幕間3:そうやっていつも置いてかれるのは俺なんだ
(「現場は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだ」……昔、某刑事ドラマで主人公が無線で叫んでいたのをふと思い出す。企業ってやつは、現場の現実を分かろうとしないのか、見えていないのか……)
「最近、幻のマグロの漁獲量が増えてなぁ」
「はぁぁ? 幻って結局、遺体もなんも見つかってないんだろ」
「スタッフどころかお客様まで飛び込むところを目撃してるんだよ。不思議と遺体は出てこない。まぁ、神崎が乗ってる時だけなんだけどな」
「そうそう。最近は神崎以外の方が死者出しちゃってるから、そろそろアイツは『死神』返上かな?」
同僚たちの冗談めかした雑談を聞き流しながら、俺――神崎恭は業務を終えようとしていた。
「お疲れ様です! 高橋先輩!」
「元気だな。急に明るくなったな、最近。最近はマグロ(人身事故)も無いみたいだしな」
「ええ、そうなんです。やっぱ神様っているのかなぁ。俺の気持ちを憂いて、悪い運をどこかへやってくれたんだろうか。おお、神よ……!」
天を仰ぐ俺に、高橋先輩は呆れたように肩をすくめる。
「ったく、す~ぐ調子に乗る。神崎はそういうところが勿体ないよな。お前、モテる顔してるのに」
「いいんすよ。自分には美憂さんが居ますから」
「ほぉ。あの2週間前の事件で失踪した彼女のことか? 音信不通なんだろ? 普通、連絡も何もなく付き合ってる彼氏を置いてどこかに行くかね?」
「指名手配中になってるんで、きっと何かあったんでしょうけど。彼女はあんな事件起こす子じゃないんです。それに・・・前は3ヶ月くらい連絡つかないこともありましたし」
「マジかよ。それ、本当に付き合ってるのか?」
「高橋先輩……いくら先輩でも酷いっすよ。付き合ってますよ……多分。既読はつかないんですけどね」
苦笑いを浮かべると、先輩はポンと俺の肩を叩いた。
「やっぱフラれたんじゃね~の? 神崎。まぁほら、折角マグロの呪いから解放されたのにな。今度はプライベートで厄介事かよ。辛いなぁ。先輩が慰めてやろうか?」
「結構です。散々言ってた、先輩の妹さんですよね? 紹介したいって言ってたの。興味ないっすよ」
「シスコンじゃないけどな。ちょっと暗いだけでいい女だと思うぞ?」
「まぁ、高橋さんの妹さんであればいい人なんでしょうけども、自分は美憂さん一筋なんで!」
「そうか。まぁ、気が向いたらいつでも……な?」
「ありがとうございます。それでは今日は上がりますね」
「おう、お疲れさん!(神崎、お前は何やら色々背負っちまったみたいだな。すまないな。無事を祈っておく。)」
◆
ベルゼからスキルを貰った夏のあの日。
そこから3ヶ月で、俺を取り巻く環境は少しずつ変化していた。
一番目立った変化は、俺の周りで起きる人身事故が「幻」として処理されるようになったことだ。神隠しや幻覚など、目撃者はいるのに被害者の姿が消えてしまう不可解な現象。
そして――美憂の失踪。
(今日も自宅に戻った様子は無しか……。美憂さん、どこに行ってしまったんだろう。殺人事件なんて、きっと何かの間違いだよな?)
一人佇んでいると、アパートの暗がりからすっと人影が揺れ動いた。 スーツの上からコートを羽織った、一見すると警察関係者のような男。
だが、どこか焦点の合わない瞳と、生き物らしさを感じさせない異様に薄い唇が、得体の知れない不気味さを漂わせている。
「如月美憂さんの関係者の方ですか?」
その声は、妙に耳奥にまとわりつくように響いた。
「あ、はい。」
「殺人の容疑で指名手配です。」
「いや、事件は知ってますが。彼女がホントにそんな事をしたとは思えなくて。」
「守秘義務のためお伝えは出来ませんが……」
「お願いです、なんでもいい! 何か知っているなら教えてください! 突然音信不通になって失踪したんです。何が何だかわからなくて、毎日ここに来ています。一体何があったんでしょうか!?」
俺の必死の訴えに、男は唇の端を歪め、爬虫類のような冷たい視線を向けてきた。
「我々の口からは難しいので……そうですね、童里夢ツーリストには連絡しましたか?」
「美憂の職場なので、すぐに連絡しましたが……彼女の足跡に繋がる情報はまったく。それ以来連絡はしていなかったんですが」
「これは、独り言ですがね。彼女の同期だった方が、最近辞められたそうですよ」
「……! なるほど……貴重な情報をありがとうございます」
「私は独り言を喋っているだけですので」
男はそう口にすると、足音もなく夜の闇の奥へと溶け込むように去っていった。その去り際に一瞬だけ漂った、どろりとした嫌な気配に背筋が寒くなる。
(警官……だったのか、あの男?)
(まぁ、いい。美憂の同僚か・・・。前に、名前を聞いた記憶があるな。
確か、足利理沙だったか? しかし連絡先はわからない。何とかならんもんなのか。
美憂の職場に問い合わせて足利理沙の連絡先を聞いてみるか。あとは……ベルゼは何か知らないのだろうか)
◆
能力を授かって以来、ベルゼとは定期的に連絡を取っており互いの話をよくしていた。
今のベルゼは神の力が制限されているらしく、俺のスキルを地球で安定させるのが精一杯で、神らしいことはほとんど出来ないらしい。
アパートからの帰り道、俺は念じるように呼びかけた。
「おーい! ベルゼさんやー。出ておいでー」
『呼んだか? 恭。最近、お前と話をするのが日課となってしまっておるな』
脳内に直接、ベルゼの尊大な声が響く。
「ベルゼ、すまない。ちょっと気がかりなことがあって……美憂、分かるだろ? 彼女が2週間前から失踪しているんだ。何か知らないか?」
『ほう。最近、会話にも出して来ないからてっきり別れたと思っておったが、まだ付き合っておったか』
「おい! 勝手に人の恋愛を終わらすな!」
『生きとるぞ』
「は?」
『だから、生きとるって』
「何で分かるんだよ!?」
『一応、神だしのぉ。封じられていてもそれくらいは分かる。特に、アイツの気配を纏っている人間なら猶更だ』
アイツ……? 一瞬引っかかりを覚えたが、ベルゼは煙に巻くように言った。
『まあ良い良い、知らぬが仏ってな。アイツには関わらない方がいい。それよりも、美憂を本当に探し出せると思っているのか?』
「場所は分からないのか?」
『ここから出ることが出来たら正確な感知は出来るだろうがのう……天獄からだと無理じゃな。生きているか、死んでいるか。どこの星に居るのか……それしか分からぬ』
「もしかして、ベルゼって今結構不便な状況なのか。それって美憂じゃない違う人間でも分かるのか?」
『可能じゃよ。誰の生死を知りたい?』
「……佐々木冬夜」
『!? (こやつ……気づいているのか?)』
一瞬の沈黙。俺は畳みかけた。
「佐々木冬夜の生死について」
『恭よ。何故その名を知っている?』
「美憂が失踪したって聞いてから、行方不明者リストを調べてみた。そしたら、行き着いた。年齢からして学生だろ? 確か、俺が“死神”に覚醒して最初に轢いた子だ」
『…………生きておる』
「そっか。生きてるのか、良かった……。もう神界には行っているのか? 何人か送ってるはずなのに、一向にベルゼの状況が変わっていないようなんだが」
『ぐぬぬぬ……! 遠回しな質問ばかりしよって。また我と心理戦をするつもりか』
「ベルゼは全てを俺に語ってないだろ? スキルについてとか、ベルゼの今の状況とか。付き合い3ヶ月だがそれくらいは分かる。俺の目的は美憂を探すこと。そのためには足利理沙を探して情報を得るか、あるいはベルゼを解放して探してもらうのが手っ取り早いと思うんだよね。俺は早く最適解が欲しいんだ。美憂を見つけ出したい」
ハァと、ベルゼの大きな溜め息が聞こえた。
『よかろう。正確な位置までは把握しておらぬが……どの世界に居るのかは教えてやろう』
「は?? 一体どういう意味だよ?」
『言葉通りじゃよ。異世界と言った方が分かりやすいか? 神界があるのじゃ、他の世界があっても不思議じゃなかろうて』
「そういうもんなのか? じゃあ2つ質問させてくれ。美憂はどの世界にいる?」
『美憂はおそらく、オリジンじゃ』
「オリジン?どこだよそれ!」
『そうじゃな。お主がいる世界。つまり地球の事じゃよ。我々神界の住人は、お主らの星の名をオリジン(原典世界)と呼ぶのじゃ。地球ってのはお主らオリジンの人間が自分達でつけた通称じゃ。』
「そういうもんなのか・・・・。」
『あとな、流石に彼女の正確な位置は現時点では見えん。我が天獄を脱すれば分かるのじゃがのう』
「なるほどな、わかった。じゃあ佐々木冬夜、彼はどこにいる?」
『ミラージュエデンじゃな』
「ミラージ……なんて?」
『ミラージュエデンじゃ。良いか恭よ、この1層世界には地球とミラージュエデンという2つの世界が存在しておる』
「何その唐突な話……世界ってココと神界だけじゃないのか? ってかマジか……別の世界って他にもあったんだな。いや最近までこの現実以外は存在しないと思っていたし、見えてるのは月くらいなもんで……あれ? もしかして月ってのも神界からしたら別な名称・・・。」
「わかった。もしかして月がミラージュ・エデンってやつか?」
『ハハハ、素晴らしい考察だが、残念じゃ。ミラージュ・エデンはお主らからは観測できんよ。』
『ココはな、天獄じゃ。』
「は? マジかよベルゼ、あんた月に居るって事か!?」
『正確には天獄の中心地、つまり星の内側に幽閉されておる。』
「ふーん。そうなんだな。話を整理すると、地球の周りにもう一つの世界があって、月も別世界で、天獄という場所。因みに、この世はいくつに分かれてるんだ?」
『やれやれ。オリジンの人間は何も知らないんじゃったな。……正確には5つじゃよ』
「なっ!5つ!? 待ってくれ意味が分からない! 5つに分かれた世界とか、今発表したら世界がひっくり返るような話だぞ!? 何をサラッと問題発言してるんだあんた!」
『1つも2つも5つも変わらんじゃろうて。それにのう、1層世界からでは我らが住まう2層世界には簡単に干渉出来んよ』
「何だよ。その1層世界とか2層世界って?サラッと意味わからん用語出てるよあんた! 100歩譲って世界は5つの星に分かれていたとしよう。地球の人々がこの事実を知らずに過ごしてるのは何でだ?」
『そこがそういう星だからじゃ』
「何を言っている? 知らないのが当たり前だとでも言うのか?」
『そうじゃ。そのようにお主たちは作られた。魂の中心となる地、安息の地……それがオリジンの役割』
「役割・・・。か。つまり、各星には役割があるって言うことなのか?」
『まぁ半分正解といったところかの。あとはそうじゃなー、オリジン以外の星の民は皆、何かしらのスキル(能力)があるのぅ』
「オリジン以外はスキル持ち……その話が事実だとして、仮に他の星がオリジンを攻めて来たら、簡単に沈められそうだな」
『ほぅ、鋭いな。じゃがそうはならんよ。厳密にはオリジンではスキルを使えんのじゃ』
「Why?」
『英語で返しよって、覚えておれ! オリジン(原典世界)は全世界の中心、世界の中心核を担う。つまりセキュリティは万全。能力を操ることは困難。仮に他の世界からオリジンに渡航していたとしても、オリジンでは能力を9割方封じられ、ただの人になる』
「9割方ってことは一部使えたりはするのか……。いや待て待て待て、俺は何で能力を使えてる!?」
『それは恭の特異体質にある。圧倒的人身事故発生マシーンのお前は、その発生する事象(人身事故)そのものに対して能力が限定的に発動している状態じゃ。さながら、【幻影電車】といったところじゃの。』
「なるほどな。狙って発動させてないから、オリジンでスキルを使うための抜け道になったのか……。ん? ってことは俺は厳密には能力を使えていないんじゃないのか?」
『気づいたか。そうじゃなぁ、“使いこなす”という意味では、現時点では能力を垂れ流してるみたいな感じなんじゃろなぁ。』
「おい、ベルゼ……お前、まだ俺に言ってない事たくさんあるんじゃないか? 何を隠している?」
『何のことじゃ? 聞かれてないから答えていないだけで、隠してなどおらん。しかもお主に渡した能力・・・。まぁ正確には権能なんじゃが、【死神】についてはまだまだ謎も多く、世界の均衡を崩す恐れがある能力とも言われておる。つまり、外部においそれと能力の詳細を伝える訳にはいかんのじゃ』
「その言い草だと、他にも能力があると見て間違いないだろうな」
『まぁ、これだけは言える。どうやら、【幻影電車】で転移させた人間がミラージュ・エデンで得たスキルは、お主が扱えるようになるようじゃ。詳しくは知らんがの。』
――沈黙が流れる。
転移させた人間が、向こうの世界で得たスキルが俺も使えるようになる……?
人身事故の幻影電車、5つの世界、そして【死神】の権能により手に入ってしまう謎の力。自分が足を踏み入れてしまった世界の異質さに、背筋が冷たくなるのを感じていた。
「面倒な事になってきたな。だが、今は美憂を探すのが先か。」
夜の街を見上げながら、俺は強く拳を握りしめた。




