シーン9:歪な契約、繋がれた希望
大討伐戦の混乱が収まり、夕闇が迫る『黒曜の谷』のギルド拠点。
酒場を兼ねた大広間は、討伐の勝利に沸く探索者たちの熱気と酒臭さ、そして怪我人の呻き声が混ざり合い、雑多な喧騒に包まれていた。
「――おい、『雷炎』の! 報酬の精算だ。相変わらず無茶な戦い方しやがって……その左腕の過剰発動で、右肩や胸の肉まで焼け焦げてるぞ! 早く治療術士に見せろ!」
カウンターで受付の男が無骨に差し出した報奨金の袋を、冬夜は無言で受け取った。
肉体の左腕はすでに無く、肩から先は過熱した紫電と赤熱の火炎が強引に腕の形を成しているだけだ。
無理な魔力出力の反動で、繋ぎ目にあたる胸元から血が滲み、黒く焼け焦げている。だが、冬夜は激痛など端から存在しないかのように、冷めた瞳で袋の中身を確認するだけだった。
「治療などいらん。……それより、次の上層への探索許可証と、情報屋への繋ぎを頼む」
「バカ言え! 左腕の代用魔力が暴走して身体を喰い荒らしてるんだぞ! このまま潜ったら今度こそ全身が焼き尽くされる! 負担を和らげる支援なしでソロで暴れ回るのもいい加減にしろ!」
「断る。足手まといを連れて歩く気はない」
二人の不穏なやり取りを、少し離れた柱の影から見つめていた人物がいた。 ――夏芽だ。
防衛戦のあと、冬夜の背中を追ってギルドへ戻ってきた夏芽は、兄の失われた左腕と、己の身体を焼き削りながら戦う痛々しい姿に胸を締め付けられていた。
(お兄ちゃん……左腕を失って、あんな恐ろしい魔力で腕を作って……どうして自分をそこまで追い詰めているの……?)
昔の冬夜は、不器用ながらも優しく、夏芽が少し熱を出しただけでも狼狽えるような兄だった。 今の彼を動かしているのは、あまりに悲壮で狂気的な「何か」だ。
このまま放っておけば、魔力の反動でお兄ちゃんの身体が崩壊してしまう――その恐怖が、夏芽の背中を突いた。
(私は……ルナちゃんだけど、夏芽だから。お兄ちゃんを、一人になんてさせない……!)
意を決し、夏芽は握りしめた短杖を強く抱え直し、冬夜の背中へと駆け寄った。
「――私を、連れて行ってください!」
静まり返るカウンター。 冬夜は煩わしそうに眉をひそめ、ゆっくりと振り返った。そこにいたのは、先ほどの防衛戦で自分が気まぐれに助けた、フェリシア族の少女だった。
「……何の真似だ。さっき助けてやった礼なら要らん」
「違います! 私……『碧土の術士』として活動しているルナです。土の魔法で防壁を作れますし、水魔法で魔力の熱を冷まして、痛みを和らげる治療もできます!」
必死に自分を売り込む夏芽に、冬夜は冷ややかな視線のまま告げる。
「言ったはずだ。足手まといを連れ歩く気はないと。僕は一人で『夏芽』を探す。余計な邪魔を巻き込む余裕はないんだ」
冬夜の口から漏れた、その名前。
(……え?)
夏芽の呼吸が止まった。 「夏芽を探す」――そう、確かにお兄ちゃんは言った。
(お兄ちゃんは……私を探してるの……? でも、私はここに……)
目の前で擦り切れ、左腕を失ってまで戦っている兄の狂気の理由。
それは、この異世界に落ちたはずの妹を必死に捜索するためだったのだ。自分のために、お兄ちゃんは左腕を失うほどの無茶をして……。
溢れ出しそうになる涙を必死にこらえ、夏芽は冬夜の目をまっすぐに見つめ返した。
「足を引っ張りません! それに……あなたのその身体、代用の左腕から出る熱と負荷で、これ以上戦ったら本当に身体が持ちません! 水魔法で魔力を冷却できる後衛がいれば、あなたの探索効率は絶対に上がります!」
「なに……?」
「あなたには、どうしても探したい大切な人がいるんですよね? だったら……無理をしてここで倒れるわけにはいかないはずです!」
その言葉が、冬夜の琴線に触れた。
「大切な人」「無理をして倒れるわけにはいかない」――妹を探すという己の執念の核心を、初対面のはずの現地人の少女に鋭く突き刺されたのだ。
「……チッ」
冬夜は忌々しそうに舌打ちをし、胸元の焼き傷を睨みつけた。確かに、肉体の限界は近い。ここで数日間治療に専念して時間を無駄にするくらいなら、熱を冷却し痛みを抑えられる水術士を連れて動く方が理に叶っている。
(このフェリシア族……【水】と【土】の二属性か。熱の冷却と防壁……悪くない)
「条件がある」
冬夜は冷酷な声で告げた。
「僕の指示には絶対に従うこと。そして、僕の捜索の邪魔をしないこと。反動に巻き込まれて死のうが自己責任だ。……それでも来るか?」
「……はい! よろしくお願いします、冬夜さん!」
本当は「お兄ちゃん」と叫んで抱きつきたかった。 だが、見知らぬ「ルナ」として頭を下げながら、夏芽は誓った。どんな形であれ、自分が傍にいて水魔法で兄の熱と痛みを和らげ、狂気から守り抜くのだと。
「……ふん」
冬夜はフイと顔を背け、ギルドのカウンターに鉄のプレートを叩きつけた。
「受付。パーティ登録だ」
こうして、お互いの本当の想いと正体を隠したまま、狂気の兄と偽りの妹による「歪な仮初めのパーティ」が誕生したのだった。
本当の自分を隠した少女が、命を削る兄の傍に寄り添う――歪で切ない共同生活の扉が、いま開かれようとしていた。




