シーン11:共闘の果てと新たなる絆
『……ガ……アアアアアアアッ!!!』
ダンジョン深層を揺らす剛殻暴竜の咆哮。 遥か北の空――国の中枢の方角から漂う不気味な魔力を取り込み、さらに膨張した体躯からは、周囲の空気が歪むほどの威圧感が放たれていた。
だが、死角から小剣を構え直した瑞希は、暴竜の異変を見逃さなかった。
(なにかがおかしい……! 魔力は凄まじいのに、動きのキレがなくなってる……!?)
黒紫色の魔力が暴竜の体表を破裂させ、傷口から禍々しい体液が吹き出している。あまりにも急激で強大な呪いを取り込みすぎた結果、その肉体が負荷に耐えきれず、内側から崩壊を始めていたのだ。
「冬夜さん、ルナさん! あのモンスター、魔力に体が追いついていません! 内部崩壊を起こしています!」
瑞希の叫び声に、前線で構える冬夜が鋭く反応する。
「なに……!? 確かに動きが鈍くなってやがる……! 夏芽、足を止めろッ!」
「了解! 『土呪縛』!」
ルナが地表へ放った複合魔法が、暴竜の巨足を固い岩石と重水で固定する。 逃げ場を失い、苦悶の咆哮をあげる暴竜。その一瞬の隙を突き、瑞希はすでにお馴染みとなった無音の領域を展開した。
【透明な拒絶】
世界から自身の存在を完全に削ぎ落とした瑞希は、崩壊しつつある暴竜の首元へと滑り込む。不可視の刃が、魔力の脈動が最も激しい急所を寸分の狂いもなく正確に穿った。
「ガ、アッ……!?」
激痛に体勢を大きく崩す巨獣。
「今だッ!!」
瑞希の声と同時に、完全な死角から叩き込まれた追撃によって露出した胸元へ、冬夜が跳躍する。異形の左腕に紫電と赤熱の火炎を過剰なまでに収束させ、渾身の魔法打撃を叩き込んだ。
「吹き飛べぇぇぇッ!!」
――ズドォォォォンッ!!
爆発的な雷炎が暴竜の肉体を内側から破壊し尽くす。 巨獣は絶叫をあげる間もなくその場に崩れ落ち、やがて黒い霧となって霧散していった。
◆
「はぁ……はぁ……倒した、のか……?」
肩で息を吐きながら、冬夜が拳を下ろす。
「ふぅ……間一髪でしたね。お二人とも、お怪我はありませんか?」
瑞希が小剣を鞘に収めながら歩み寄ると、冬夜とルナは安堵の息を漏らしつつも、瑞希の圧倒的な戦闘技術に驚愕の視線を向けていた。
「助かった……ありがとな。俺は冬夜、こっちは相棒のルナだ」
「助けてくれてありがとう! ルナよ、よろしくね!」
冬夜からの紹介を受け、ルナが親しみやすく微笑む。 だが、瑞希はその言葉を聞いて、ずっと胸に引っかかっていた疑問を真っ直ぐ投げかけた。
「あ、あの……ありがとうございます。でも……さっき戦っている時に、冬夜さんはルナさんのことを『夏芽』って呼んでいませんでしたか……?」
「え……?」
冬夜とルナが驚いたように顔を見合わせる。冬夜は少し困ったように頭を掻くと、腹を括ったように視線を瑞希へと向けた。
「……目ざといやつだな。まあ、助けてくれた命の恩人に隠し事をするのも筋が通らねえか。信じられない話かもしれないが……噂くらいは耳にしたことがあるか? 俺たちは、ここではない『異世界』の出身なんだ」
「え……?」
「冒険者としてはルナって名乗ってるが、こいつの本名は『佐々木夏芽』だ。俺の本当の妹なんだよ。……異世界からこの世界に来た時に、なぜかこんな猫耳姿になっちまってな。兄兄妹で種族が違うなんて笑い話に見えるだろうが、事実だ」
初対面の相手に明かすには、あまりにも突拍子のない非現実的な告白。 だが、それを聞いた瑞希は呆れ顔を見せるどころか、目を見開いて冬夜たちを凝視した。
「……信じます。だって、私もそうだから」
「「え……?」」
「私、冒険者の師匠のガルドさんから『異形の腕を持つ拳士と猫耳の魔法使いの二人組』っていう変わった凄腕パーティがいるって聞いて……ずっとどこかで気になっていたんです。もしかしてと思って追いかけてみたら、本当に……」
瑞希は胸に手を当て、安堵と驚きが入り混じった声を吐き出す。
「自分自身が、そんな非現実の中にいるんです。二人の話を疑う理由なんてありません。……私、ここではない『日本』っていう国から来ました」
「な……っ!? に、日本……!?」
冬夜が喉を鳴らし、ルナが目を見開いて瑞希に一歩詰め寄る。
「ちょっと待って、本当に『日本』なの!? 日本のどこ!? どこに住んでたの!?」
ルナの必死な問いかけに、瑞希は記憶を手繰り寄せるように答えた。
「えっと……東京です。東京の高校に通っていました。岡田瑞希って言います……!」
「東京……! 私たちは埼玉よ! 冬夜はお兄ちゃんで『佐々木冬夜』! 私は『佐々木夏芽』……あっちで事故に遭って、気づいたらこんな場所に放り出されていたの!」
「埼玉……! じゃあ、本当にあっちの世界の……!」
お互いの口から次々と飛び出す、この世界には存在しない地名や用語。 『高校』、『東京』、『埼玉』、『事故』――その懐かしい響きが交わされるたび、お互いの瞳に驚きと感動が広がっていく。
「マジかよ……本当に日本人か……。急に姿は消えるし、化け物みたいに強い隠密スキルを使うから、この世界の凄腕の暗殺者か何かだと思ってたぜ」
冬夜は呆れたように頭を掻きながらも、どこか肩の荷が下りたような笑みを浮かべた。
「ふふ、よく言われます。……私も、自分以外に日本から来た人がいるなんて半信半疑でした。ガルドさ
んの言葉を信じて追ってきて……本当によかったです」
「私も信じられない! まさかこんなダンジョンの奥深くで、同郷の人に命を救われるなんて思ってもみなかったわ……!」
ルナの猫耳が嬉しそうにぴょこぴょこと揺れる。 ガルドから聞いた小さな噂の真相を確かめる形で始まった出会いは、丁寧な答え合わせを経て、確固たる絆と安心感へと変わっていった。
◆
「それにしても……あの狂暴化の魔力、異常だったな。まるで何者かに無理やり暴走させられているか、裏から糸で操られているみたいだった……」
冬夜が倒れたモンスターの消滅痕をにらみつけ、吐き捨てるように呟く。
「ええ。ギルドの職員さんも言っていましたけれど、この不気味な魔力……ここから北、首都ルミナスの方角から漂ってきているみたいなんです」
「首都ルミナスの方角か。街が直接襲われているってわけじゃねえが、道中かその奥で何か怪しいことでも起きているのかもな」
瑞希は二人を見つめ、まっすぐな瞳で切り出した。
「はい。私、この異変の源がどこにあるのか確かめるために、首都ルミナスの方へ向かおうと思っています。もしよければ……二人も一緒に行きませんか?」
「断る理由がないな。俺たちもあの胸糞悪い現象の元凶には頭にきていたところだ。一緒に行こう、瑞希!」
「私も賛成! 瑞希ちゃん、よろしくね!」
こうして、新たな目的を共有した三人はパーティーを結成することとなった。
◆
討伐を終え、無事にアビス・ヴァレーの街へと戻った瑞希たち。 ギルド支部へ成果を報告し、負傷した冒険者たちの救護を見届けた頃には、街の酒場や街道はひとつの「噂」で持ちきりになっていた。
「聞いたか? アビス・ヴァレーのダンジョンで狂暴化した暴竜を、姿を完全に消して一瞬で追い詰めた奴がいるらしい」
「ああ、あの『見えざる閃光』だろ? 商隊を助けただけじゃなく、アニマの器と組んでレイドボスを仕留めたんだと!」
立ち寄った露店でその会話を耳にした瑞希は、顔を真っ赤にしてフードを深くかぶり直す。
「……もう、なんでそんな大袈裟な名前に……」
「いいじゃない、格好良くて! 『見えざる閃光』の瑞希ちゃん!」 「ククッ、まあ実際お前の隠密は異常だからな。あながち間違ってねえよ」
ルナにからかわれ、冬夜にニヤリと笑われながら、瑞希は困ったように微笑んだ。
仲間ができた温もりと、これから向かう北の首都方面への決意。 『見えざる閃光』の名が風に乗って広がり始めていたことを、瑞希たちはまだ、ただの照れくさい噂としてしか受け止めていなかった。
北の空へと続く街道を見つめる瑞希たちの背後で、静かに運命の歯車が回り始めていた。




