07 社畜、初クエストを受注する
掲示板は、壁に茶色いコルク板が張り付けてあるだけの物だった。
それに、大きさも色もまちまちな紙がピンで留められている。
僕たちより先に掲示板の前に立っていた冒険者が、貼られていた1枚の紙を剥がした。そのまま、受付へと歩き去っていった。
なるほど、あの紙がクエストの説明書であると同時に、受注用紙なわけだ。
クエストは早い者勝ちの奪い合いとなるようだ。
実際、上級者用の掲示板は、冒険者たちの睨み合いが繰り広げられている。
初心者用の掲示板は平和なものだった。
まばらに貼り付けられた受注用紙が、寂し気に垂れ下がっている。
「空いててよかってですね。じっくり選べます」
「つまり、好条件のクエストはない、ということか……」
「もっとポジティブに物事を見ましょうよ」
「現実を見ろ。好条件なビジネスはみんな権力者や大企業が仲間内で独占しているんだ」
「あ! これなんかいいんじゃないですか?」
テラーラはツトムの主張を無視して、受注用紙を読み比べている。
「駅前で得体のしれない紙袋を預かるとか? 孫を装っておばあさんに電話するとか?」
「闇バイトじゃないですよ!」
テラーラが1枚の受注用紙を突き付けてきた。
「ほら、薬草採取クエスト。祭司たるわたくしがいればこんなの簡単――」
「これは、罠だっ!」
「ええ……?」
テラーラが壊れたおもちゃを見る目で見てきた。
「どこがですか?」
「ここだ! “薬草10㎏採取で、報酬1000ルド” 勤務時間も、残業代も記載されてない! これは、過大なノルマを課し、1日20時間以上働かせるつもりに違いない!」
「疑心暗鬼になりすぎでしょ……」
「作業効率が落ちる夜間でも、無限に働かせるつもりなんだ!」
「意味ないでしょ、それ……」
「ブラック企業は意味のないことを社員にやらせるのが、好きなんだ! もはや、利益を追い求めるより、社員を苦しめることが目的なんじゃないかって企業が星の数ほど存在するのが現代日本だ!」
「そんな学生たちを絶望させるようなことを言わないでください」
「むしろ、学生たちのために僕は言っている!」
「そうですか……」
テラーラは説得を諦めたらしく、別の受注用紙を手に取る。
「じゃあ、これは? “ドクモグラの駆除! 1匹駆除につき、50ルドお支払いします” ドクモグラというのは作物を荒らす害獣なんですが、拳骨で倒せるくらいに弱いです。報酬が歩合制なら、いいですよね?」
「これも罠だっ!」
「…………どこがですか?」
テラーラの目は、正直聞きたくもないけど仕方なく聞きます、と言っていた。
「1匹駆除するごとに、報酬アップ自体に嘘はないかもしれない。しかし、なんだかんだと理由を付けて、カネにならない仕事を押し付けるつもりなんだ!」
「じゃあ、もうツトムさんが決めてくださいよ……」
テラーラはなにもかも諦めたような顔をしていた。
ツトムは掲示板に近づき、依頼書を穴が空くほど凝視していく。
「……ふんふん……ダメだ、これもブラック臭がする……こっちは……? いい加減な家族経営の臭いが……ちっ! どれもダメだ!」
「どうするんですか、無一文なんですよ? 昨日みたいに先輩におごってもらって生活するつもりですか?」
「くっ……泥沼の労働条件とわかっていても、働かなければならないのか……ここは、ヘル日本か!」
「夢と希望に満ちた異世界です。早く決めてください。日が暮れますよ」
「くっそ……こうなったら、労働条件を度外視して決めるしかない!」
「何を基準に決めるんですか?」
「コンプライアンスだ!」
「え? コンプライアンス? どういう意味でしたっけ?」
「法令を含む社会規範を守る、という意味だ!」
「はあ……」
テラーラはいまいち実感が湧かないらしい。
「労働とは報酬を得ることのみにあらず! 労働によって、社会に貢献することこそ、その目的! つまり、人々が求めていることを実現する、困っていることを解決する一助となることこそ、労働者の幸福である!」
「っ! それ!」
テラーラが目を輝かせ、びしっと指を指してきた。
「そういうのですよ! 人助けのために働く! 素晴らしいじゃないですか! 現代日本の掃き溜めみたいなところに生息している人かと思っていましたが、見直しましたよ!」
ツトムは若干引っかかったが、構わず続けた。
「この依頼の中で、もっとも切迫度が高いものを受注する! 報酬や労働条件はこの際考えない!」
「ツトムさん、偉い!」
「となると、こいつだな……」
ツトムは1枚の依頼書を掲示板から外す。
「“畑の護衛任務。1週間ゴブリンから村と作物を守ってください。報酬は6000ルド。1週間の食事、寝床は提供します” ツトムさん、これはEランクにしては、危険度が高そうですよ」
「構わない。どうせ1度死んだ身だ」
「ツトムさん……かっこいい!」
胸の前で手を組みながら、テラーラは感極まった声を上げた。
「ふん……日本の経営者共もこれくらいの正義感を持っていれば、日本は多少マシになっただろうに……」
「ツトムさん、ステイ! ストップ! せっかくかっこいいんだから、日本の闇に引きずり込まれないで!」
こうして、ツトムは初クエストを受注した。




