
梁の上から糸を繰るセシリア(朋美)が、うっとりと頬に手を当て、鈴を鳴らすような声で笑った。
「言ったでしょう、あなたを引きずり出すための『お撒き餌』だって。この子たちがどうなろうと、私には関係ないもの。……ねえ瑞希、学校でもそうだったでしょう? あなたを守れるのは私だけ。あなたの世界には、私だけがいればいいのよ」
「な……っ!?」
瑞希の思考が完全にフリーズする。 自分を助けてくれた「優しい朋美ちゃん」の面影が、目の前で身勝手な狂気へと塗りつぶされていく。 味方だったはずの親友が最大の敵として立ち塞がり、何の罪もない同郷の二人を道具にして襲わせてくる――その圧倒的な意味不明さと恐怖に、瑞希の手がガタガタと激しく震えて動かなくなる。
「動揺するな、瑞希!!」
冬夜の疾風のような喝が、瑞希の鼓膜を叩いた。
「理由なんて後だ! 目の前の敵は容赦なく殺しに来てる! 飲み込まれたら俺たちが全滅するぞ!」 「でも、冬夜さん……! この二人、操られているだけなんだよ!? 本気で攻撃したら……っ!」 「わかってる! だからこそ、頭を使え!」
冬夜は素足を鋭く踏み込み、地面を蹴った。
まず手始めに、冬夜が前線へと切り込む。狙うは後衛で魔術を練り上げる妹・エレナ(莉子)。操り人形の砲台を潰せば、前衛の攻勢は止まるはずだ。
「そこをどけッ!」
前衛を張る姉のエリス(悠希)の脇をすり抜け、冬夜の左拳が雷炎を纏って莉子の胸元へ肉薄する。寸止め気味の、魔力器官を一時的に麻痺させるための打撃。
だが——。
ガキィィィンッ!!
何もない虚空から重厚な金属音が響き、冬夜の拳はエリスの差し出した大剣の腹によって防ぎ止められた。
「……なっ!?」
冬夜が目を見張る。 悠希は冬夜の動きに反応して移動したわけではない。まるで空間を跳躍したかのように、瞬時に妹の前に滑り込み、身を挺して攻撃を受け止めていたのだ。
「甘いよぉ、お兄さん!」
梁の上で朋美が指先を優雅に躍らせる。 弾かれた冬夜は咄嗟に身を引いたが、その手応えに違和感を覚える。前衛の速度にしてはあまりにも異常な遮断速度だった。
「冬夜さん、私が後衛を止めます!」
動揺を強引にねじ伏せた瑞希が動く。自身の固有能力【透明な拒絶】を瞬時に展開。気配、足音、魔力の揺らぎすら世界から消し去り、完全不可視の状態で後衛で短杖を構える妹・エレナ(莉子)の死角へ回り込む。
(殺さない……! 短杖を持つ腕の神経を切り落として、魔術を止めさせる……!)
無空から放たれた瑞希の小剣の一撃。 狙い通り、刃は無防備なエレナ(莉子)の右腕の関節を正確に捉え、切り裂いた——はずだった。
ズバッ!!
刃が肉を穿つ不快な手応え。しかし、血を吹いたのは短杖を構える妹・エレナではなかった。
「……ッ!?」
前衛で大剣を構えていた姉・エリス(悠希)の右腕から、突然鮮血が吹き飛び、苦悶の表情を浮かべたのだ。
「な……なんで……!? 私は妹の方を斬ったのに……!?」
瑞希が姿を現し、驚愕で目を見開く。 斬られたはずの妹のエレナは、傷一つなく無感情に短杖を掲げ続けている。代わりに、遠く離れた前衛の姉の右腕が深く切り裂かれ、血を流していた。
「おい、瑞希! 後衛を斬ったんじゃないのか!?」
「うん……! 間違いなく妹の方を斬ったよ! なのに……なんで姉の方が……!?」
二人が困惑したその瞬間——姉の右腕から溢れ出た血に呼応するように、後衛の妹・エレナの周囲の風が凄まじい勢いで巻き上がり始めた。
「——『共鳴増幅』」
「【土壁】っ!!」
夏芽が咄嗟に短杖を突き立て、分厚い土の防壁を隆起させるが、解き放たれた風の波は先ほどよりも遥かに重く、強烈だった。 ドガァンッ!と土壁が大きく砕け散り、余波の衝撃で冬夜たちが後方へ押し戻される。
「くそっ……なんなんだ一体!? 攻撃の狙いが逸れてるのか、それとも幻覚でも見せられてるのか!?」
冬夜は歯を食いしばり、必死に思考を巡らせる。1回目の瞬時カバーと、2回目の妹を斬ったはずが姉が流血した現象。まだ全体像が繋がらない。
「もう一度だ! 夏芽、土魔法で前衛の足を止めろ! 俺と瑞希で前後に挟み込む!」
「は、はいっ!」
夏芽が地面へ魔力を流し込み、前衛のエリス(悠希)の足元を『岩石の足枷』で強引に固定する。動きを縛られたエリス。
「今だッ!」
冬夜が正面からエリスへ牽制の右拳を放ち、同時に瑞希が【透明な拒絶】で再び背後に回り込み、無防備な後衛のエレナ(莉子)の背中へ小剣の柄を叩き込む強撃を放った。
挟み撃ち。逃げ場はないはずだった。
ガガァンッ!!
だが、正面の冬夜の拳がエリスに届くより速く、瑞希の小剣の柄が後衛のエレナの背中に命中した瞬間――。 足枷で拘束されていたはずのエリス(悠希)の背中が、まるで背後から直接殴られたかのように大きく凹み、口からドッと血を吐き出したのだ。
「ガハッ……!?」
そして、エリスが吐血し重傷を負うと同時に、後衛のエレナの全身から爆発的な魔術のオーラが噴き出した。
「——『共鳴増幅』」
「なっ……! 2度目と同じだ……!」
ドガガガガガガアンッ!!
解き放たれた極大の暴風波が聖堂内を襲う。先ほどの比ではない破壊力。土壁は木っ端微塵に弾き飛ばされ、冬夜、夏芽、瑞希の3人は衝撃波に呑み込まれて聖堂の壁際へと激しく吹き飛ばされた。
「ぐあああぁっ!?」
「きゃああっ!」
「ハぁ……っ、ハぁ……っ!」
激しい煙と砂塵が舞う中、壁に背を打ちつけられた冬夜は、膝をつきながら胸を押さえた。 しかし、その瞳には3回の激突を経てついに掴んだ【確信】が宿っていた。
「……そういうことかよ……! 納得がいったぜ……!」
「冬夜……さん……? 一体、なにが……」
血の混ざった唾を吐き捨て、冬夜は眼前の異質な双子を睨み据えた。
「あの前衛の奴の能力だ……! 後衛の妹が受けるはずのあらゆる傷や衝撃を、全部自分の体に引き受けてやがるんだ……!」
「え……!? ダメージを、代わりに……!?」
「ああ。だから妹を狙っても全部前衛に転送される! それだけじゃねえ……前衛が傷を負えば負うほど、ふたりの因果が共鳴して、後衛の魔術の威力が跳ね上がってやがるんだ!」
3度の死闘を経て、冬夜によって暴かれた凶悪なカラクリ。 後衛の妹を攻撃すれば、前衛の姉が『身代わり』となって代わりに傷つく。 そして姉が傷を負うほど、後衛の『共鳴増幅』によって火力が無限に跳ね上がる。 しかも、相手は操られているだけの同郷の被害者。命を奪うような全撃を叩き込んで殺すわけにはいかない。
完璧な、そして残酷なまでに噛み合った凶悪な防衛陣形。
「ふふ、やっと気づいたのね」
梁の上で、朋美が黒い糸を指先で弄びながら、高悦感に満ちた瞳で三人を見下ろしている。
「この子たちの断ち切れぬ絆が、私のお人形として完璧な牙になるの。あなたが私から逃げたせいで、この子たちは私のお人形になり、あなたたちを細切れにする道具になった……ねえ、瑞希? どんな気持ち? 私の手を払いのけて逃げ出した結果がこれだなんて、最高に滑滑滑稽だと思わない……!?」
「そんな……そんなの……っ!!」
瑞希は膝をついたまま、頭を抱えて震えた。
学校で一番の味方だった朋美ちゃんが、どうしてこんな悪魔になってしまったのか。 なぜ自分たちの命が脅かされ、何の罪もない同郷の二人が弄ばれているのか。 意味がわからない。あまりにも理不尽で、あまりにも恐ろしい。
攻撃を通せば通すほど敵の威力が上がり、自分たちの手で同郷の人間を追い詰めてしまうという悪夢。 完全な手詰まりと絶望の渦中で、血を流しながらも感情のない双子が、静かに次の極大魔術を練り上げ始めていた——。




