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08 社畜、装備を整える

 クエストの受注は問題なくギルドに受領された。

 任務開始は明日の正午である。

 クエストを依頼した村は、ドーラ市から徒歩3時間ほどにあるらしい。

 明日の日の出とともに出発することを決めた。

 だからといって、それまで遊んでいるわけにはいかない。


「まずなによりも、装備を手に入れないとな……」

「そうですね、ではここに行きましょう」

 テラーラは1枚の紙を取り出した。


「ギルドと提携しているお店です。駆け出し冒険者に経費の貸し付けをしているみたいですよ」

「それは、罠だッ!」

「またですか?」

「なにが経費の貸し付けだ! 借金じゃねえか!」

「まあ……そうでしょうけど」

「借金だけは絶対に拒否する! 現代の奴隷の首輪は借金で出来ているんだ!」

「じゃあ、どうするんですか? 無一文でしょう?」

「こういう場合、武器屋で店主からお使いクエストを依頼されて、それをこなすと、買うよりお得な装備をもらえる気がする」

「あー、なるほど、そういうことありますねぇ……ツトムさん、そういう知識はあったんですね」

「ふふ……僕も子供の頃は夢中になってRPGに興じたものさ……社会人になってから、ゲームの箱を開けるのすら億劫(おっくう)になってしまったものだけど……」

「あ! あそこが、武器屋みたいですよ!」

 テラーラはツトムを無視することに慣れてしまったようだ。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 その武器屋は大通りから外れた路地裏にひっそりと店を構えていた。

 お世辞にも繁盛しているとは、思えない。

 店内に人気はなく、薄暗い。

 ツトムはかえって気軽に入店した。

 店内には所狭しと冒険者向けの装備が並んでいた。

 剣や槍、弓矢に盾。店の角にはフルプレートの甲冑まで立っている。

 ツトムとテラーラは値札を確かめた。


「包丁みたいなナイフが、150ルド……? 1ルドが10円くらいの価値なのかな? 1週間のクエストの報酬が6500ルドだから……日給約9000円か……」

「そうみたいですね。どっちにしろ無一文だから関係ないかもしれませんが……」

「お客さんかい……?」

 ツトムとテラーラの会話に、第3者が割り込んできた。

 店の奥から、偏屈そうな老人が出てきた。

 禿げ上がった頭に真っ白な髪の毛がまばらに生えている。腰を大きく曲げて歩いており、大きい鼻の上に小さなメガネをかけていた。

 職人気質の店主、といった風情だ。


「あー、えーっと、僕たち駆け出し冒険者なんですが、何か困っていることはありませんか?」

「はあ?」

「息子夫婦と疎遠だとか、武器を製作するための素材が足りないだとか……」

「いや、別に」

「そうですか、お邪魔しました」

 ツトムはくるりと振り返り、出口に向かって歩き出す。


「ストップ! 何をもうあきらめているんですか?」

「だって、困ったことはないって……」

「もう少し粘りましょうよ……」

「嫌だよ……そんなクレーマーみたいなことはしたくない。客商売がどれだけブラック労働なのか、僕知ってるから。家族経営の店舗なんて、労働基準法の適用外なところがあるし……」

「この店は大丈夫ですよ。あの店主さんなんて、趣味が高じて商売してる感が強いです。ほぼ道楽で、商売している系ですよ、あの顔は」

「お前ら、冷やかしならさっさと帰ってくれや」

 店主は億劫そうにしっしっ、と手を振る。


「ああ、いや、冷やかしというわけではないんですが……」

 ツトムは曖昧に弁明する。手のひらを振って、誤魔化そうとするが、良い言い訳が思いつかない。

「ん⁉」

 突如、店主の眼光が鋭くなった。


「き、貴様ッ!」

「えっ⁉」

 鋭い眼光でツトムを見据える店主。

 理由がわからず、ツトムはうろたえる。

 やがて、店主の視線が左右に揺れていることに気づいた。

 店主が見ているのは、ツトムではない。

 ツトムの左腕だ。


「き、貴様……その腕のブレスレットは……?」

「え? これ? ブレスレットじゃなくて、腕時計ですが……?」

「時計ッ⁉ こんな小さいのにか⁉」

 ツトムは自分の左手首を眺める。

 そこにあるのは、日本ではなんの変哲もない普通の腕時計である。


「み、見せてみい!」

 店主は鼻息荒く、メガネを直す。

 ツトムは腕時計を外して、店主に手渡した。

「本当に時計だの……正確に動いておる……こんな精巧な……馬鹿な……」

 店主はツトムたちのことを忘れて、腕時計を凝視していた。

 しばらくしてから、ばっと顔を上げて言った。


「こ、これを売ってくれ! 分解したい! 隅から隅まで調べたい!」

 どうやらこの店主の第1印象は間違っていなかったようだ。

 典型的な職人気質。未知の道具を見ると、見境がなくなるタイプらしい。


「どうします?」

 テラーラが耳打ちしてきた。

 ツトムも小声で返す。

「まあ、別にいいんじゃないかな……この世界で正確な時間を知ったところであまり役に立たなさそうだし……」

「ちなみに、おいくらで買い取っていただけるんですか?」

 テラーラが店主に訊ねると、店主は勢いよく答えた。

「言い値でいい! いくらでも払うぞ!」

 ツトムは顎に指を当てて、ちょっと考えた。


「じゃあ、1万ルドで」

「買ったッ!」

 店主が答えると同時に、テラーラが袖をくいくいと引っ張ってきた。


「いいんですか? もっと高値でも売れそうですけど」

「いいんだよ。あれは10万円くらいで買った腕時計だから、それくらいが妥当さ」

「変な所でお人よしですね。ギルドでは利ザヤがどうの、報酬がどうのと言っていたのに」

「いいんだ。あの腕時計は、“なんで腕時計をしていないんだ⁉ 社会人の癖に、時間も守らん気か⁉ 男なら良い腕時計をしろ! 借金してでも高い腕時計を買えば、死に物狂いで働けるぞ!”とか言うクソ老害に、無理矢理買わされた腕時計だから。あれのおかげで得をしたら、あの老害が正しかったような気になっちゃうだろ」

「そうですか……」

 その時のテラーラの目は、なんというか寂しいものを見る目だった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 当座の活動資金を手に入れたツトムは、まず服一式を購入した。

 地味な色合いの麻のシャツとズボンだ。

 かなりの安物であるが、動きやすい。


「うーん……なんか、心まで軽くなった気分だ」

「あ、そうか、ずっとスーツだったから、社畜根性が消えなかったんですね」

 テラーラは一人で納得する。


「では、次は武器ですね。あの店で何か買いますか?」

 あの店というのは、腕時計を売った店のことだ。

 こだわりがあるわけではないし、腕時計を売ったお礼で、サービスしてくれるかもしれない。

「武器かあ……やっぱり剣かな、魔法剣士だし」

 どんな剣がいいか考えている内に、例の店に着く。

 再び入店したが、店主は顔を出さない。

 奥を覗くと、あの店主が腕時計を夢中で、いじっていた。

 声をかけるのは遠慮して、店内を物色する。


「これなんか、かっこいいんじゃないですか?」

 テラーラが指示したのは、両刃のロングソードだ。

「確かにかっこいいが……僕に扱えないと思う」

 ツトムは剣を握ったこともないのだ。


「それに、今回の敵はゴブリンだろう? 重くて長い剣は不利だと思う。軽くて、短めの剣がいい」

「おお……ちゃんとクエストのことも考えているんですね」

「当たり前だろ。労働内容に見合った装備を身に付けるのは……社会人なりたての頃はそれがわからなかった。人間は見た目じゃない、なんて綺麗事を信じたばっかりに……」

「くそう……スーツを着替えても、社畜根性が抜けてないですね……」

 テラーラは爪を噛んで、呟(つぶや)いた。

 ツトムは気を取り直して、剣を物色する。


「ん、これなんかよさそうだぞ」

「えー……それですか……?」

 テラーラは不満そうだ。

 ツトムが手に取ったのは、刀身が40センチメートルほどの片刃剣だった。

 身幅が厚く、頑丈そうなのが気に入った。


「剣というより、鉈じゃないですか?」

「だから、いいんだよ。武器は壊れにくいのが最優先。現代でもっとも売れている銃は、壊れにくさに定評のある、AK-47だろ?」

 テラーラは納得していないようだったが、ツトムはこの剣に決めた。

 腕時計に夢中な店主に声を掛け、代金200ルドを支払う。

 店主はサービスで、鞘を装着できるベルトをおまけしてくれた。

 ツトムは、『片手剣【鉈】』を手に入れた!


AK-47……1949年ソビエト連邦軍が正式採用した突撃銃。安価、壊れにくさが特徴で、世界中で大量に使用されている

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