シーン1:光と影の幼馴染
佐伯朋美という少女は、生まれながらにして世界の中心に立つような人間だった。
誰もが振り返る整った容姿、学年首位を譲らない明晰な頭脳、そして誰に対しても分け隔てなく向けられる眩しい笑顔。高校に進学してからもその華やかさは衰えるどころか輝きを増し、校内では誰もが彼女に憧れ、彼女の周りには常に人が絶えなかった。
そして、その輝かしい「太陽」のすぐ後ろには、いつだって影のように寄り添う少女がいた。
岡田瑞希。 地味で物静か、クラスでも目立たない存在の彼女は、朋美の幼馴染だった。
「瑞希、また髪が目にかかってるよ? ほら、ちゃんとおでこ出した方が可愛いのに」
放課後の教室。朋美は親しげに笑いながら、瑞希の前髪を優しく整えてやる。 瑞希は少し照れくさそうに肩をすくめ、小さく頷いた。
「ありがと、朋美……。私、自分でセットするの苦手だから……」
「ううん、うちら幼馴染なんだから当然でしょ? 瑞希は私がついててあげなきゃ、本当になんにもできないんだから」
楽しげに笑う朋美の瞳を、瑞希は羨望と純粋な憧れで見つめていた。 物心ついた頃から、瑞希は常に朋美と比較されて育ってきた。何をしても朋美には敵わない。けれど、瑞希はそんな朋美を妬むことすらできなかった。朋美があまりにも完璧で、そして何より、こんな自分をいつだって「一番の親友」として側に置いてくれるからだ。
自分に向けられている「悪意」の存在に、瑞希が気づくはずもなかった。
誰もいない廊下を歩く朋美の唇には、教室で見せる可憐な笑みとは対極の、冷たく歪んだ悦びが浮かんでいた。
(そう……それでいいのよ、瑞希。あなたは何もできなくていい。私の後ろで、ずっと私を見上げていればいいの)
朋美の胸の奥で渦巻くのは、ドロドロとした狂狂的なコンプレックスと支配欲だった。 『常に綺麗にしていたい。常に美しくなければいけない。――瑞希よりも』
幼少期、ふとした瞬間に瑞希が見せた素朴な愛らしさに、朋美は異常なまでの脅威と、狂ったような執着を抱いた。瑞希が自分以外の誰かと親しくなること、瑞希が自分の手を離れて輝き出すことを、朋美の自尊心は絶対に許さなかった。
だからこそ、朋美は完璧な計画を張り巡らせていた。
瑞希が他の女子生徒と仲良くなりかけると、それとなしにその生徒の陰口を流して距離を置かせる。瑞希が自信を持ちそうになると、「瑞希はそのままで十分可愛いよ」と甘い言葉で向上心を削ぎ落とす。
すべては、岡田瑞希の視野を狭め、世界のすべてを「佐伯朋美」だけにするために。
「ねえ瑞希。来月のバスツアー、すっごく楽しみだね! ふたりでたくさん写真撮ろうね」
「うん……! 朋美と旅行なんて久しぶりだから、私、すごく楽しみ」
無邪気に微笑む瑞希の肩を抱き寄せながら、朋美は暗い充足感に浸っていた。 瑞希の心も、身体も、人生のすべても、私の思い通り。離れられないように、逃げ出せないように、じわじわと追い詰めて、永遠に私の「可愛いお人形」にしてあげる――。
光の陰で張り巡らされた悪意の蜘蛛の巣は、静かに、確実に瑞希の首を絞め始めていた。




