シーン6:生存者の逃走
赤と青の赤色灯が、深夜の暗いトンネル内を無機質に照らしていた。
警察の現場検証とレスキュー隊の怒号が飛び交う現場は、凄惨を極めていた。ひしゃげた大型バスの周囲には血の海が広がり、車内からは「佐伯朋美」「藤原悠希」「藤原莉子」の3名を含む乗客たちの遺体24名が搬出されていく。
警察車両の後部座席で毛布を被せられた伊藤南は、ガタガタと体を震わせていた。
「伊藤さん、落ち着いて……。何があったのか、話せるかい?」
取調官の優しい問いかけ。南の脳裏に浮かんでいたのは、恐怖ではなく、冷酷な計算と憧れの男――松岡雅紀の姿だった。
(松岡先生が……ナイフでバスガイドを刺して、運転手を殺した……。でも、先生が捕まったらダメ……! 先生を守らなきゃ……ッ!)
松岡への歪んだ恋情と執着。南は顔を歪め、涙と鼻水を流しながら、迫真の演技で声を張り上げた。
「……殺されたんです……! 朋美先輩も……みんな……っ!」
「誰にだ、伊藤さん!?」
「あのバスガイドです! 如月っていう女が……っ! 急にナイフを取り出して暴れ出して、運転手さんを刺して……っ! 事故を起こしたあと、動けなくなった朋美先輩たちを……ナイフで惨殺したんです!! 私は怖くて……必死で逃げて……っ!」
警察官たちは絶句した。 現場のバス内に取り付けられていたドライブレコーダーは、衝突と横転の激しい衝撃によって完全に大破しており、映像データの復元は不可能となっていた。
車内から検出されたのは、血塗れのナイフと、逃亡して姿を消した美憂の大量の血痕と指紋。 真実を知る松岡と美憂という当事者の双方が現場から消え去った以上、警察には「唯一の生存者」である南の虚偽の証言を信じるほかなかったのだ。
南の狙い通り、事件の全責任は美憂一人へと擦り付けられた。
翌朝。 ニュースは一斉にこのトンネル内の凄惨な事件を報じた。
『――山梨県内のトンネルで大型観光バスが横転。乗客複数名が死亡した事件で、警察は現場から逃走したバスガイド・如月美憂容疑者を、連続殺人の疑いで全国に指名手配しました……』
テレビ画面に映し出される、美憂の顔写真。 「乗客たちを冷酷に殺害して逃走した凶悪な殺人鬼」として、彼女の顔と名前は日本中に拡散されていった。
◆
土砂降りの、都内の路地裏。
「う……っ……あぁ……っ」
湿ったコンクリートの上に、一人の女性が倒れ込んでいた。 如月美憂。
腹部と背中を刺された傷口からは未だに血が滲み、意識は朦朧としていた。 警察の追手から逃れ、闇に紛れてここまで辿り着いたものの、すでに限界を迎えている。
(どうして……? 私は……ただ、みんなを助けたかっただけなのに……)
壁の大型モニターからは、自分の顔写真とともに「指名手配」のニュースが流れている。 乗客を守ろうとした。絶望的な激痛に苦しむ人々を、涙を流しながら楽にしてあげた。 それなのに、生存者の嘘によって、世界は自分を「悪魔」「殺人鬼」と呼び、追い詰めてくる。
言葉にならない絶望と孤独。 冷たい雨が、彼女の頬を濡らす血と涙を洗い流していく。
(死ぬのかな……私……ここで……)
その時――彼女の体内で、異質な力が脈動した。
――【刈り取る者】の真の権能。 それは、自分が殺害しエデンへと転生させた人間が、向こうの世界で獲得した能力を、現世の美憂自身にも同調して獲得させるという恐怖のフィードバック効果。
彼女が刈り取った犠牲者の一人・夏芽がエデンで獲得した『水と土の複合魔術』が、魂のラインを通じて美憂へと流れ込んできたのだ。
(……え……? 傷が……塞がっていく……?)
雨の『水』と大地の『土』が美憂の傷口にまとわりつき、血と細胞を強引に結合・再生させていく。 腹部と背中の致命傷がみるみる癒えていく感覚に、美憂は目を見開いた。
「……あ、はは……。私……生きちゃうんだ……」
傷が完全に塞がり、血に汚れた身体を起こす美憂。 世界から冤罪を着せられ追い詰められながらも、刈り取った魂の力を糧にして生き延びてしまった女性。
その瞳から弱々しさは消え、冷たく静かな覚悟の火が灯る。
美憂の現世での存在は完全に暗闇へと潜り、「指名手配犯の失踪」という未解決事件として処理されることとなった。




