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Re:incarnation of Fate   作者: ヴィシュヌ
3章:首都ルミナス

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シーン1:忍び寄る絶望の糸

 中央聖導国ルミナスを覆う夜の静寂。 ギルド総本部【オルディナ】の掲示板の前で、一人の少女が足を止めていた。


 可憐な冒険者の衣装に身を包み、人目を引く愛らしい容姿をした少女――セシリア。 旧魔導領域ネルガルに転生後、過酷な人化修行を経て完璧な人間の姿を手に入れた佐伯朋美は、指先に透明な魔力の糸を滑らせながら、掲示板に張り出された無数の羊皮紙を無造作に眺めていた。


「……ん?」


 ふと、彼女の細い指が止まる。 そこに貼られていたのは、昼間に提出されたばかりの『指名公開依頼』だった。


――――――――――――――――――――

探している人物:藤原悠希、藤原莉子、または如月美憂

キーワード:『東京』『埼玉』『日本』の知識を持つ者

差出人:【双翼の誓い】エリス・エレナ

――――――――――――――――――――


「……ふふ、あはははっ……!」


 口元から、押し殺したような鈴の鳴る笑いが漏れ出た。周囲の冒険者たちが「どうしたんだ?」と振り返るのも気にせず、朋美はうっとりとその羊皮紙を撫でさする。


「藤原悠希と莉子……。あのアニマの事故で一緒に死んだ双子、同じ時期に向こうから落ちて、ルミナスで生きていたのね。しかも、こんなに分かりやすい目印まで立てて……」


 朋美の頭脳が目まぐるしく回転する。 自分を置いて先へ進んだ瑞希は、同じ世界から来た者(アニマの器)を追って、北の首都ルミナスへ向かっている。


もし瑞希がルミナスに到着し、ギルドでこの『東京』という文字を見かけたら――間違いなく食いつき、指定された場所へ向かうはずだ。


「なんて使い勝手のいいコマなのかしら。瑞希を引きずり出すための……最高の『お撒き餌』じゃない」


 朋美の瞳から温もりが消え、深海のような冷酷な狂気が宿る。 彼女は夜陰に紛れるようにギルドをあとにすると、ルミナス郊外の静かな街道へと先回りした。



 ◆



 月明かりが照らす街道を、二人のハーフエルヴンの少女――エリスとエレナ(藤原悠希・莉子)が歩いていた。 冒険者としての初仕事である簡単な素材採取を終え、ルミナスの街へと戻る途中だった。


「初仕事、無事に終わってよかったね、姉さん」


「ええ。莉子の魔術サポートのおかげよ。明日にはギルドに完了報告をして、あの指名公開依頼に動きがないか確認しに行きましょ」


 希望に満ちた会話を交わしていた、その時。

 風が止んだ。 街の外れを包む森の中から、さらさらと奇妙な擦れ合う音が響く。


「誰……!?」


 悠希(エリス)は素早く身構え、莉子(エレナ)を背後に庇った。 木々の影から静かに姿を現したのは、清楚な雰囲気を纏った小柄な少女――セシリア(朋美)だった。


「こんばんは、藤原さんたち」


 闇の中から投げかけられたその声と、月光に照らし出された顔立ちに、悠希と莉子は息を飲んだ。


「その声……まさか、佐伯さん……!? 佐伯朋美さんなの!?」

莉子の声が驚きで裏返る。 現世のバス事故で同じ車両に乗っていた、高校3年生の少女――佐伯朋美。


「よかった……! あなたも無事だったのね! 事故のあと、どこへ行っちゃったのかと……」

同じ事故で死に、同じ時期に異世界へ転生した同郷の生存者との思いがけない再会に、悠希の表情が一瞬和らぎかけた。


 しかし――朋美は微動だにしなかった。 その瞳には再会の喜びなど欠片もなく、まるで路傍の石ころを見るような冷ややかな光が宿っている。


「……えぇ、無事よ。でも、感動の再会ごっこをするつもりはないの」


 朋美が細い指先をすっと掲げた。 その瞬間、夜の空気が一変する。


「なっ――!?」


 空間が歪み、目に見えない無数の「糸」が、蜘蛛の巣のように街道全体へ張り巡らされた。 凄まじい密度の魔力が大気を押し潰し、悠希と莉子は呼吸すら詰まらせて膝をつきそうになる。


「佐伯さん……!? 何をするの……っ! なんで……なんで私たちを襲うの!?」

困惑と恐怖に顔を歪め、悠希が叫ぶ。


「私達、あなたに何かした……!? どうして急にこんな――」


「理由? ふふ、あなたたち自身には何の意味もないわ」

佐伯朋美はくすくすと可愛らしく微笑みながら、一歩、また一歩と迫ってくる。


「あなたたちが生きていること。そして、あの滑稽な依頼を出したこと。……ただそれだけが、私の『お人形』として満点だったというだけよ。瑞希を私だけのものにするための、素晴らしい舞台装置になって頂戴?」


「みず……き……!? 誰……なんのこと……っ!?」


「くっ……莉子、離れて! 撃って……っ!」


 わけのわからない狂気と聞いたこともない名前に戸惑いながらも、悠希は叫びながら莉子を後ろへ押しやった。 莉子もまた、震える手で短杖を構え、魔術を練り上げる。


「風よ――! 『共鳴増幅(アンプリファイ)』……っ!」


 二人の絆が同調し、暴風の刃が朋美に向かって解き放たれる。ハーフエルヴンの魔力と固有能力が合わさったその一撃は、通常の冒険者を一瞬で切り刻むほどの威力を秘めていた。


 だが――。


 ふっ、と朋美の姿が掻き消えた。 風の刃は虚空を切り裂き、樹木をなぎ倒すだけに終わる。


「……遅いわ」


 背後から、耳元で囁くような声。 ハッと振り返った瞬間には、すでに手遅れだった。


「ヒッ――!?」


 朋美の指先から放たれた黒く細い魔力の糸――【マリオネットの呪い】が、容赦なく二人の首筋や関節へ突きたてられた。


「あぐっ……! ガハッ……!?」


 皮膚を破り、肉を穿ち、魔力器官と神経系へダイレクトに黒い糸が侵入してくる。 それは物理的な傷などではなく、魂と自我そのものを根底から塗りつぶす、粘質で冷たい暴力だった。


「あ……姉さん……! 嫌……嫌あぁぁっ……!」


「莉子……っ! くそっ……『身代わりの盾(サクリファイス)』……っ!!」


 悠希は血吐く思いで能力を発動させた。 妹の莉子を蝕む黒い糸の痛みと侵食を、すべて自分の身体へと引き受けようとする。絶対的な防衛の力。


 だが、朋美はその光景を見て、楽しそうに目を細めただけだった。


「あら、素敵な姉妹愛。でも……無駄よ」


 朋美の指先がかすかに動く。 【マリオネットの呪い】は単なるダメージではない。相手の魔力操作そのものを乗っ取り、思考を狂暴化・服従させる侵食呪導魔術。 どれほど痛みを肩代わりしようと、脳と魂へ滑り込む黒い糸を止めることはできない。


「あ……が……あぁぁぁっ……!!」


 悠希の視界が、急速に黒く染まっていく。 現世の思い出。バス事故の記憶。美憂への感謝。そして、命よりも大切な妹・莉子の顔――。 慈しみ育ててきた大切な感情が、冷たい糸によって一つ、また一つと強引に裁断され、灰色の虚無へと塗りつぶされていく。


「やめ……て……佐伯……さん……。莉子を……莉子だけは……」


「お姉……ちゃん……。助け……て……」


 双子の悲痛な叫びも、もはや届かない。 頭の中で、何かがぶつりと切れる音がした。


 自我が溶ける。 感情が消える。 激しい苦痛の果てに待っていたのは、すべてを身にまかせたくなるような、冷たく心地よい服従の快感だった。


「……はい、よくできました」


 朋美の優しく、そして心底冷ややかな声が遠くで聞こえる。


 カクン、と首を折るようにして、悠希と莉子の動きが完全に止まった。 その瞳から生の光が消え去り、濁った硝子玉のような虚無が宿る。


「……指示を、ご主人様」


 二人のハーフエルヴンは、同時に無機質な声で呟き、膝をついた。


「ええ。とても可愛いわ、二人とも」 朋美は満足そうに二人の頬を撫で、闇の奥へと視線を向けた。


「さあ、お人形劇の準備は整ったわ。……待っていてね、瑞希」





 糸に引かれる傀儡のように、二人の少女は静かに朋美の後に続いて歩き出す。 混濁する意識の泥底で、二人の魂は届かない悲鳴を上げ続けていた――。


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