シーン11:真実への旅立ち
洞窟を満たしていた緊迫感と涙が静まり、静かな夜が明けていく。
正体を明かし、互いの抱える傷と罪を分かち合った冬夜と夏芽は、冷めた焚き火の跡を前に並んで座っていた。
「……ルナという少女の身体を奪ってしまったことに苦しむなら、泣いて立ち止まるな」
冬夜は静かに立ち上がり、夏芽に向かって右手を出した。
「なぜこんな残酷な『成り代わり(ポゼッション)』が起きるのか、この世界の仕組み……真実を僕たち
が解き明かすんだ。この世界の深層、あるいは最上層へ行けば、成り代わりの呪いを解く方法や、ルナという少女の魂を救う手掛かりがあるかもしれない」
「世界の……真実……」
「そうだ。僕たちがこの世界に落ちた理由も、この歪な理も……すべては世界の中心に隠されているはずだ。僕たちの本当の居場所と、ルナの救済のために……僕と一緒に来てくれるか、夏芽」
冬夜の瞳に宿る、悲壮感を超えた力強くまっすぐな光。 夏芽は差し出された兄の大きな手をじっと見つめ、溢れそうになる涙をぐっと堪えて、その手を力強く握り返した。
「……うん! 私、お兄ちゃんと一緒に行く。ルナちゃんの無念も、この身体の罪も背負って……絶対に逃げない!」
◆
数日後。 『黒曜の谷』から無事に街へ戻った二人は、冒険者ギルド『誓約の天秤』の喧騒の中にいた。
正式にお互いを「兄と妹」として再認識した二人は、二人で旅を続けるためにギルドの窓口で新たなパーティー登録の手続きを終えたところだった。
ギルドの建物を抜け、朝光が降り注ぐ街頭へ出たところで、冬夜は発行されたばかりの鉄のプレートを二枚取り出した。
「そういえば夏芽。パーティー名の申請が必要だったから、さっき僕が代表で記入しておいたぞ」
「えっ? お兄ちゃんが? 何て名前にしたの?」
夏芽が覗き込むと、そこには冬夜の少し硬い筆跡で、誇らしげにこう刻まれていた。
――『アニマの器』
「……アニマの……器……?」
夏芽はプレートの文字と、冬夜の真面目な顔を二度見した。
「……ねえお兄ちゃん。アニマって、ラテン語で『魂』のことだよね? 魂の器……って、なんかちょっと……中二病っぽくない?」
「なっ……! どこがだ! 魂を宿す器として、互いの存在を守り抜くという深遠な意味が込められているんだぞ!」
「うん、意味はかっこいいと思うけど! ギルドで呼ばれるとき私ちょっと恥ずかしいかも……」
「恥ずかしくない! これが僕たちのパーティー名だ!」
「もう、お兄ちゃんってば……昔からそういうセンスあるよね……」
猫耳をすこし垂らして呆れ顔を作る夏芽だったが、その口元には、久しぶりの穏やかな苦笑が浮かんでいた。
そんな妹の笑顔を見つめながら、冬夜はふと、自身の右手のひらを見つめ、続いて左肩――肉体を失い、紫電と赤熱の火炎がうごめく義手へと視線を落とした。
(……なぜ、僕だけが『僕』のままなんだ……?)
ふと、冷たい疑問が胸の奥を掠める。
夏芽をはじめ、異世界から来たと語る者たちは皆、現地人の肉体に成り代わる『ポゼッション』を起こしている。ならば……なぜ自分だけが現地人の身体ではなく、元の「佐々木冬夜」という自分自身の姿と肉体のまま、このエデンに存在しているのか。
自分をこの世界へ送り込んだ“何か”の意図。そして、自分という存在そのものに潜む不気味な違和感。
「……お兄ちゃん? どうしたの?」
立ち止まった冬夜を案じ、夏芽が覗き込んでくる。
「いや……なんでもない」
冬夜は脳裏に浮かんだ不気味な疑念を振り払うように首を振り、力強く先へと一歩を踏み出した。
雲を突き抜けるほど巨大な世界樹の根幹と、その遥か上層へと続く未知の大迷宮。
己の存在に拭えぬ疑念を抱える兄と、見知らぬ少女の姿を纏い、借り物の水魔法で兄を支える妹。
世界に拒絶され、歪な運命に引き裂かれた二人は、『アニマの器』として互いの存在を唯一の標とし、世界の真相を解き明かす旅へと歩み出した。
この世界の裏側で動く神と悪魔の思惑、現世で交錯する「死神」と「刈り取る者」の因果――そのすべての中心へ向かって。
(第1章・完)




