シーン4:狂気の視線と歪んだ標的
瑞希が雨のホームから姿を消した翌日。 学校内は「岡田瑞希の行方不明」で持ちきりになっていた。警察の聞き取りが行われ、事件か、事故か、はたまた衝動的な家出かも分からない異様な空気が校舎を包み込んでいる。
そんな狂乱の中心で、佐伯朋美はただ一人、自室のベッドの上で膝を抱えていた。
「瑞希……瑞希……どこに行ったの……?」
血の痕跡すら残さず、線路の向こう側へと吸い込まれるように消えた親友。 自分の「お人形」として完璧に追い詰め、世界から隔離し、永遠に自分だけに依存させるはずだった存在。
(逃がさない……。私の手から逃げ出せるわけがない……ッ!)
朋美の瞳から涙は消え、代わりに異様な執着の炎が揺らめいていた。 瑞希は生きている。どこかで自分から逃げて隠れているに違いない。そう思い込むことでしか、朋美の砕け散った自尊心と支配欲は保てなかったのだ。
そこへ、教室のドアがノックされ、後輩の伊藤南が入ってきた。 南は憔悴しきった様子の朋美を気遣うように、そっと側に歩み寄る。
「朋美先輩……大丈夫ですか? 岡田先輩のこと、すごく心配で……」
「南ちゃん……。ごめんね、私、瑞希がいなくなっちゃって……どうしたらいいか分からなくて……」
弱々しく身を寄せる朋美。だが、南の頭越しに見つめる壁の鏡には、氷のように冷たい朋美の笑みが映っていた。
(瑞希が戻ってくるまでの暇つぶし。……それに、あの子を探すための『駒』は多い方がいい)
「ねえ、南ちゃん。気晴らしに、今週末のバスツアーに行かない?……本当は、瑞希と一緒に行くはずだったんだけど」
「えっ……私で良ければ、お供します! 朋美先輩を一人にはできませんから!」
南は即答した。憧れの朋美先輩の役に立ちたいという純粋な気持ち――そして何より、そのバスツアーには「あの人」も参加することを知っていたからだ。
◆
同時刻。誰もいなくなった夜の教職員室で、人気教師・松岡雅紀はタブレットの画面に映る参加者名簿を優しく撫でていた。
眼鏡の奥の瞳には、普段の温和な顔からは想像もつかない、ねっとりとした狂的な色彩が宿っている。
「佐伯さんに伊藤さん……ふむ、伊藤さんは余計な付録だが、まあいい」
松岡の指先が、名簿の最後にある「二つの名前」の上でピタリと止まる。
――藤原悠希、藤原莉子(22)。
かつての中学時代、自分の教え子だった双子の姉妹。今は大学生となり、大人の女性としての美しさを完璧に完成させていた。
「……長かった。本当に、長かったよ……」
松岡は恍惚とした溜息を漏らす。 彼は彼女たちが幼い頃からその美貌に目をつけ、最も美しく「成熟」するこの瞬間を、実に数年もの間、欲望を押し殺して待ち続けていたのだ。熟しきった今こそ、丹精込めて自分の死体コレクションに加える最高の瞬間。
ツアーに招待し、快く参加を決めてくれた二人を思い浮かべ、松岡の唇が歪む。 自ら運転手を抱き込み、密かに計画したバスジャックの惨劇。
自分をストーキングしている伊藤南の鬱陶しい視線すら利用しながら、松岡は心の中で嘲笑った。
(狂った愛に囚われた少女たちと、完璧に熟した双子の姉妹……。最高の惨劇の舞台だ)
そして――そのバスに、案内役のバスガイドとして乗務することになっている女性・美憂。
ただの仕事として、笑顔で乗客を出迎えるはずだった彼女が、このバスでどんな地獄に巻き込まれるのかを知る者は、まだ誰もいなかった。




